Calendar

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< August 2016 >>

SPONSORED LINKS

Recommend

MOBILE

qrcode

Link

Profile

Others

Search this site.

Blog

アイルランドの娘

第1712回・この人、この歌


〜ディックミネ〜

もとい。こちらが本原稿なため、再度掲載します。すみません。

今日は嬉しや、薗田憲一とデキシーキングスの亀戸カメリアホールの公演にゲスト出演させていただきました。
結成56年。
愛してやまないデキシーキングスのゲストなんて、東海林太郎さんのコメントをお借りしたら天にも昇る気持ちでありますよ、本当に。
あゝ、落語家になって良かったなあ、そんな気持ちです。

私の高座の出囃子「蛇の目のかげで」が、薗田憲一さんの息子さん、勉慶さんの演奏で高座に迎えた喜びなんざ、たまらなかった。
涙がぐっとこみあげました。
デキシー風の「蛇の目のかげで」。
なかなか上げれない経験ですよ。
たぶん、談志師匠にうらやましがられること太鼓判…。
流行歌ファンは、アレンジを嫌うけど、デキシー風のアレンジだけは異常に好むこの心、お分かりいただけるかと思います!!

そして後半は真打昇進を祝ってくださり、な、なんと、「錨を上げて」をステージで間近で聴けるこの喜び!
これ以上の幸せ、なかなかないですよ。

ありがとうございます!!

そして、ご来場のお客様にも併せて感謝申し上げます。
わたしの中で、永遠なる薗田憲一であります。

「錨を上げて」そして談志師匠も大好きだった「これで満足」も。

わたしはね、つくづく幸せなんです。

そして、デキシーキングスのお客様で落語初体験のお客様、本当に喜んでくださいました。

わたしは、落語の入口をこさえる仕事の落語家です。
それを今日は愛してやまないデキシーキングスで出来た嬉しさはやみません。

わたしの落語を聴くお客様、今日のわたしのあの笑顔、なかなか見せない、表情をついつい何度も舞台から出してしまいました。

なぜわたしが寄席にこだわるのか、全てがデキシーキングスの世界に詰まっています。

だめだ…デキシージャズなんざ聴いちゃったら、しかも生で…もう、あとはディックミネさんの歌声を聴きたくなっちゃう、もちろん、南里文雄さんまでいっちゃうな…。

薗田憲一という憧れの大スター、間違いなくわたしのビジネススタイルに生きています。
これは事実なんです。

談志師匠は言ってました、「薗田憲一って人はな、戦わないんだ、自分の役目をこなすだけなんだ。でもこれができないやつばかりじゃねえか…薗田憲一って人は出来ちゃう。自分が目立たなきゃいけないとき、自分が目立っちゃいけないとき、あの目立っちゃいけないときのスマートさ、すげえだろ。落語もな、たまに自分が間のときは、スマートにまくらなくして入ればいいんだよ。スッと降りて、次に渡してみろよ。あのスタイルは薗田憲一のステージマナーから思ったんだ」

激しく同意!笑

今日ね、つくづく思ったんです。前々から思ってましたけどデキシーキングスを舞台袖から観た経験がなかなかないから、やはり、か、と、再認識したのが、息子さん、つまり薗田勉慶さんの薗田憲一さんと激似なこと。
これわかる方いますかね?あの薗田憲一さんがトロンボーンをもってぶらぶらしながら立っている姿、あのトロンボーンぶらぶらしているところなんざ、勉慶さん激似なんですよ。

神様薗田憲一ですから、わたしはぞっとしましたね。

さあ、今日はディックミネ歌唱だ。

ちょいと外した選曲いきましょう、「アイルランドの娘」であります。
2016.08.28 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

アイルランドの娘

第1712回・この人、この歌


〜ディックミネ〜

今日は嬉しや、薗田憲一とデキシーキングスの亀戸カメリアホールの公演にゲスト出演させていただきました。
結成56年。
愛してやまないデキシーキングスのゲストなんて、東海林太郎さんのコメントをお借りしたら天にも昇る気持ちでありますよ、本当に。
あゝ、落語家になって良かったなあ、そんな気持ちです。

私の高座の出囃子「蛇の目のかげで」が、薗田憲一さんの息子さん、弁慶さんの演奏で高座に迎えた喜びなんざ、たまらなかった。
涙がぐっとこみあげました。
デキシー風の「蛇の目のかげで」。
なかなか上げれない経験ですよ。
たぶん、談志師匠にうらやましがられること太鼓判…。
流行歌ファンは、アレンジを嫌うけど、デキシー風のアレンジだけは異常に好むこの心、お分かりいただけるかと思います!!

そして後半は真打昇進を祝ってくださり、な、なんと、「錨を上げて」をステージで間近で聴けるこの喜び!
これ以上の幸せ、なかなかないですよ。

ありがとうございます!!

