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影を慕いて

第1741回・この人、この歌


〜藤山一郎〜

昨日、歌舞伎座内の独演会ご来場ありがとうございました。

嬉しいのは生囃子だったこと。
ちゃんと太鼓三味線、やっぱり、素敵。

昨日、気づいた方おられますかね?出囃子、いまの「蛇の目のかげで」ではなく、二つ目時代の「白妙」の出囃子でした。

主催者様側のリクエストで「目黒のさんま」を、と、言われましたが、やはり、やりなれていないのに、あちらで堂々とやらせていただくのが実にどうも申し訳なくて、といふことも含め、二つ目時代の「白妙」に昨日だけ戻したんです。
つまり、まだまだ真打の芸じゃない、っていうことをお客様の前などで申すことほど失礼な話はないと思っております。
だってお客様、入場料いただいてますからね。
ではお客様があまり意識されないところでお客様にお伝えせねばならないことをどこかに折り込むってのがやはり芸人の何気無さかと思います。

てなわけで、生囃子だったからこりゃ幸いと昨日は二つ目時代の出囃子にさせていただきました。

またたまに前の出囃子を聴くのも新鮮だなあと思っております。

寄席はまずありえませんが、たまにはそういう趣向もよろしいんじゃないかな、と思いました。

「白妙」はわたしにとっちゃ自分の初期の作品です。「蛇の目のかげで」があるのは前に「白妙」があったからこそいまの出囃子があるわけです。

だから「白妙」には感謝してるんです。だから、たまにこれからも皆様にお目見えできたらいいなあと思っておりますー。

さて、大作曲家・古賀政男さんの原点は、やっぱりこの歌でしょう。
国民的歌、「影を慕いて」歌唱は国民栄誉賞歌手・藤山一郎であります。

トップ先生の司会じゃないけれど、やっぱりこの歌は藤山さんじゃなきゃ…!

そこには今を生きる人たちがなかなか真似出来ない、その時代の古賀政男、藤山一郎にしかわからない「想い」が、この歌には存分に染み込んでいるからであります。

ちなみにこの歌は佐藤千夜子でまずは生まれましたが、やはり国民的な歌になりましたのは、藤山一郎「影を慕いて」が大ヒットしたことにございます。
2016.09.30 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

新橋駅でさようなら

第1740回・この人、この歌


〜灰田勝彦〜

銀座には、仕事ではバーキュウがあり、琳千があり、泰三さんの喫茶や、玲って喫茶店もあるし、絶品の菊鮨があり、イタリー亭や煉瓦亭で懐かしの洋食があり、日本の流行歌の元祖歌手佐藤千夜子の住んでいた奥野ビルがあり、志ん朝師匠が愛したコロッケ蕎麦があり、銀座タクトで高級に騒ぎ、鰻は竹葉亭があり、昔の東芝土曜寄席に思いを馳せたり…

銀座は我が思い出と今を融合させる大切な町となっている。

まだまだたくさんの思い出がある。行きたいところもたくさんある。

良いのは、気分によって、銀座、有楽町、新富町、銀座一丁目、新橋、東銀座と様々なところから目的地にブラリブラリと歩いていける面白さがある。

どこから行ってもいいの。自分の心の余裕具合でのんびり行けるのもまた楽しい。
今日は歌舞伎座の食堂で1席。

のんびり行きたいところだが、厚木から行きますから今日は素直に東銀座駅がよかろう。

銀座の夜の町を抜けて、新橋駅に行くのもすき。

銀座からちょいとタガが外れて、新橋駅付近の解き放された一瞬の安心感もまた下町の高級、銀座の面白さであります。

昭和二十年代後半には歌唱・灰田勝彦、我らがハイカツが「新橋駅でさようなら」って歌ってますー。
2016.09.29 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

俺はぜったい!プレスリー

第1739回・この人、この歌


〜吉幾三〜

今月のはなし処もお客様のおかげで無事終了しました。
ありがとうございました。
さて、はなし処は寄席形式の訓練を兼ねています。

お客様の様々をご紹介。

初日→超満員。札止。初心者系なお客様多し。観光の流れも。大笑が絶えないため、トリのわたしは分かりやすい人情噺「幾代餅」。

2日目→この日のお客様は、昔ラジオで落語ってよく聴いたよねえ。落語が娯楽で当然、という感じの世代のお客様の集結。お客層はこの日が最もベテラン。陽気。てなわけでトリのわたしは「小田原相撲」。

