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別れのブルース

第2142回
この人この歌
〜淡谷のり子〜

今日は熱海市民大学講座。
古関裕而さんと服部良一さんの特集です。

古関裕而さんが「船頭可愛や」で始まるならば、服部良一さんはやはり「別れのブルース」でスタートでしょう。

ただ、なつかしの歌声、テレビの年忘れ大行進で考えたら、どちらもテンションが上がらないスタートではありますが笑、講座ですから、仕方ないですね笑

「夜のプラットホーム」という二葉あき子さんの歌が服部良一さんの曲でありますが、戦前、淡谷のり子さんで吹き込んでいます、が、発禁といふつらい歴史もあります。
服部良一と淡谷のり子という関係はやはり切れない、歌の歴史には大切な関係ではないか、と思います。

古賀政男、服部良一、古関裕而、とにかくお三方ともに全く違う色で同じ時代を歌謡曲引っ張っていったのは凄いですよ。

個性が違うので、様々な曲をかけても飽きません。
そして、聴いていくと段々、あー、服部良一さんっぽいとか、古関裕而さんっぽいとか、わかってくるんですから、色の違いがこうも出るのだ、と思います。

さあ、「別れのブルース」も様々な逸話があります。
そのあたりから今日は話していき、しまいは、「青い山脈」でしめたいな、という思いがございます。
2018.06.21 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

船頭可愛や

第2141回
この人この歌
〜音丸〜

木曜の熱海の市民大学講座、先月は古賀政男傑作選でしたので、今回は古関裕而と服部良一の傑作選となります。
とはいえ、お二人をいっぺんにやっちゃうのは、本当に惜しいし、尺が足りない…
しかし、まだまだこの先やらねばならぬ方々がいて、残念ながらいっぺんにやっちゃう。

古関裕而さんといふ方のメロディ、わたしは好きですね。
マーチ風の高揚感がたまらない味です。
ですからどうしても戦時歌謡が多くなります。
ただし、名曲ばかりが並ぶんだから、そりゃ凄い。

さあ、古関裕而さんの曲、ちょいと挙げてみましょ。

「夢淡き東京」、「若鷲の歌」、「イヨマンテの夜」、「露営の歌」、「長崎の鐘」、「フランチェスカの鐘」、「あこがれの郵便馬車」、「高原列車は行く」、「君の名は」、「黒百合の歌」、「ニコライの鐘」、「雨のオランダ坂」、「愛国の花」、などヒット曲が古関裕而先生だけでも多い…ここに服部良一先生が入ってくるんだから、選曲に大変苦労しました…

昭和六年ですかね、古関先生がデビューして、最初の流行歌ヒットとなりましたのが「船頭可愛や」でしょうか。
古関先生自身は歌曲のようなイメージでこさえたようだが、想定外に鶯芸者歌手が起用されたのだ。
その名が音丸さんだ。
しかし、この意外な組み合わせがよかったのか、時代がそうさせたのか、レコード会社の目論見が当たったのかは分からないが、古関裕而先生、初の流行歌ヒット曲になりました。
そして、音丸さんもこの歌で一躍、スター歌手になりました。
綺麗な歌です。
綺麗事は嫌いですが、ちゃんと大衆性を活かした綺麗な歌だと思います。
2018.06.20 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

逢いたかったぜ

第2140回
この人この歌
〜岡晴夫〜

わたしはあまり家具だとか、なんだかんだに凝るという興味がない。

生活できればそれで…の夢のない男である笑

そんな男が三年越しに欲しかったのが、ニトリの竹マットである。

三年越しとは、初年度、ああいいなあ、気持ちいいなあ、と、どこかのお宅で出会いまして、感動したのです。

でそれで終わり。
去年は買いに行きましたが、売り切れ…
売り切れるほど人気ありました

で、今年買ったんです。
夏にこの竹マットを敷いて寝ると実に気持ちがいいのです。
ひんやりで、冷房嫌いな私にはかなり有難い。
冬はこのマットに寝ると寒いくらいでしょう。

気持ちいいから逆に起きられないといふ欠点がありますが、まあ、思えば贅沢な欠点でありますよ。笑

安眠を祈り、さあ、逢いたかったぜ三年ぶりに…

岡晴夫歌唱「逢いたかったぜ」で、おやすみなさいー。
2018.06.19 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