そして、ご来場のお客様にも併せて感謝申し上げます。
わたしの中で、永遠なる薗田憲一であります。

「錨を上げて」そして談志師匠も大好きだった「これで満足」も。

わたしはね、つくづく幸せなんです。

そして、デキシーキングスのお客様で落語初体験のお客様、本当に喜んでくださいました。

わたしは、落語の入口をこさえる仕事の落語家です。
それを今日は愛してやまないデキシーキングスで出来た嬉しさはやみません。

わたしの落語を聴くお客様、今日のわたしのあの笑顔、なかなか見せない、表情をついつい何度も舞台から出してしまいました。

なぜわたしが寄席にこだわるのか、全てがデキシーキングスの世界に詰まっています。

だめだ…デキシージャズなんざ聴いちゃったら、しかも生で…もう、あとはディックミネさんの歌声を聴きたくなっちゃう、もちろん、南里文雄さんまでいっちゃうな…。

薗田憲一という憧れの大スター、間違いなくわたしのビジネススタイルに生きています。
これは事実なんです。

談志師匠は言ってました、「薗田憲一って人はな、戦わないんだ、自分の役目をこなすだけなんだ。でもこれができないやつばかりじゃねえか…薗田憲一って人は出来ちゃう。自分が目立たなきゃいけないとき、自分が目立っちゃいけないとき、あの目立っちゃいけないときのスマートさ、すげえだろ。落語もな、たまに自分が間のときは、スマートにまくらなくして入ればいいんだよ。スッと降りて、次に渡してみろよ。あのスタイルは薗田憲一のステージマナーから思ったんだ」

激しく同意!笑

今日ね、つくづく思ったんです。前々から思ってましたけどデキシーキングスを舞台袖から観た経験がなかなかないから、やはり、か、と、再認識したのが、息子さん、つまり薗田弁慶さんの薗田憲一さんと激似なこと。
これわかる方いますかね?あの薗田憲一さんがトロンボーンをもってぶらぶらしながら立っている姿、あのトロンボーンぶらぶらしているところなんざ、弁慶さん激似なんですよ。

神様薗田憲一ですから、わたしはぞっとしましたね。

さあ、今日はディックミネ歌唱だ。

ちょいと外した選曲いきましょう、「アイルランドの娘」であります。
2016.08.28 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

君と僕

第1711回・この人、この歌


〜神戸一郎〜

三者三様っていふのが、何においてもいいんだろうな。
共演をしていても他の二人がやらないことをやる。
また他の二人もわたしがやらないことをやる。

これが寄席演芸の醍醐味であります。

とはいふものの、まだまだ寄席本来の味わいにはなかなかならない。

やはり寄席の良さにはかなわない。
これは私が寄席に出演している贔屓目はある。

しかし、その贔屓目が大いにあってよいと思います。
そうでなければ寄席の色はなかなか難しい。

そして、開口一番の出番なのか、仲入りなのか、トリなのか、を、ちゃんと認識し、持ち場をまっとうする訓練が寄席の味をひきだす一番の近道だと思っています。

いま、高座をちゃんと願う人も多い。
これは当たり前だし、我々一切手を抜かない。

かわいそうなのは、漫談だ笑
いい仕事するときもあるんですけどねえ…笑
割合、ガッツリしたネタが並ぶ予測が立つときとか。
つまり、寄席は本来色物が複数欲しい。
寄席の味と今の時代がどうなんだろう、合わないのか…

合わないとなると、寄席衰退を示すし、結果、噺家もいよいよさようならになる。

これはいかんと、はなし処って谷中をこさえた。

まあ、小さいからなかなか寄席システムのようにはいかないし、また、お客様がいま寄席システムに慣れてない、いわゆる芸術鑑賞会の延長に落語があるのが口惜しいときもあります。


いまこそ、寄席がふんばりどころ。
寄席がなくなれば、落語は自ずと寄席以外でも公演が減ります。

だからこそ、いま、また寄席のシステムの番組内容を楽しんでいただく感覚をご理解いただけたらと思います。

いま、例えば、三人でやると、三人会だといふ意識がお客様にある。
これは寄席ではなくホール落語の感覚です。

三人会なら、三人の持ち時間を大まか平等しなければいけない。

寄席ではないんです。
寄席は持ち場持ち場で持ち時間が違います。
その持ち時間が違う三人を平等に聴いてはあまり意味がないんです。
なぜこの人は短いのか、この人はなぜ長いのか、なぜ漫談だけだったのか、なぜ急にしんみりやるのか、、、
とにかく全ては「楽屋の事情」です。
楽屋の事情と言えども、お客様に「寄席」といふ意味で最終的に満足していただくための楽屋の事情であります笑

それでもお客様より満足のマークをいただけないときもあります。それは我々演者の努力が足りないだけですから、お客様には何も関係ありません、ただただ、我々が反省し、精進するだけであります。

ただ、寄席の味わいのシステムをよりご理解いただくとお客様は全体の満足を得ていただける率が高くなります、といふだけです。

わたしはだいたいにおいて、独演会ですら、その感覚のシステムを自ら導入してるくらいですから、共演の場合は尚更であります。

全ては寄席の考え方、これは地方でも世界でも同じです。
これが演芸の延命であります。
今日は何がメインなのか、それに向かってサブはサブの働きをする、それが寄席芸人です。

綺麗事でなく、場合変われど皆が手を取り合い、時には自分が全くもって「なんだい、あいつは…まともに落語もやらねえで…」でもいいんです。
何故なら私がメインのときも多々あるからです。
その時はメインの仕事をすればいい。
もう全てがメインの公演がいま当たり前を占めているイベントが落語も多いが、それはもういいんじゃないかな…と思ってます。

明日は三ヶ所、6高座務めます…笑。

午前中は私がメインの独演会二回公演。
午後は谷中、そして亀戸、こちらは私はサブの仕事。
かなり切り替えが難しいです。

僕と君、そして「君と僕」とくりゃ、低音の魅力、ご存知、神戸一郎の歌声となります。
2016.08.27 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

大陸夫婦囃子

第1710回・この人、この歌


〜浅草〆香〜

今日は上原落語会に出演させていただきました。
せっかくの代々木上原です。
古賀政男音楽博物館に行かない手はない笑
マンスリー歌謡ライブの司会で行っていてもやはり、歌は別バラ笑。
じっくり見学したら、嬉しいかな、うぐいす芸者歌手特集をやってました。