3日目→非常に落語に詳しいお客様がほとんどの日でした。うん、こりゃトリは「幾代餅」ではなく、重厚でばっちり「浜野矩随」。

千秋楽(本日)→今日が一番渋いお客様。渋いっていふのは静かとかお笑いいただかない、とかでなく、とにかく渋いお客様プラス一番少ない日。外雨。たまらなくすき。わたしね、こういう日大好きなんです。だから「大山詣り」!わかります?笑、渋いときに無性にやりたいネタなんですよ。いいの、そういうネタなんです。

長く谷中をやってきて、今回のトリが一番四日間、ぴたりと合点がいったネタ選びでした。
寄席ならこういう並びなネタに雰囲気日々合わせてやっていきたいよね…理想な四日間だったと思います。
絶対、今日はこのネタが合うなあ〜って高座にあがったり、今日の並びや反応でその瞬間に対応していく、これがハマった瞬間は気持ちいいんですよ、芸人は。
今日トリ終わって降りてきた瞬間に他の二人に声揃えて言われました「大山詣り、とは、うーん、うまいオトシドコロですね」

そうなんですよ、「渋い」って最近雰囲気がどこに言ってもなかなか巡りあわなくて、今日は開口一番から聴いていて声質や雰囲気がいかにも渋そうだから、おやおや、久しぶりにトリも渋いモードでいけちゃうかも、ってワクワクしていました。

高座に上がってね、ダラダラしゃべっていたら、うん、いいのよ、あの渋い空間に圧巻、圧巻。
これいくら説明しても、落語家ならすぐに合点がいきますね、今日は。

たまらないんですよ、こういう日に渋い噺をやりたくなるんだな、落語家って生き物は。

寄席の面白みですよ。

俺は絶対、今日はこのネタだと信じることが出来た日は幸せな1日ですよ。

自分は絶対これなんだ、そう思えるのって様々なことがリンクしなきゃなかなか生まれないことですから。
吉幾三って大歌手の天才的頭脳とセンスは我々落語家の憧れかと思います。
幅の広さと我が身を信じる気持ち、そしてある種の開き直りとギャップ。

全てが寄席空間に絶対不可欠なキーワードばかりをお一人で歌としてドンとみせる凄さ。

尊敬尊敬です。

いきましょう、「俺はぜったい!プレスリー」歌唱・吉幾三。
哀愁をジワジワ持ち合わせるところ、胸に迫ります。
2016.09.28 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

長崎物語

第1738回・この人、この歌


〜由利あけみ〜

芸人に必要なことはなんだろうか。

たまに考えるときがあります。

それは、技術、間、人気、愛嬌、ネタ数、仕事量、面白さ、等々必要なものはたくさんあるのかもしれませんが、一番芸人にとって必要なものはなんでしょうか。
これはわたしだけの持論ではなく、様々な方も合点してくださいました。

それは一体なにか。
その芸人に「物語」があるか、です。
これを持ち合わせている方がやはり一番強いってことです。
ちゃんとその人の人生が物語になっているか、です。

古今亭志ん生といふ師匠は人生が物語になっているから強い。
美空ひばりもモハメドアリも千代の富士もみんな人生がちゃんとした物語になっています。

志ん朝師匠はもっと凄いのかもしれません。上記の人たちに比べたらあまり人生が物語になってないかもしれないのに、それを全て技術でカバーした。
異例でしょう。
何故なら人生が物語になっている人には敵わないのに、同等な立場を技術で形成したからです。

志ん朝師匠は別として、基本的にはやはり人生が物語になっている人には敵わない。

談志師匠は恐らくいち早くそれに気づいた方のお一人ではないでしょうか?
しかし、気づいたところで人生の物語ってのは、その人の置かれている境遇や時代が自然提供するものですからなんともすることは出来ません。

だから談志師匠はご自身の人生に物語を自らこさえた方だったと思います。
選挙、脱会、執筆、発言…
しかしこれらは全て談志師匠がこさえたもの。自然な人生の物語には敵わない。
でも談志師匠もそれを持ち前の技術で志ん朝師匠同様カバーされたと思います。
だから志ん朝師匠と談志師匠にはまた違いがあります。
しかし、両師匠ともに、自然に形成された人生に物語がある方とは違います。