ごめんね…〜平成〜

第2139回
この人この歌
〜高橋真梨子〜

さあ、平成の初めにヒットしました、火曜サスペンス劇場の曲でわたしなんざ、平成の曲しらねどもこの歌は知っています(笑)

昨日の「刀屋」って噺と、この歌、「ごめんね…」は真逆な感じがして、全く一緒なんです。
ただ、最後の選択が違うだけ。
といふことは、人生、人間ってのは、結局どんな畑にいようと、やはり、考えることは一緒なんだろうと思います。

この歌詞の、後悔する前に…
ってところですね。
後悔する前に手を打たないと後悔しかないですよ。
か、
「刀屋」のように、後悔してしまった、しかし、自分の思いようで、後悔は挽回できました…か、です。

つまり、行き着くところは違えど同じレールに乗っている。

わたしが「おせつ徳三郎」といふ噺を昨日、青春落語と言ったのは、ここなんです。
つまり、本能で生きていた時代があったでしょう、人間だったら…ってとこですわ。

それだけを伝えられたとき、「おせつ徳三郎」は究極、成功したよ、高座…ってなるんだろうと思っています。

「後悔先に立たず」といふ言葉、正論だし、合っていると思います。まさしくそうでしょう。

しかし、本当に、人間くさいのは、そのあとでして…
さあ、人間なんだから、後悔してしまいました。

さあ、この後どうしますか?といふところが1番大切なところであります。
で、そういう世の中の礼儀、常識、といふものが守れなかったときの本当の人間の姿、つまり、その先を、描くのが、落語なんです。
だから、「刀屋」って噺、嫌いじゃない。
人間らしい噺といふか、人間が格好つけずに1番知りたい人間の汚いところ、恥ずかしいところを描いているからです。

いまは、健康な落語が落語であり、が、主流でして、「相撲風景」とかも虐げられる時代になっています。

しかし、「芝浜」と「相撲風景」どちらが落語かと、いえば、圧倒的に「相撲風景」でしょうね(笑)

「芝浜」の夫婦の情愛、で、その先を本当は人間は知りたいのではないか?
こんな夫婦いるの?こんな出来たかみさんいるの?
ここが描かれているのが、「相撲風景」でしょう。

小便が我慢できない、で、終わるのが「芝浜」。
でも人間知りたいのは相撲観ていて小便我慢できない人、この後どうなったの?
でしょう。
もっというとその人間の本能を描いたのが落語だと思います。
だからこそ、大衆芸能だと思っております。

古典芸能ならば、「芝浜」でしょう。
ただ、落語は大衆芸能です。
となると、落語の本道をいくのが、「相撲風景」とか、「刀屋」ではないかな、と思っています。

だから、好きなんです。
1番知りたくないけれども1番知りたい、そんな本能をどんどん暴く、そして、人は完璧でないから、必ず失敗する、そのとき生む後悔の先にあるものを人間らしく描いたのが落語だと思います。
だから、「刀屋」好きなんです。
で、後悔の先にある人間の本能、「ごめんね…」は好き嫌いでなく、ちゃんと描いておりますわ笑
2018.06.18 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

支那の夜

第2138回
この人この歌
〜渡辺はま子〜

本日、横浜にぎわい座独演会でした。
ご来場ありがとうございました!

横浜といえば、お馴染みおはまさんです。
あの甲高い声がどうしても好きで仕方ない。

そしてチャイナメロディの女王の名に劣らぬ歌い手さんであります。

今日は「おせつ徳三郎」通し。
なるたけ後半の「刀屋」のくだりは軽くしました。
人情噺でもなく、滑稽噺でもなく、といふのが、わたしの「刀屋」のポリシーであります。

感動とかこの噺必要かな、とも思うんです。
それよりもこの男女、ああ、若いよな…ってところでしょう。
そこもまたポイントです。
刀屋のオヤジがポイントではなく、最重要ポイントは、そう、若いっていいよね、だとわたし思うんです。

まず、青春落語である。ということ。
そして、若さゆえの奔走ぶりとその感覚。
これがポイントだと思うんです。
つまり、誰しも一度は、うん、こういう感覚あるあると思っていただける。そんな噺です。

いま、なぜか「刀屋」を重くやる傾向がある。
わたしはそれが悪いなんて思ってないです。
しかし、わたしは、重くやることに非常に違和感を感じるんです。
何故なら、そんな、ぽい噺に持っていって、最後、筏で救われて、川に飛び込めなかった…そんなコントみたいな終わり方なんですよ(笑)
だったら、サゲがそうということは、つまり、うん、そういうことです(笑)