何が嬉しいって、ちゃんと浅草〆香さんも勝太郎、市丸、小梅お歴々と同じようにちゃんと記載している素晴らしさ。
勿論、お馴染みの芸者歌手の皆さんも。
浅草〆香といふ歌い手さんをことに忘れがちになる昨今、本当に嬉しかった。
そんな展示を見ていたら、対談したり、一緒に食事をしていた神楽坂浮子さんのことを思い出した。
勿論、浮子さんの記載もありました。

浮子さんが言っていたのは、「お客様を喜ばすにはルールがある。まずわかりやすく、描かなきゃいけない。しかし、わかりやすく描くと時には下(しも)がかったりする。それでもいい。芸能が続いてきた理由の一つには芸術ではなくて、大衆の下世話なことが根底にある。ならば、それを描かないのはまた芸能への冒涜だと思う。しかし、それだけを描いたらお客様が不安になる、だからそのあとは必ず綺麗なものを描く。それが大衆芸能って思うの。だからわたしはお座敷でやきゅうけんのあと必ず綺麗に潮来出島を踊ったわ」。
この言葉を無性に思い出したんです。

で、あれよあれよといつの間に上原落語会、「相撲風景」と「中村仲蔵」になりました。

初めてのお客様には落語って本来、芸術じゃない、ってご理解いただきたいんです。
とても下世話で品もない、それが落語の根底にあり、それを落語的描写をするなら、ギリギリで止める美学はある。ってのが本来の落語にある。だから「相撲風景」とか「寄合酒」「荒茶」「勘定板」「金玉医者」ちょいと綺麗目で「ちりとてちん」「茶の湯」あたりがあるんです。
これをただ汚いと思うか、でも落語ってつまりこんなものと思うか…。
大衆芸能は常に時代が常識的になっても後者でいなきゃいけないと思います。

ただ、大衆芸能の良い意味でずるいところは、それで終わらしゃいけない。
今度は真逆の噺を聴いていただき、こういうのも落語です、が、やはり初心者のお客様にご理解をいただきたく思っております。
だから次は色を一気に変えて「中村仲蔵」とか「芝浜」とか「子別れ」あたりがまだこの時代にいきつづけているんだと思います。

それをまた浮子さんの言葉が思い出させてくれるところなんざ、泣かせますわいな…笑

でも対談したとき、岡本敦郎さんも結果的には似たようなことをおっしゃってました。「わたしの歌ってよく健康的だとか歌の見本と言ってくださる。それはやはり私が大勢の歌い手さんと出演し、様々な歌唱があるから、わたしのような健康的な歌声がまたひきたつんです。だから歌い手さんには命をいただいているんですよ」
思えば同じ意味合いだと思いました。
また人は真逆のものに同時にひかれます。
大衆芸能たっぷりの噺と、清らかなる綺麗な噺。
この真逆が合わさったとき、落語は特に光ります。

岡本敦郎さんも歌手になりたいキッカケはダイナミックに時には荒々しい歌声の迫力ある伊藤久男さんに憧れて歌い手さんになりました。
しかし、実際プロ歌手になった岡本さんは、あの全く真逆とも言うべき位置におられたわけです。
だから、伊藤久男、岡本敦郎と同じステージに立ったテレビ東京(東京12チャンネル)の数々の懐かしき番組、みんな流行歌ファンのわたしなんざ、どの歌手、どの曲も好きなわけです。
寄席とまったく似ています、この構図が。
様々な噺があっていい。
全てが「落語」だからです。
だから、この落語家が好きだ嫌いだ、は、損かな、とも思います。
だって私も東京12チャンネルの「なつかしの歌声年忘れ大行進」の年末特番、あの全体が好きなわけですから。
東海林さんも見たい、しかし、藤山さんも出て、その前に淡谷さんがいる。かと思うと戦時歌謡コーナーがあり、昭和三十年代の大津さんやローズさんがいて、そしてうぐいす芸者歌手のお歴々がいる。
そこにどれを選ぶなんて出来ない。
みんな一式見たいんです。
落語や講談や浪曲などでいま、自分だけの世界を押しつけるのがまたお客様に受けますが、それはその人をただクローズアップするに過ぎない、初心者のお客様を変に誘う。それは「勘定板」や「相撲風景」よりもよっぽど下品な、大衆芸能にあらず、だとわたしは思ってしまうんです。

本日、市馬師匠の高座を聴いていただき、いかがでしたか?
師匠がいかに寄席を愛し、寄席のシステムをちゃんとお心に染み込ませていらっしゃるかわかっていただけたら嬉しく思います。

ちゃんと寄席芸人は、相手を知ってます。わたしが「相撲風景」をやればちゃんと綺麗にリセットしてくださる。
しかし、たけ平だから、二席目はおそらく人情噺の可能性もある、まして、相撲風景を1席目にしているから、次は真逆の理論で、人情噺かもしれない。
じゃあ綺麗目だけど人情噺でない噺、ましてや初めてのお客様もまくらから、相撲風景の反応を聴いていたら、うん、所作が多いわかりやすい噺はどうだろうか…で、「船徳」。
こんな細かいシュミレーションは師匠自身されていないと思います。しかし、もう体の中に無意識にすりこまれている、いわゆる「寄席」の発想なわけですね。
だからやはり大先輩は素晴らしいなあ、って思うんです、と同時に寄席芸人の感覚ってえのは私は大好きなんです。

「なつかしの歌声年忘れ大行進」=「寄席」。

わたしはいつも思います。
自分だけをクローズアップする芸はあくまで初心者の方に自分だけを好きになってもらうといふ狭い感覚になってしまい、わたしには実に理解不能なところなんです。