スーパースターになる方の条件、それは「そのひとの人生に物語があるか否か」だと思います。

プラス志ん朝師匠や談志師匠は同等な立場になる場合も稀にございます。

人生に物語がある芸人はやはり強い。
では人生に物語があるってどういうことか凡人のわたしにはイマイチわからないが、例えば何かを手に入れるために全てを投げ出した(普通は絶対投げ出せないことを何かを手に入れるためにする)、とか、衝撃的な最期であったとか(この場合、最期だけ衝撃的でもダメ。全部通して波瀾万丈な上に最期も)、、、、。
勝新太郎さんなんかもやはり人生に物語がある方だと思います。

人生に物語がないとある程度のところで止まるんじゃないか、と思います。

だからよく落語も「筋ものは強い」と言います。 「浜野矩随」とか、まさに人生に物語がある。「中村仲蔵」もそうでしょう。

技術の上手さではかなわない、筋ものの強さがあります。
だから落語の人情噺はやはりトリですね。途中でやったら、次に人生に物語がないものを技術でおしてもとてもとてもかなわないんです。

なにが言いたいか。
つまり、わたしには、人生の物語がない、ってことです。
残念ながら。

イマイチうまくいかないのであるなら、ここに一つの要因があるのも間違いないと思います。

落語のために何かを犠牲にするとか、生活が波瀾万丈すぎるであるとか、とてつもない影響力を非日常から与えるとか、
そういうことがわたしはない。

ならばそういう人間に芸人の要素がないのか、と言えばそれはまた違う。
志ん朝師匠、談志師匠の例もある。
名人になれってことでもない。
つまり、人生に物語がないならば、落語家は「職人」にならねばならない、って手がある。

噺の空間を形成する「職人」。
我々落語家はいついつまでも職人でいなければならないってことです。

職人であるならば、それはまた落語家である証でもあるかと思います。

しかし、それもまた暫くすると、人生に物語がない自分へのジレンマに陥りますが、その繰り返しで「名職人」になれます。

人生に物語がある方はやはり強さを感じます。

「長崎物語」って歌が戦前ヒットしましたが、この歌のじゃがたらお春もまた人生に物語があります。

歌唱・由利あけみであります。
2016.09.27 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

待ちましょう

第1737回・この人、この歌


〜津村謙〜

豪栄道が全勝優勝!
おめでとうございます。

いやはや、わたしゃ、豪栄道じゃないけど、それでも長い道のりだったなあと思います。

待ちに待った方もいると思います。

わたしね、すごくパワーもらいましたよ。

「待ちましょう」の歌詞じゃないけど「待ちましょう待ちましょうやがて来るその日まで」つらくてもきっと思いは届くんだ、わたしはそう思っています。

自分を信じることとはきれいごとに聞こえるかもしれないが、こういう方が出てくるとわたしのような暮らしの人間は励みになります。

叶わない夢は絶対ない。
わたしはずっとそう思っています。
じゃあ、たけ平、お前の叶えたい夢はなんだい??

いや、その、あの、言えるわけないじゃないですか!笑

でも、ありますよ、密かに。

よく昔から待たせるよりも待つ方がつらいと言います。
では自分が待たせる立場ならば、待つ方に多大なるつらさ苦しみを与えてしまうわけですから、せめて、せめて、待たせる側はまっとうせねばならない。

その覚悟がないと待たせてはいけないと思います。

豪栄道は待たせる側も待つ側にも希望を与えてくれました。

だからパワーをもらいました。

てめえの情熱がきっと届く。
青春ドラマのデフォルメはわたしはデフォルメでないと思います。

届くまでに諦めてしまうことがほとんどだからデフォルメに見えてしまうのではないか。

そう思っています。
わたしはそうならないようにしたい。
いや、しなきゃいけないんです。

わたしも大関に何年かかってもいいからあやかりたい。そう思っています。

「待ちましょう」歌唱・津村謙であります。

「上海帰りのリル」以降、津村さん自身も少なからず悩んだと思います。
あれだけの空前のリルブームをこさえた後の自分、つらいよなあ。

でも津村謙は数々の代表作があります。
「上海帰りのリル」、「東京の椿姫」、「待ちましょう」、「あなたと共に」等々、ビロードの歌声津村謙本領発揮のヒット曲の数々であります。
2016.09.26 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

