Calendar

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
<< February 2020 >>

SPONSORED LINKS

Recommend

MOBILE

qrcode

Link

Profile

Others

Search this site.

Blog

NAI NAI 16

第2712回
この人この歌       〜シブがき隊〜

無い 無い 無い 仕事が無い〜
こんな替え歌も笑えない位の時代になっていると思いますよ。
わたしも現段階で、19公演の中止が決定しています。
もちろん、延期開催もありますが、とにかく一気にこうなるとこりゃ、まあね…洒落にならんでしょう。
もちろん、いまの御時世、何より、健康第一ですから、仕方ないと思いますね。

さあ、こんな時期は、そうだ!これは自分のスキルが上がるチャンスが稽古に励むぞ!!!
なーんて、噺家は居ないでしょうね、(笑)
居ても仲間に嫌われるだけですよ(笑)

なんだそれ?真面目じゃないね?なんて言われそうですけど、え?わたしも流石に、少しは稽古と向かい合いますよ、やるしかないでしょ(笑)
でも、噺家ってそんなものだと思います。

でも、みなさん、芸人、えらいことになりましたね、こりゃ。

こういうときは、直撃の商売。
こういうときは、笑えないって人もいます。

そうですね、でも笑える現場もあります。
昼間の厚木の独演会なんて、笑いの渦が止まらなかったですよ。
夜のお千代さんの追悼落語会もご陽気でした。

笑いが不要な時代は無いんです。
その現場を奪っていくのは、仕方ないにせよ、で、だから、そのあと、どーすんの?って説明を聞きたいんですよ。

戦争中、最後までやっていたのは、寄席でした。私たちの仕事って、そーゆーことなんです、昔から。

で、だからそのあと、どーすんの?それを教えてください。

はい、中止にします、休校にします。
は?だから?である、芸人殆どの反応は。

そのあとが知りたいところなんざ、オチを欲しがる我ら噺家の職業病でしょうか笑
今回に関しては、噺家でなくても終息を知りたいと思います。
ゆっくり落語の本でも読もうと思います。理由は、3分で寝られるからです。
歌の本はいけない、目が冴える。あー、いやな噺家だなあ…。

シブがき隊ですら懐かしい時代になりました。
そうね、久しぶりに唄を聴きまくりましょうかね、あとはね、
………
ウドン食って寝ちゃおう〜

みなさん、お体気を付けてくださいねー。
2020.02.28 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

夜汽車の女

第2711回
この人この歌
〜津村謙〜

昨日「死ぬなら今」口演。
地噺です。「片棒」をやる予定がなんだか、入り方間違って、「死ぬなら今」の方向に持っていかれた…。
まあ、正直、また「片棒」に戻せばいいんですが、折角だから良かろうと…そのままやっちゃいました。

地噺の醍醐味は、あっちゃこっちゃ自由でいいから、あれ、最後までいけちゃうんです。
まあ、ある方に言わせたら、地噺をやっているから出来るんだ、とも言われましたが、そんなものかもしれない…。
とにかく、地噺なんてカチッとやるもんじゃないし、ハッキリ言うと忘れている位が丁度よい。
地噺に関しては、稽古よりも経験。
これは、間違いないですね。つまり、言葉変えれば、場数が、物を言うのが地噺です。
筋を知らないのは問題外ですけど、筋を知っていればあとは、その時の雰囲気でなんとかしちゃう、いや、違うか、なんとかしないといけない、って仕事のスタイルが地噺です。

そういう意味では、昨日はたまたまですけど、自分にとっては地噺日和だったのかもしれません。

地噺ほど損な古典もなかなか無い、笑

なんかテキトーにやってるように、みせなきゃいけないし、いまの純粋なお客様にはそのまま受け取れる芸でしょうね(笑)汲んではいただけない(笑)
芸というか、芸法でしょう。
わたしは芸法という言葉が好きだ。
自分自身の芸をどのような段取りで成立させるか、そのプロセスと自分自身の看板になる芸のスタイルのことを言います。

芸法がない人もどんどん増えている落語界。
周りがどうであれ、芸法があれば、周りは、正直、どうでもいい(笑)
興味が失せてしまうのであります。   
というか、まあ、周りは周り、わたしはわたし。
ということです。

それでいいんじゃないですかね?
津村謙さんの芸法は、と、なると、ビロードの歌声となりませう。

津村謙さん、初めのころの歌声で「夜汽車の女」、お送りします!
2020.02.27 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

逢いたかったぜ

第2710回
この人この歌
〜岡晴夫〜

コロナウィルスの影響で、公演キャンセルが後を絶たない。
電話に出たくない心持ち…。
とはいえ、仕方ない状況であるから、当然の判断だと思っています。
 
ただ、ちゃんと生の仕事をしている人達を守る対策も考えていかねばならないと思う。
わたしの場合は幸いに、中止でも延期にしてもらっているのが多いので、また後日開催してくださる予定でいるものが多い。
 
媒体の報道で、勢いで中止という日本人独特の感情で、簡単に中止されるのは嫌だ。
ちゃんとその後の保障の上でとりあえず中止というのは賢明判断だと思っています。

いま現在で、まだ増えるかもしれないが、現段階で、七公演中止。
内、五公演は延期開催。
私は有難いほうだと思います。 

それにしても、ただ、中止しなさい、というだけの対処が蔓延すれば、芸人死活問題は明日から益々増加していくだろう。
芸人側もちゃんと中止ではなく、延期という話をすべきだと思う。
何故ならば、芸人側もちゃんと対策をしていくべきだと思う。
 
とはいえ、みなさん、お気をつけなさって、ご自身で落語会のご来場もやめておくという判断をしてくださっても勿論構いません。
やはり、不安の中でのご来場も落語のあるべき姿ではないと思っています。
芸人側をどうやって支援してやろうか、そんなことも考えていただけたらとも思っております(笑)