様々な噺や、流れの共存共栄を主に置きたいです、落語延命を祈るわたしは。

ならば、わたしは綺麗事でなく噛ませ犬を大いに買って出たい。

トリを引き立てるのが前方の役目、ならば漫談だけでもいい。
で、お客様が「トリ良かったねえ、そこいくとなんだいあいつは、漫談だけで下りやがって」と言われてもトリに満足されたなら、我々の成功なんです。だから噛ませ犬を大いに買って出たいんです。

それが共存共栄の寄席の世界。わたしはそう思ってます。
前方の演者がトリより俺の方が面白くめちゃくちゃにやっちまえ、俺が目立てばいいんだ!
が一番下品でわたし嫌いなんですよ…笑

この世界の未来にまったく意味がない。

てなことまで、深く深く今日は、古賀政男音楽博物館に行き、感じた後で地域寄席に伺えました。
ちなみに古賀政男音楽博物館の前は池袋演芸場に出ていたわけだから、もう今日は寄席芸人冥利に尽きた幸せな1日でした!
お客様に感謝感謝感謝の1日なんです。

うぐいす芸者歌手特集ブース、〆香さんの歌声も流れました。
いきましょう、いつまでも忘れてほしくない歌い手さんのお一人、浅草〆香歌唱、「大陸夫婦囃子」、昭和十四年かな?
タイトルがいきなり、好きです笑

ちなみに今日の上原落語会の楽屋は、市馬師匠とわたしですから、どうしたって、戦前の歌手の話と、伊之助さんの話になります笑。
途中からアイジョージ、村田英雄ラインの話になったとき、師匠がボソッと「あれ?今日、話してることちょいといつもより新しくないかい?」だって…笑。

充分古いですよ、師匠!笑
の、突っ込みは心でして、お馴染み出囃子「吾妻八景」にのり、師匠は高座に向かったのでありました。
2016.08.25 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

夢見るシャンソン人形

第1709回・この人、この歌


〜中尾ミエ〜


逝っちゃったなあ…吉田文雀さん。
今年3月でしたっけ、引退されたの。
個人的には簑助さんと並ぶ、そうですね、女形の第一人者でしょうね。

「あにさん、わたし、全く人形浄瑠璃知らないんです…」
「落語家があんまりそれ言わない方がいいよ…」

わたしのお決まりアドバイスです笑

いま、知らないんじゃなくて、興味ないっていわれちゃうと、おじさん悲しいなあ笑

なんで落語をやるのかが…笑

確かに落語でいま人気をあげたいならお笑いチックなことにたけていたらすぐ評価もお客様も爆発的に増えます…
とある後輩に言われました。

そうか…ならばおじさんは一生無理だなあ…笑

だって、お笑いはお笑い、落語は落語、講談は講談、浪曲は浪曲、文楽は文楽じゃないのかな?笑

そのあの、一色単に出来ないんですけど…で、一色単にしたのを私の思考回路では「パクり」と言います笑。

で、「あにさん、文楽教えてくださいよ」
と言われることもあるけど、ごめんなさい、わたしだってそんなには知らないっす!笑

本当に伝統芸能、大衆芸能家としての最低限、つまりは、落語を愛してくださるお客様と同じくらいしかわからないことに本当に日々反省しています…。

もう、本当に落語家でわからないとか言わない!笑 最低限のことはせめて…笑
といふか、先日驚いてしまったのが、人形浄瑠璃、つまり、文楽ですね、これが今はもちろん人形浄瑠璃=文楽を指しますが元からそうだって思っているといふことに驚きました。

文楽って確か元々は人形浄瑠璃をやる小屋のことをまあ今でいふ劇場を指した名称でございます。

それが時代とともに人形浄瑠璃=文楽になりました。
すみません、わたしもこの程度の知識、うーん…知識とも言えない無知で誠に恥ずかしいのですが、文雀さんの追悼でありますから、ご了承くださいませ。

で、文雀さん、やっぱり、首割を長年おやりになっていた、そんなイメージがあります。

もちろん、女形の名手ですけど、わたしは個人的に文雀さんの武士が好きだったなあ。
品格重視のきっちりした舞台を思い出します。だからやっぱり、武士がめちゃくちゃ似合うんです。
作られていない、素の武士が描ける名人、わたしはそう思ってました。

あ、文雀さんは三業の中でもちろん、人形遣いですよ。
三業が言えるのはわたしの中で最低限笑。
太夫・三味線・人形遣い。これ三業ですよね。

「あ、三味線は寄席で弾くような…」いやいや、太棹でいきましょう笑

わたしね、人形浄瑠璃の世界観って昔から大好きなんですよ。
三業を三位一体として描く芸能ですよ。
これ、寄席の共存共栄が寄席の総合芸術をこさえるのと観念が通じるからなんです。

人形遣いも三人遣い(昔は一人で操ってました…考えたら凄いことですよね)になってますでしょ?
あれも寄席の共存共栄に通じるように思うんです。
三人遣い、つまり、主遣い・左遣い・足遣い。
(談志師匠ご存命でわたしがこんな説明してたら、なんだかめちゃくちゃ怒られそう笑。談志師匠好きだったお客様も人形浄瑠璃詳しいですよね…すみません)で、やっぱり文雀さんは主遣い(右手とか首とか)、素敵!!好きでした、わたし。

それにしても主遣いは難しいと思うんですよ。わたし客席で観ていていつも思いました。
間がよくないとかなりキツイなあ、俺は間がよくないから主遣い、一生できない…(いばるな…笑)。