君の名は

第1736回・この人、この歌


〜織井茂子〜

映画「君の名は。」
大変な好評らしく、100億円を突破したらしい。

わたしも観たくなってきた、まだゴジラのやつも観ていない、いやはや、時間が早く欲しいです。

とにかくね、ここ最近、もう、織井茂子さんの顔が毎日、一度は過る。
なんせ世の中、「君の名は。」が大変な人気であるようですから。

わたしの知ってるのは「君の名は」の方。
あの「。」が無い方ね笑

いまの「君の名は。」もすごいだろうけど、いわゆる昭和の「君の名は」も空前の大ヒットになりました。
映画はなんてったって三部までいったわけだからこりゃ国挙げてのヤンヤヤンヤの大騒ぎ、空前の大ブームになったわけです。

主演は岸恵子/佐田啓二。
つまりは真知子と春樹の物語だ。

とにかく、いまね、頭の中は「君の名は」がぐるぐるまわる。

うちのじいさんなんざ、ニュース見ていて「君の名は。」の方みて、「どれが真知子?」だもん笑。

まあ、そりゃそうでしょうな笑

中井貴一さんはどんな心境でしょうか笑

でもなんでも邦画が元気って、なんか嬉しいんですよ。
銀幕は永遠にあってほしい。

おれもあの「君の名は。」のアニメの映画の話題がニュースで出た瞬間に、「え?もしかしてあのアニメ版やるのか!」
と思い、思わず真知子巻きしている人を探しました笑
さあ、今宵は本家本元、やっぱりこのタイトルがまた流行るなにか魅力もあるんだと思います。

いきましょう、「君の名は」歌唱・織井茂子。
昭和二十八年。

わたしは第二部の主題歌「黒百合の歌」も好き。こちらも大変にヒットしました。これも織井さんの歌唱であります。

いまの「君の名は。」いよいよ観に行きますかな。
2016.09.24 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

イヨマンテの夜

第1735回・この人、この歌


〜伊藤久男〜

朝、早し。
まもなくわたしゃ、奥多摩に到着しますわいな。

毎年伺っている奥多摩の古里小学校の学校寄席。

素敵な空気に匂い、風景の素晴らしさは不純で汚れきった林家たけ平の心でさえも爽やかに一掃してくれる。
古里小学校に伺うの、密かな楽しみにしています。

あの小学校の構え、そして子供たち、水、自然、東京都に生まれたわたしは東京都の大切にすべく緑に今日もワクワクしているのです。

とはいえ、早い…早い…眠い…昨日は早々に寝たにせよ、いやはや、眠いのでありますわ笑。


さあて、お子さんの笑顔に触れて参ります。

「イヨマンテの夜」は、お馴染み歌唱・伊藤久男。
作詞・菊田一夫、作曲・古関裕而の不朽の名作であります。

古関さんの中には、このメロディはイヨマンテの夜が発表される前から既に放送していた「鐘の鳴る丘」の放送劇期に出来ていたとのことで、わたしがレコード会社の方々から聞いたのは、奥多摩の森林を木こりがこの後のイヨマンテの夜らしきメロディを鼻歌しながら通る、といふシーン。

「わたしはね 、あのメロディを我ながら聴いたときにね、あゝ、これはこのままでこのメロディがなくなるのは惜しくてね。だからあのメロディを生かす形でイヨマンテの夜をこさえたんです」

レコード会社のある方が「古関先生にこのイヨマンテ話は本当に何回も聞かされたよ。あまり同じことを言わない先生がこのことだけは口癖のようだったから、相当にイヨマンテの夜には思い入れがあったんだと思いますよ。確かに名曲ですが、うん、やっぱり側で見ていて、古関先生の真価はやはり戦時歌謡ですよ、だからイヨマンテの夜もあんな形のメロディで生まれたんじゃないか、と思ってます。つまり、経験値を充分に積んだ人が見事な歌をこさえたなあ…わたしがイヨマンテの夜を聴いたときに思った第一印象ですね」