そんなに重くやる必要性が全くサゲと矛盾している。

と言うことは、噺全体の矛盾を生むんです。、
重くやるところは1カ所、おせつと徳三郎が橋で再会するところだけかな、と(笑)

あとは、若さゆえの奔走ぶりの若干滑稽である、というくらいの描き方が充分かと思います。
ふーん、若いって美しすぎて痛いね…!ってことでしょ、この噺。

だから筏で死ねなかった、間抜けなところが光るんです。

つまり、あのコントみたいなサゲ、あれがあるからこの噺は落語なんです。

あれがなきゃ芝居ですもの。
サゲがあんな感じなんだから、大作ではなく、長い青春落語と言った感じです。


だからこそ、都市を重ねていってこの噺はよくなる、何故なら、歳をとると、青春の甘酸っぱさが自然失せます。

そんなとき、噺家が「ああ、俺にもこんな青春があったよな…」って懐かしく語っていく噺なんです。

だから、わたしは会話形式ですが、はっきり言うと随談回顧録に近い噺と取ってしまうんです。

そんなくらいが、落語ではないかな、そう思っています。

昨日の稽古部屋よりも軽めにしてみました(笑)

だから、稽古部屋の有り難みってのは、今日みたいなときに分かるんです。

さあ、おはまさんが青春だった方には懐かしい、「支那の夜」お送りいたしますー。
2018.06.17 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

雨とひとり者

第2137回
この人この歌
〜曽根史朗〜

雨ってのは厄介なもんで。
この歌聴いていると不思議と、たのしいのではないかと思う。
何だい、この雨は、面倒だな、といいながら、嘆きながらも楽しめる自分ってのが、昔の日本人らしい、ところなんじゃないかなと思います。

完全に、この歌を聴くと良き日本人の形ってのが、表現されている。

心理の裏に裏がなし、といふところがいい。
わたしのようなちょいと黒く腹が染まっちまった人間には、なんとも嬉しい歌である。
そして、また曽根さんの歌い方が実に軽いのだ。

軽いゆえに、ちょいと歌詞の中の男が淋しく思えるし、また、味な男なんだろう、と思う。
なんだい、この雨は…というところを、ひとり者の男は、なんだい、世の中ってのは、と、まるで天を借りて嘆いているようにも思う。

昔の歌ってのは、情景描写が可愛いのだ。
人は可愛い方がいい。
容姿ではない、心が可愛い方が、絶対よい。
なぜなら、そこに、人間の弱さと情があるからだ。

弱い人間ってのは、人間ですよね、わたしすき。

そして、ぶれぶれな人間もまた人間くさい。

汚いものを悪とする前に、方向を変えて、汚いものを捉えた時に、きっと、味があるんだと、思うんです。

さあ、大衆の歌、わたしはね、みんなの歌だと思っています。
「雨とひとり者」歌唱、曽根史朗さんです。
2018.06.16 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

酒場にて

第2136回
この人この歌
〜江利チエミ〜

寄席ってところは、漫談でようならって時も多い。特にわたしは笑

理由は時間がないときや、噺が続いた場合であったり、または、起こさねばならない、そういうときによく漫談でおりる。
それは、自分のいわゆる何故に寄席に使われているのか…を考える指針だからです。
漫談は基本的にタイトルがないため、前座さんのネーミングが多いという話は以前からこのブログでも記載しています。

わたしが漫談で下りるときは、ネタ帳を見てみると、「足立区へようこそ」「電車風景」「エレベーター」「男と女」「天国と地獄」とかこんなところが多い(笑)

まあ、つまりは、パシッとスマートなタイトルが付けられるのもまた前座さんのセンスと言ったところでしょうか?
で、よく寄席でやっているとどの前座さんになってもいつの間にか、以上のようなタイトルが定着していきます。
わたしの場合、上記のタイトル、ほぼ、定着です(笑)

みんなあんな感じでネタ帳つけてますね。
タイトルってのは、やはり大切ですよね。
特に情景が浮かぶか否か、ここですわ。
江利チエミさんの歌いました、「酒場にて」なんてタイトル、たまらなく好きですよ。
これ以上のタイトル、うーん…なかなか難しいかな、と。
いわゆる言い得て妙といふことです。