なんせ、主遣いの「頭(ず)」で他もかわりますから。
あ、「頭」ってつまり、主遣いが出す合図という説明が果たして正しいのか…まあとにかく合図により合わせていくんだから、こりゃ責任重大だから、いやいや、わたしゃ考えただけで皆様に迷惑かけそう…。

わたしね、人形浄瑠璃って時代物と世話物ありますけど…あー、ごめんなさい、好きなものだと本当に話が止まらなくなる…

なんだろうなあ、好きな演目。
時代物だと「妹背山婦女庭訓」はたまらなく好きですね。
やっぱり、落語やってるとどうしたって江戸時代が舞台だから、それ以外の時代設定は新鮮で好きなんですよ。この演目は、そう、大化の改新前後の話で、なんだろういつも思うのは、やっぱり、ロマンチックなんですよね。
なんか、芸能ってこうありたい、って思うんですよ。
え?なになに?世話物だったら何が好きかって?(←誰も聞いちゃいないか…)
そうですねー、例えばよく「壺坂〜」とか「曽根崎〜」とか言いますけど、わたしは「冥土の飛脚」です。これ嬉しいのは今は亡き小沢昭一さんとお話したときに、「一致しますな。わたしもだ」とおっしゃって、あの天下の小沢昭一と好きな演目が同じだったのを心の中で名誉に思った時期もありました。

さあ、終わらないから文雀さんに戻ります…
文楽人気ってありましたでしょ?
吉田玉男さん、吉田簑助さん、そして吉田文雀さん、このお三人の貢献はかなり文楽人気に関係したとわたしは思っています。

それにしても文雀さん確か最後の舞台が大阪だったと思います。
人形浄瑠璃と大阪、ゆかりある最後だったのは良かったなあ、って思います。

生き字引、本当にこの世界のことをなんでもご存知でした。
以前このブログでも書きました、つまり「抑え」、若手のブレーキになる大切な方でした。

夢見るシャンソン人形、いきましょう。競作もされました、カバーも多い。
原点の一つに戻りましょう。
歌唱・中尾ミエであります。
2016.08.24 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

昔の名前で出ています

第1708回・この人、この歌


〜小林旭〜


今日の池袋演芸場は、なんですか、昔の池袋演芸場らしい雰囲気で好きだったなあ。
好きなお客様だけがあえて池袋演芸場においでになるあの雰囲気。

わたしが前座の頃は、天気がすこぶる良くてもなんでも今日のような雰囲気なんです。
これがまた上野、浅草、新宿、国立とは違う、池袋演芸場らしい池袋でした。

今日は果たせるかなまさにその再現であります。

池袋演芸場は特別なことがあります。
それは、え?この出番でこれ?
ってネタが出来ること。
しかし、もちろん、初日の池袋演芸場のような感じなら普段の寄席と変わらずやるのが寄席芸人。

ただ、本当に寄席芸人なら、今日の雰囲気なら、今日の雰囲気にしかも池袋です、といふ、昔ながらの伝統ある池袋の雰囲気を再現できるわけであります。

わたしが前座の頃、思い出すのは、池袋演芸場の円歌師匠です。
お馴染み「中沢家の人々」が1日もないの。
「湯屋番」「錦の袈裟」等々なんですよ、マクラ無しで毎日。
雰囲気は今日のような時でした。

いやあ、あれが池袋の面白さだなあ、と思いましたね。
今日は「星野屋」をやりました。
やはり時間が今日は17分でと言われましたから、どうしても後半急いでしまうのがやはり限界を感じてしまいましたが、それでも寄席のあの出番で「星野屋」が出来るのは、池袋であるからと、もうひとつは、あの雰囲気だからでしょう。
池袋演芸場らしくてとても楽しかったです。

お客様もこの雰囲気で聴ける喜びに「星野屋」も意外とウェルカムなんですよ。
あれでわたしが後半走らなかったらもっと良かったんでしょうが、流石にそれは無理ですね。時間内でないと前座さんにご迷惑かけてしまいますから。

今度また今日のような池袋が到来するかわかりませんが、あれが平日昼間の池袋ここにあり!
で本当に良かったです。

いわゆる、我々が言う、昔の池袋って、説明しずらいのですが、今日の雰囲気が土日含めて毎日だったわけです。
まさに各寄席の色合いとして、今日の池袋は、あれが当席の特徴です。

本当は別の噺をしようと思ったのですが、雨がしとしと降るのとお花のところを訪ねる重吉が高座で重なりました。

「星野屋」はあくまで笑う噺にはなりませんが、雰囲気のある、そう、雰囲気のあるときにふとかけたくなる噺なんです。

今日の池袋は演者も雰囲気のある噺がかかりやすい日だったと思います。

なんせお後、さん助兄が「馬の田楽」!。推してしるべしかと思います。

なかなか寄席では並ばないネタ面だったと思います。
それはある一定の世代までの演者、つまり、我々世代ギリギリになってしまいますが、昔の池袋の良さを投影していたと思います。

いまは、噺で笑いを競争する時代かもしれません。
競争はわたしは決してしませんが、寄席のお客層に合わせて日々高座をしています。
どうしたって、流れをくみますから、そういう高座をやりますが、それを今日の池袋みたいな雰囲気は昔の池袋は当たり前でしたから、池袋の平日昼間に入ったら、ちょいと演者も冒険したくなる、そのワクワク感にかられるし、それはお客様を無視しているのではなく、そういうことをまた期待しているお客様も多いのが池袋でした。