これはなるほどと思いました。
貫禄十分に出られた日にゃ、へなちょこは屁の如しである。

経験値を充分に積んだ曲、この表現が好きですね。イヨマンテの夜が経験値を充分に積んだ曲、至極最もで、妙に合点がいきます。

さあ、その奥多摩を鼻歌で歩く木こりの如し、あたしゃ負けない、こちらもイヨマンテの夜を鼻歌で、風呂敷担いで歩こうじゃないか。

夜は稽古部屋。花いちさん、夏丸さんを迎えてひっそりと。って、楽屋はうるさいね、こりゃ笑

では今日も皆様、素敵な1日をお迎えくださいませ。
2016.09.23 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

かもめが翔んだ日

第1734回・この人、この歌


〜渡辺真知子〜

今日もある方が、浅草演芸ホールの楽屋にいらして、わたしのところに地噺のお稽古をつけてほしい、といらした。
ん?二つ目は地噺ブーム到来かしら?と思っても、ずいぶんいろんな方々にお稽古、お教えしているが、あまり、そのブームを未だに感じられていません笑

まあ、それは別として、地噺の大事なことはなんですか?
とご質問いただき、いままでもいろいろお話をしてきましたが、今日の方には、「普通、落語って、セリフが途中、飛んだら、右往左往しちゃうでしょ、でもね、地噺をやっているときにセリフが飛んだら、チャンスと思いましょうよ」
と若輩ながら、アドバイスいたしました。
今日、稽古日を決められたし、めでたし、めでたし。
さあ、わたしの方がいま実は大変で、地噺で超有名なのはやはり「目黒の秋刀魚」であるが、これを久しぶりにやらなくちゃいけなく、ただ、全くもってダメ、うまくいかないんです。

わたしね、地噺をかなりやる人間として一番難しいのは、「目黒の秋刀魚」「お血脈」「たがや」「源平盛衰記」「扇の的」だと思っています。

こりゃもう、地噺の中で最も有名な五部作な上に最も難しい五部作でもあります。
間違いないでしょう。

理由は簡単です。

地噺っていふのは自分色にガンガン染めていかなきゃいけない。
むしろあらすじだけの勢いでいい、あとは自分色に染めちゃえばいい。自由がとめどなく広がる世界であります。
しかし、以上の五つのネタに関しては、その地噺特有の自由が利かないのだ。
なぜなら以上の五つのネタは、筋が相当出来上がっているから、あまりに自由にやるすぎるともはや破滅、わけがわからなくなるのだ。
といっても地噺には違いないから、我がオリジナリティも多少は出していかねばならない。
この自由と不自由の狭間でのバランスとの戦いなのです。
この塩梅の分量を少しでも間違えると本当に大変なことになる、それが以上の五つの地噺であります。

「目黒の秋刀魚」、過去何回かだけやりましたが、正直、ツラい。
かなり難しいのだ。

本当に地噺を生業とするならば、以上の五つの地噺はあまり手をつけない方がよいくらい。

で、以上の五つの地噺だけは、地噺が苦手でも得意だといふ方々がたくさん落語家にはいるのだ。

こういう方々は普段、地噺を生業としていない、いわゆる筋のある古典落語を得意とされている中で、この5つの地噺も古典落語の手中として捉えておられるから、地噺であって地噺であらずなそこの塩梅が非常にお上手なわけです。
もはや、地噺でなく、筋がある古典落語?と思うくらいにやっておられます。


ただし、わたしのように地噺だらけな人間には、いや、もう、たまらないくらい手を焼く地噺のテリトリーにこの5つは、入るのです。
「扇の的」と「源平盛衰記」は地噺の枠を超えて、林家のお家芸であるから、もうとにかくがむしゃらに手中にせねばいけない、使命感があるから、なんとか出来不出来は別として、生涯のネタとしてのお付き合いだから、これは除外する。

で、残る3つが以上に難しいから困る。
「目黒の秋刀魚」をやるには、まず3つの内、「お血脈」からやる必要性がある。
「お血脈」の解決方法としては、本来30分ある噺を、わたしは10分しか本編がないように思い切りカットしてやるといふやり方を思い付いた。