「酒場にて」というタイトルから、さあ、唄がはじまりまして、唄が進んでいきますと、そこに、一人の女の影がみえてまいります。
さあ、このあと一体どうなりますか…といふ、つまり落語みたいなもので、タイトルの妙は必要であるとわたしは思っています。
2018.06.15 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

月よりの使者

第2135回
この人この歌
〜竹山逸郎/藤原亮子〜

平成初めの頃の二時間サスペンス再放送を観た。
ホテルでバスツアー客が温泉入り、そのあと、スナックに行って、部屋に戻ってくる。
「いやあ、スナックで盛り上がっちゃってさ…デュエットずいぶんしてきたよ。銀座の恋の物語、男と女のラブゲーム、居酒屋にもしかしてpart兇世茵となりのじいさんなんか、白樺ゆれる〜高原に〜だってさ。懐かしいの歌ってんだよ」って台詞があって嬉しかったなあ(笑)
白樺ゆれる〜とくりゃ、昭和24年、大映映画同名の主題歌「月よりの使者」である!
もちろんヒット曲であるが、平成初めの二時間サスペンスでまだ「月よりの使者」のフレーズが使われるなんざ、流行歌ファンにはたまらないだろう(笑)
だから二時間サスペンスってのはあなどれない、油断ならないってやつだ笑。

またこの「月よりの使者」って歌、いい歌ですよ。
歌いましたのは、竹山逸郎と藤原亮子の御両人だ。
初めて、テレビ東京の「昭和歌謡大全集」で二人の姿を観たときには度肝抜いたなあ…

えー!竹山逸郎も藤原亮子も映像あるですか!!!
流石は、東京12チャンネル「なつかしの歌声」って番組は偉大だったんだなあ、と思いましたね。

そんな度肝を抜いた二人が歌いましたのが「月よりの使者」であります。

そして、平成初めの二時間サスペンスでこの歌を役者さんが普通に鼻唄で歌っているシーン、嬉しかった…

っていふ、ただそれだけの話で、本日おしまい(笑)
2018.06.14 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

茄子とかぼちゃ〜江戸〜

第2134回
この人この歌

本日、「唐茄子屋政談」口演。
この噺の核ってのは何でしょう。
ハッキリ言うと、持論ですが、広小路のところで唐茄子を売ってくれる快いおじさんです。
このおじさんのくだりがないと、この噺、聴けません。
このシーンがあるからこそこの噺を聴くことができます。
つまり、他の前後よりも最も大切なのは、あの広小路のおじさん登場シーンなんです。

あのおじさんの出会いから吉原田圃まで。
あそこまでのシーンがあるから聴けるんです。、
あそこカットしたらちと聴けないですよ…

あのシーンが落語らしい噺らしい、そういう雰囲気を出しています。
考えてみれば、噺自体は違和感が残るところばかりなんです。
あの前半と後半のギャップもそうですし、唐茄子を売るといふことも季節柄としてのクローズアップですし、でもとにかくこの噺らしいは広小路のおじさんから吉原田圃までがあるからこそ良い噺なんですね。

と、何度も言いますが、持論ですので悪しからず。

いわゆるあのシーンが「救われる」シーンなんです。

遊び人の若旦那、といいますが、わたしなこの人、根が真面目だと思います。
でないと、ああはやらんでしょう笑、いくら言われたとしても。
つまり、優しいんです。
優しすぎるんです。
優しすぎて損している、わたしは若旦那にそんなことを思うことがあります。

なすとかぼちゃの端唄は寄席のスタンダードナンバーの一つ、よく「なすかぼ」なんていわれますね。
2018.06.13 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

愛して頂戴

第2133回
この人この歌
〜佐藤千夜子〜

いやあ、昨日は弱った弱った…
携帯電話が全く夕方以降、起動しなくなり、なな子さんに聞いたり、docomoに行ったりでいやはや、弱りました。
なんとか治ったみたいで…
昨日はメール送受信すら出来ないといふ有様でした。

文明発達といふものは、良いんでしょうが、一度つまづいた日にゃ、大変ですね笑

そして、昨日は家の固定電話の有り難みを痛感。

もう、携帯電話が言うこときいてくれないと、こちとらお手上げ…
この歌の文句じゃないが、何がなんだかわからないのよ〜ってやつですよ笑

無事回復したようです。
docomoショップに入る前に、なな子さんに「あにさん、絶対に従業員に謝金切らないようにしてください…」と釘刺される…笑
2018.06.12 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

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