だからそこの演者と池袋とお客様の三角形が見事に形成された寄席でありました。
久しぶりにその三角形が今日は再現したように思われます。

今日、あの雰囲気で金馬師匠をお聴きになられた方はわたしなら幸せだな、って思います。
「おれは、あのとき池袋で金馬を聴いたんだ!!」
最高だなあ。
ってわたし一人で盛り上がりすぎかしら?笑
お客様にとっては分かりませんが、わたしはたまらなく興奮します笑

寄席の醍醐味だなあと思ってしまうんです。

わたしが羨ましいのは、出来ることなら今日の雰囲気で先代の三平師匠を聴きたかった。
先代はあの雰囲気でも基本漫談ですが、その漫談がわたしが「星野屋」をやるのと同じくしっぽりしみじみとやるんですって!
寄席ファン待望の1席じゃないかと思います。
で、今日の雰囲気が毎日だと1日くらいは先代三平師匠は「犬の目」「湯屋番」をやるそうな。

どうでしょ?わたしはそんな池袋らしい池袋の雰囲気もたまに再現で残していきたい思いがあります。

浅草、上野、新宿、国立とある寄席を廻る寄席芸人がいざ、今日のような池袋に巡ってくると、また寄席芸人なんだなあ、おれは、って思うんです。

別に寄席に執着しているわけではなく、噺家である以上、寄席は大切にその日その日を過ごしていきたい、そう思っております。

昔の池袋に出ています、そんな感じを受けました。
「昔の名前で出ています」歌唱・小林旭でございます。
2016.08.23 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

夢淡き東京

第1707回・この人、この歌


〜藤山一郎〜


リオオリンピックにピリオド。
いよいよお次は東京でありますね。

閉会式を見ていました。(足立皿沼の午前中独演会が台風で中止になったので)。
やはり一抹の寂しさがあるわけで、お祭り気分っていふのは、人間無意識に嬉しいんでしょう。

ブラジルはブラジルらしい雰囲気をオリンピックそこかしこに醸し出していましたから、東京も落語家の出番かな?笑

なんか、オリンピックで落語も紹介できたら嬉しいなあ。
一応、昔ながらの日本の大衆文化ですからねー。

寄席とオリンピック…
うーん、新作こさえるより難しいかな…

ちなみにいま8月下席は池袋演芸場昼席出演です。

各寄席ありますが、池袋に出るときは1日くらい何か冒険ネタをやるつもりでいます。

それがまた池袋演芸場の特徴だと思います。

昨日、金馬師匠の「麻のれん」を拝聴しました。
そう、池袋の面白さは仲入りやトリでもないのに、こういうのがたまにポンって出る面白さ。

あの大スター金馬師匠と昼席ご一緒は贅沢な極みですし、また、普通の出番に金馬師匠が出演する面白さ、たまらないですよ、寄席は。

金馬師匠も歌唱・藤山一郎「夢淡き東京」は大好きです。

藤山さんの歌声は好きなものが多い。
「東京ラプソディ」も好きですが、戦後の「夢淡き東京」はまたちょいと哀愁が漂うから尚好きであります。
台風各地皆様お気をつけくださいませ。

昨日は確か藤山一郎さんがお亡くなりになった日だったかなと思います。
間違っていたらすみません〜。
2016.08.22 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

かよい船

第1706回・この人、この歌


〜田端義夫〜


昨日浅草演芸ホールの楽屋で前座さんになんだろ、なんかの拍子で「バタやん知ってる?」

って言ったら「国は?」と言われた。

わたしはすぐさま我が心のシャッターを閉めたのでございます笑

まあ、それはいいとして(と言いつつも、バタやん、ってどこの生まれの方には結構ショック笑)、バタやん、いいですねえ、愛称がいい。

大衆の味方、バタやん、って感じがするんだ。

仕事や打ち合わせや事務的なことも含め、ここ10日間の動向をみる。

8月11日・千駄木→浅草→蔵前
8月12日・茅場町→葛西→外苑前
8月13日・永田町
8月14日・浅草→神奈川海老名
8月15日・浅草→厚木
8月16日・浅草→台場→代官山→乃木坂
8月17日・柏→板橋
8月18日・新三河島→亀戸
8月19日・浅草→千駄木→錦糸町
8月20日・伊勢原→秋葉原→飯田橋

8月はやはり仕事や打ち合わせもぐんと少なくなります。都内近郊ぐるぐるが盛んになります。
でもよくもまあ、色んなところに通ってるなあ。

ここで来月9月の同じ時期を見てみます。

9月11日・霞ヶ関
9月12日・金沢
9月13日・金沢
9月14日・金沢→神田
9月15日・草加
9月16日・小田原→台東
9月17日・亀有
9月18日・熱海
9月19日・入間市
9月20日・竹ノ塚→新宿
ちょっと通い幅が広くなるんですね。
やっぱり8月なかばってお盆休みとかあるし、なんとなく人も都内に少なくなるから、澄んでいて気持ちいい。

皆さんのあの町この町ぼくの町、落語広めにうかがいます!