なまじ筋がある地噺だからこそ、思い切って尺を三分の一にすることで、本来ある筋をあえて筋が無いのだ、といふ地噺らしい地噺に強引にしちゃおうといふ形で、対処した。

あくまでこれでも対処しただけで、得意ではない。改良もまだまだ必要だ。

しかし、わたしなりの対処が見いだせたネタにはなった。

さあ、しかしながら、「目黒の秋刀魚」はそれすら、許されないのだ。

筋を大幅カットした場合、わたしが落語で大好きな「味」が全て失せるからだ。
だから「お血脈」のような対処が出来ない。

大した筋でないならば、「お血脈」をまるで「ミニ地獄風景」というかのような地噺らしいやり方ができるが、「目黒の秋刀魚」は、そうはいかない。

筋があるが、よくよく考えれば、大した筋ではない。ここまでは「お血脈」とあまり変わらない。

しかし、カットできないのは大した筋でないくせに以上に「味わい深い」噺なのだ。

ここが正直、たちがわるい。
で、ボンボン色々なギャグめいたことをやたら入れられるほど、崩すことも出来ないし、といって、筋に忠実にしたら、大した筋でないゆえ、地味な噺なだけ。
だいたい、「目黒の秋刀魚」でバンバン受ける高座を正直知らない。

つまり、筋の本質は極めて「地味」なのです。

地噺ではあるが、もはや「目黒の秋刀魚」は、地噺の中での「星野屋」のような、実に渋い噺なのだ。

渋い、と、地噺、が全く相容れないのに出来上がった噺だから、いよいよたちがわるいのです笑

つまりハッキリ言うと、地噺として「目黒の秋刀魚」は全く合わない噺なのです。

でも落語世界では「目黒の秋刀魚」は、地噺として処理されるのだ。

いやあ…本当に難しい…いや、難しすぎる…

弱音を吐いているわけでなく、冷静に判断し、分析して、非常に難易度が高い、地噺?です。

それが証拠に「目黒の秋刀魚」も「お血脈」も「たがや」も「源平盛衰記」も「扇の的」もトリが取れる地噺として希少価値が高い。
しかし、中で「目黒の秋刀魚」は、聴いたなあ〜といふ落語らしい落語であり、本来、地噺で、あゝ、聴いたなあ〜となっちゃいけないから地噺なんです笑


この矛盾…誰か解消してください笑

この矛盾と戦いが終わらない限り、こういう類いの地噺に糸口が見つからないのであります。

かなり長い戦いになるかと思います。

思えば「扇の的」だって、三年越しだったわけで…笑
しかし、「扇の的」とはまた違うのは、再三申し上げております「味わい」の深さが尋常でないからであります。

そ、そして、更なる難しさが「目黒の秋刀魚」にはございます。
三年越しってわけにはいかない理由、お分かりになりますか?

それは、「季節・秋」といふ限定ネタであるから、また固まりもしないまま、来年に持ち込むことになる、このブランクが、こういうネタをなかなか手中に出来ないもうひとつの理由でもあります。

どんな落語でも結局、稽古より実戦です。
ましてや地噺なんて、実戦実戦実戦で段々モノにしていくといふのが最大の近道なのです。

地噺でブランクを空けるのが一番ダメなんです。
だから色んな理由を持ち合わせている…なかなかのネタではあります、良く言えばかなり戦い甲斐のあるネタってことになります。

だからこそ、時間は相当かかりますが、遠い将来、手中に出来たらかなり自分自身飛躍できるんじゃないか、そう思っています。

だから、わたしは明るく捉えています。
我が身の為にもなるわけですから、有難いっていやあ、有難いわけでして…。

だから「地噺はセリフが飛んだらチャンスと思え」といふ今日、お稽古のお願いに来た方には撤回せにゃなりません笑


「中には、セリフが飛んだらおしまいの地噺もあるよ」を明日、電話して付け加えよう笑

こうわかったのも「目黒の秋刀魚」に出会えた自分がいるからで、やはりモノになかなかならなくても感謝しなきゃいけないネタです。

つまり、飛んでいいのは、かもめだけかいな…。

「かもめが翔んだ日」歌唱・渡辺真知子であります。
2016.09.22 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

リンゴの唄

第1733回・この人、この歌


〜並木路子/霧島昇〜


7・7・7・5といえばご存知、都々逸。

都々逸ってのは、本当に素晴らしい日本文化であります。
あの限られた唄の中に全てが詰まっています。

無駄を嫌う伝統芸能にはもってこいの唄の文句。

わたしが好きな都々逸を。
「三千世界の鴉を殺し主と朝寝がしてみたい」
「根も葉もないのに枝まで添えて二人の噂に花が咲く」
「ガキの頃からイロハを習いハの字忘れてイロばかり」
等々、やはり色っぽいのが魅力となります。