「バタやんって、田端義夫だよ」
「議員さんかなんかですか?」
うまいね、笑、確かにいそうだけど。区議会議員さんのあのよくブロック塀に立て掛けてある縦長の看板に「田端義夫」と、いや、「たばたよしお」この方がありそうですね笑。

「たばたよしお」、絶対いますよ、たぶん。

さあ、戦前のバタやんヒット「別れ船」→戦後すぐの「かえり船」、そしてこのうた「かよい船」。

船もの歌謡といえば、うん、やっぱりバタやん。
まだまだ沢山船ものございます。

「かよい船」作詞・清水みのる、作曲・倉若晴生、歌唱・田端義夫。
いきやしょー。

うーん、「たばたよしお」、絶対あるなあ。まだ言ってる…。
2016.08.21 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

ジャンケンマンボ

第1705回・この人、この歌


〜美空ひばり/江利チエミ/雪村いづみ〜


今日は錦糸町の落語会でした。
昨今、落語ブーム?と言われているらしい、が、イマイチわたしゃピンと来ない笑
とはいえ、本当に昨今、新しいお客様のご来場も多い。
しかも若い年齢層のご来場、これは本当に有難い限りです。

しかし、しかしですよ、なぜ新旧入り交じる中で落語興行は開催出来るのでしょうか?

それはお客様のバランスの良さなんです。

今日の錦糸町のお客様。
最近、落語を生で聴く機会に触れたお客様のご来場の中に嬉しや、お馴染みベテラン女性軍団が勢揃いしたのが実にわたしは感激したのだ。

これはわたしが勝手に心に思う、ベテラン五人組女性軍団がいらっしゃるのだ笑
五人様、それぞれが落語会や寄席に個々にご来場いただくことは多いが、五人組勢揃いは久しぶりで、あえて言わなかったが、高座から見て、ちょっと感動したわたしがいた笑

ベテランといふのは、落語にベテランと人生のベテラン笑
特に後者の意味合いが強い笑
(なんたるひどいたけ平だ、五人様の許可もなく勝手に五人様をひとくくりにし、五人組にしている、申し訳ない…)

しかしなにがいいたいか。
この五人組様ベテラン女性軍団のご来場がなんともプラスマイナスゼロにするバランス善き客席をこさえてくださるのです!

やはり、演者は高座は高いからお客様を見渡し、お客様の本日のバランスを見て、ネタを判断する材料の一つにします。

お若い方ばかりだと、わたしゃオタオタする。
「ん?なんの引きだしを開けたらいいのか…」悩むところであります。

ではどこを見渡ししても人生のベテランな方々ばかりだと「ん?間合いをどうすりゃいいの?」悩むところであります。

まあ、どちらにしても悩むのが噺家の仕事みたいなものですから、当たり前ではあります。

で、悩み軽減材料ってのがあってね、まさに今日の錦糸町なんですよ。

お若いお客様の笑いポイントだけで噺を進めていくと落語が噺らしくなくなる場合があるんです。
それは悪い意味じゃないです。

ただ、せっかくだからお若いお客様にも昔ながらの噺のポイントで聴いていただくのもわたしは嬉しい。

となると今日のような人生のベテラン女性五人組軍団がかなりの大活躍をお客席でしてくださるわけなんです!

お若い方々には通じなくなってきた笑い箇所をしっかりベテラン女性五人組は受け止めてくださる。

となると、お若いお客様にその五人組様の反応が伝わる。
自然、考えてくださり、お若いお客様も楽しんでくださる傾向がお客席に生まれてくればこちとら非常にやりやすいんです。

その女性五人組様の高座へのご貢献は、我が落語界の縁の下の力持ちであり、大切な存在なんです。

こういうお客様がいるから、お若いお客様がご来場いただいてもある一定で「お笑い的」をセーブできる。
優良ブレーキの役割を果たしてくださり、結果、寄席らしい雰囲気をお客席にこさえてくださるわけです。

で、私の中の五人組がぞろり勢揃いの圧巻なこと圧巻なこと。

習字、つまり書道で言えば半紙だけひらりと置いたら風なんざ吹いたらいとも簡単に飛んでいく。しかも自由に気ままに。だからそれをセーブさせるために「文鎮」が半紙の上にのる。つまりこれが色んな意味でも文鎮がいかに書道といふ素晴らしき世界をこさえるために重要不可欠な存在になる。
つまりどの世界でも行き過ぎはその世界の崩壊につながるわけです。
だから行き過ぎないよう、「抑え」が大切になります。
今日の錦糸町、文鎮が前に五人組、素晴らしき雰囲気をこさえてくださいました。
だから落語ってのは、てめえ一人でやれるもんじゃない、様々なタイプのお客様に支えられて落語は脈々といきつづけています。

中でも、しっかと抑える文鎮の存在が落語を噺らしくお客席にふりまき、お若い方々と落語を通じて一種の共存状態を作り出すんだから、恐るべし、ベテラン女性五人組軍団!!!

例えば若手がどんどんのびていく落語の世界に、金馬師匠、円歌師匠、馬風師匠などの大重鎮がいまどれだけ大切な「抑え」となり、だから若手がルールの中で成長しようとしている。
一番怖いのが「抑え」がない無法地帯。
こうなったら若手の一瞬の話題沸騰のあとの急速な衰退が促進されるだけなんです。
まだまだ落語界には「抑え」の大ベテランがおいでになるから善き世界を形成できている。

お客席も同じじゃないかしら?
お若い方々ばかりにならない、ベテラン女性五人組軍団が「抑え」となり、落語会のアルタ化が進まないで寄席らしい雰囲気をこさえてくださる。
だから我々も普通の噺を普通に味わってもらえる空間をいただいているように思います。

お若い方々のご来場も本当にありがたい。
しかし、「文鎮」が必要です。
ベテラン女性五人組軍団は、ありがたい「文鎮」です(別に尻が重たいといふ意味ではありません)。

まあ、中にはくたびれた文鎮もたまにはありますが…笑

野球も「抑え」がいる。
寄席にも爆笑の中に人情噺を選択する「抑え」がある。
お客席も同じ。
「抑え」が更なる善き寄席の雰囲気をこさえてくださるのです。

今日の打ち上げでベテラン女性五人組軍団が見事に一列にお並びになったときにゃ、いやはや壮観!笑

打ち上げでも若いノリだけにならない、良い流れの打ち上げになるから楽しかった。
いかに大切か、です。
そしてどれだけ有難いか、です。

五人組、言い方、怒るかね…笑、あたしたちは江戸時代の生まれかい!
言われそうだわいな。

でも三人娘が歌の世界では圧巻していた時代もありました。
美空ひばり/江利チエミ/雪村いづみ
「ジャンケンマンボ」これ、東宝「ジャンケン娘」の主題歌?あれ?間違っていたらすみません。

五人組の中にこの三人娘、わたしがひばりちゃんだ、いや、チエミちゃんだ、雪村さんだ、話し合って奪い合いそうだなあ…笑

あ、でも三人娘だから、枠は三人かあ。お二人どうしようか…まあ、俺がいま心配することはないか笑

これからも「抑え」の五人組ベテラン女性軍団、いついつまでも…笑

よろしくお願いいたします!!

追伸・五人組ベテラン女性軍団って長いなあ…さてこの記載内で何回五人組ベテラン女性軍団と言ったでしょうか?笑
2016.08.20 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

マドモアゼル

第1704回・この人、この歌


〜三遊亭小円遊〜

落語家っていふのは、妙な性分で自分のテリトリー内のことで知らないことは素通りにしたくない。
やはり意味解釈の理解とその意味をもつ言葉の歴史とより良い使用法、これは知らないと嫌になってしまう。
果たしてこのような性分になったのは、落語家になってからかな、と思いきや、思えば落語家になる前も前、ずっと前からすきだった流行歌にその原点があるようだ。
大好きな懐かしの流行歌の数々を聴けば聴くほど、わからない言葉がたくさん歌詞にあった。
その歌が好きならば、その歌のもつ言葉の意味を知りたくなるんです。
もう幾らでもありますが、キリがない、いま思い付いた、当時ガキのころ、これどういう意味?と悩んだワードをほんのいくつかだけ下記に記します。
ただ、意味は私が勝手に解釈しています。もし間違いなど思われても、細かく書くのが難なため、簡単にここに書いているとご理解くださいませ。詳しく記載はいたしません笑。あとちょっとぼやかして記載しています。
好きなものほど気になりますよ。ガキのころ、調べましたよ。
さて、皆さん、このワード、なんの歌に出てきますか…。

・「四馬路」=上海。繁華街。
・「ペーブメント」=舗道。
・「バンド」=埠頭つまり波止場。
・「ニシパ」=それなりに格のある男性。
・「トレモロ」=細かく震えるように同じ音などを定期的に繰り返す演奏。
・「チェリオ」=おめでとう!やったー!ブラボー!ご機嫌よう!のような…。
・「ソフト」=ソフトフェルトハット(憧れたなあ、むかし)。
・「スーベニア」=思い出とかその思い出の品とか…。
・「コタン」=集落。
・「カチート」=ひとかけら。
・「こいさん」=末のお嬢さん(小いとさんの略)。
・「エトランゼ」=他から来た見知らぬひと。異邦人。のような…。
・「クーニャン」=未婚女性。
・「メノコ」=女性。
・「メリケン波止場」=最終的には外国船が着く波止場の意味になる。
・「銀杏返し」=結い方の一つ、日本髪。束ねた髪を半分ずつに分けて左右に輪を作る。落語にもよく出てきますね。

・「マドモアゼル」=令嬢、つまりお嬢様ってとこかしら。

この「マドモアゼル」ってえのは、笑点と直結する。わたしがリアルタイムでないころの笑点。司会が三波伸介さん時代の歌丸師と小円遊師のバトル!ちゃんとリアルタイムで観たかったなあ。


小円遊「これこれ、みなのもの、そうか、これをアンパンといふのか。ぼくちゃんは初めて知ったぞよ」
歌丸「何がぼくちゃんだ」

このやりとり。これは笑点の中で小円遊師匠がキザな役といふインパクト大のキャラクター確立の上に成り立った、名物合戦である。
わたしが好きなやりとり。小円遊「ぼくちゃんはマロとも呼ばれてるのです」
歌丸「マロって顔じゃないよ。マロニエみたいな顔して」
こん平「空は暮れて〜丘のはてに〜」
談志「歌うな〜!こんちゃんに座布団一枚!嫌な野郎だね、俺の好きなとこ狙ってきやがった…やるしかねえだろ…」

以前こん平師匠から聴いたやりとり笑。これ好き。


さてそんな、キザのぼくちゃんの小円遊師匠が笑点、座布団十枚の褒美で、吹き込んだレコードが「マドモアゼル」。
乱暴な賞品である笑。
ぼくちゃんのキザならば「マドモアゼル」は、似合うでしょう。

ちなみに今座布団運びをやられている山田さんのあのずうとるびが確か「君は素敵なマドモアゼル」って歌ってたわけですから、これも何かの縁なのかしら、いま思えば。

やっぱり本当に好きな世界なら調べたくなるのが普通だと思います。
わたしは噺はさほど上手くないですが、下手ならば下手なりにでもプロの仕事がしたい、お客様に少しでもご満足いただくために。
だったら下手なりにもその噺を自分が納得した上で、やらせていただきたい。

なぜ、わからないでその噺をやるのが、わたしにはわからんのです笑。

わからない場合は徹底的に調べ研究するか、もしくは、絶対やらないことですね笑

でもな…歌になると、意地でも気になるんだから…笑、好きなものはやめられないっすね。
Check
2016.08.19 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

(C) 2016 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.