ですから、落語の中でも説明よりも都々逸を言い、全てを表現する場合があります。
噺の中で生きる都々逸をいくつかご紹介いたします。是非とも今度落語を聴いてその中で都々逸を探していただくのもまた新しい噺の楽しみ方かもしれません。

「夢でもいいから持ちたいものは金のなるきと良い女房」(芝浜)


「別れがツラいと小声で言えばしめる博多の帯がなく」(妾馬)


「お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ」(崇徳院)


「はなはさほどに思わぬけれどいまもさほどに思わない」(辰巳の辻占)


「夢に見るようじゃ惚れようが薄い真に惚れたら眠られぬ」(紙屑屋)


「歳はとっても浮気はやまぬやまぬはずだよ先がない」(悋気の独楽)


「お酒呑む人花ならつぼみ今日もさけさけ明日もさけ」(試し酒)


「冷たいようでも氷屋の娘あつい情に解ける帯」(都々逸親子)


「相撲に負けても下駄さえあればカッタカッタの音がする」(阿武松)


「一人寝るのは寝るんじゃないよ枕担いで横にたつ」(たらちね)


まあ、もちろん、落語家によってはカットしたり、他の都々逸を入れている場合もあります。

この都々逸ひとつで、様子が明確になるし、噺もしまるし、本当に都々逸っていふのはすごいんです。

そして都々逸は様々なものに、落語以外にも影響を与えました。

例えば寅さん「男はつらいよ」寅さんの啖呵口上だって都々逸ですよね。「たいしたもんだよ蛙の小便みあげたもんだよ屋根屋のふんどし」とか「色が黒くて食いつきたいがあたしゃ入れ歯で歯がたたぬ」とか…。見事に都々逸ですよ。


CMだってそうですもの。「カステラ一番電話は二番3時のおやつは文明堂」。

だいたい歌謡曲なんざ、都々逸の宝庫でしょうね。
民謡がそうですもの。
「佐渡へ佐渡へと草木もなびくよ佐渡はいよいかすみよいか」とか。

だから、歌謡曲「小倉生まれで玄海育ち口も荒いが気も荒い」村田英雄歌唱の「無法松の一生」を聴く度に、あゝ、これも都々逸じゃないか…と思います。

だから、勿論、戦後すぐの「リンゴの唄」だってそうです。「赤いリンゴに唇よせて黙ってみている青い空」歌唱・並木路子/霧島昇の戦後すぐを代表するお馴染みのヒット曲であります。

都々逸の威力、影響、これは、日本人の心に一番スッと受け入れやすい、そういう文化なんです。

あ、三味線の先生に言われましたね、以前、「たけ平さん、月光仮面もそうよ」
「どこの誰だかは知らないけれど誰もがみんな知っている」

ホントだ…笑
感動した覚えがあります。
さて、わたしゃ寝ます。寝る前に都々逸つくるかな。「夜も遅いし寝落ちもするが明日も落語で落とします」
我ながらへったくそだな〜〜!!!

センスがない!

おやすみなさい〜
2016.09.21 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

オロチョンの火祭り

第1732回・この人、この歌


〜伊藤久男〜

さあ、始まっております、先日の草加からスタートしております、敬老会の落語会ラッシュ。

草加、今日は熱海、そして明日は入間市の敬老会に伺います。

敬老会といえども皆様、本当に元気元気元気!!!

こっちが参っちゃうくらい元気元気元気!

熱海の敬老会に至っては、昼間が落語会、夜はまた再びみな集まって会食パーティーやら、ビンゴ大会ゲームだって…笑

若者よ、うちにいる場合ではない笑

落語を聴いて長生きしたい!
なかなかの素敵な心持ち。
ありがたや、ありがたや。

「わたしね、日本舞踊も習ってるの!」

「そうですかあ、お元気でなによりですね」

「嘘だと思ってるでしょ?じゃあいまここで踊ってあげるわよ!」

(←なにも言ってないけど…踊りたいのだろう…笑)
いやはや、見ました目の前で!
日本舞踊素晴らしき情熱!!途中から「オロチョンの火祭り」に見えてくるくらい情熱な日本舞踊!笑

いついつまでもお元気でいらしてください。

「オロチョンの火祭り」、この歌もずいぶんヒットしたようです。

歌唱は伊藤久男であります。
Check
2016.09.19 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

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