まあ、とにかく難しい問題ですよね。

現に、中止すべきなのに、ご来場の事情で、中止出来ない状況も逆にあります。

そのキャパシティによってなかなか判断も難しいかと思っています。

あくまでみなさんお一人お一人が普段から対処して下さることが何よりかと思います。
私ら芸人はお客様に、ああ、逢いたかったぜ、という悔しい思いがありますよ。
早く終わってほしいですな、誰も得しない話であります。
こんな時は、滅法明るいオカッパルの歌声を。
でも今日は岡晴夫さんの中でも演歌節をちょいと、「逢いたかったぜ」をお送りします。
2020.02.26 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

星の流れに

第2709回
この人この歌
〜菊池章子〜

社会歌謡といった感じになるのでしょうか。
「かえり船」(田端義夫)、「ハバロフスク小唄」(近江俊郎/中村耕造)、「異国の丘」(竹山逸郎/中村耕造)、「ああモンテンルパの夜は更けて」(渡辺はま子/宇都美清)、「岸壁の母」(菊池章子)……戦争告発歌、ともいふのだろう歌もあるが、あまりこの表現は好まないけれど、まあ、社会歌謡ですよね。
その時の社会を写し出す歌、戦後すぐに多く当てはまります。
あくまで線引きは分からないです。
だって、そういったら、持論で「東京の花売娘」(岡晴夫)だって取りようによればそうだし、きりがない。だって、そうなると、「リンゴの唄」(霧島昇/並木路子)だって、いや、笠置シヅ子さんのブギものだって、と、線引きは難しいのであります。

ただ、社会歌謡なるものの共通点はといえば、オリジナルの歌い手以外にはこの時の感情を出せない、と、いうことに醍醐味があるのだとおもう。

よくいいますけど、「星の流れに」ってのは、やっぱり、戦後すぐの闇の女性をふつふつと表し、またそれを肌をもって共に戦後すぐの夜の女性を実感、もしくは、共存、体感ともいうのかな、体験とそこまでは、いわないけれど…、とにかく共にその時を生きていないと、歌が死んでしまうんですよね。
やっぱり、菊池章子さん、そりゃ、オリジナルだから勿論最高にいいけど、それだけでなく、菊池章子さんがその時代を歌うから、そして、無意識にそりゃ、絶唱に近い歌唱になるから、この「星の流れに」はとても味わい深いのです。

感情を込めて歌う歌といふのは、そこまで好まないけれど、自然と絶唱に近い形になってしまう、その、なってしまうからこそ名曲である、という歌声とメロディはたまらなく好きだ。
何故なら、この歌はこの人でないと、絶対にダメという、勿論、すきずきだから、マストでないけれど、その歌の持つ本質が、自然とそうなってしまうところに歌謡曲、流行歌の醍醐味があって、その人間臭さ、良くも悪くもその時代臭さ、というものがその歌を作り上げている、極端言えば、その「臭み」がその歌の殆どを占める良さ、っていう、それがまさに大衆から生まれた本来のいわゆる「流行歌」という言葉の意味を持っている本質であろうとおもうし、だから、時代時代の懐かしいであろう、その頃の歌に何故か子供のころ、私は、えらく興味を持ち、また、感激をしたのであります。
そういう歌は沢山あるけれど、まさに「星の流れに」って歌は流行歌中の流行歌だなあ、と、思います。
分かり易い例ですね。

カラオケで誰もが楽しむのはいいけれど、本来を聴くなら菊池章子なんですよね。
まして、私のように音痴が、いや、べらぼうに上手い歌い手さんが歌っても、菊池章子の「星の流れに」は技術では決してカバー出来ない、まさに社会歌謡。
その時代だからこその歌であって、懐メロ番組で菊池章子さんが晩年まで歌い続ければそれは決して時代が流れてもやはり良いわけであります。

流行歌の醍醐味は、そして、流行歌の哀しさも背中合わせでして、その、流行歌の哀しさとは何か、それは、「その歌い手さんが死んじゃったら、歌まであの世に持っていっちゃうんだ」ってことです。
奇しくも、これは大津美子さんも同じことをおっしゃっていました。

本来、歌謡曲ってのは、そこが一番大切なんだと思います。
だから流れ行く歌、流行歌なわけでして。

また、この「星の流れに」ってタイトルですけど、この令和二年にもし「星の流れに」ってタイトルを付けるのと、戦後すぐに「星の流れに」ってタイトルを付けるのと、全く意味合いが変わってきてしまうわけです。
やはり、メロディ、内容からしても、戦後すぐに「星の流れに」ってタイトルは、物凄い意味合いを含むと思いませんか?
焼け野原、人々は夢と希望を持って…と、理想はあれど、右をみても左をみても、まだまだ飢えに苦しみ、戦の傷跡は、目に見える人々の別離の哀しみと目に見えないこころの傷跡とを持ち合わせ、ふと、夜空を見ると、そんな空虚感漂う、敗戦日本に、それでも美しく星は輝いている…無情にも、皮肉にも悔しいけれど、夜空は綺麗だった…。
いま、夜空を見て「星の流れに」とは全く意味合いが違う「星の流れに」なんですよね。
流行歌中の流行歌、「星の流れに」をしみじみとお聴きくださいませ。
2020.02.25 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

ニコライの鐘

第2708回
この人この歌
〜藤山一郎〜

NHKの朝ドラって、3/30から、まあ、観るとしたら、何十年ぶりなんだろうか…朝ドラ観るの(笑)

3/30から作曲家の古関裕而さんをモデルにしてスタートするらしいので…観たいですわ。
まあ、それでいま流行りの俳優さんを覚えていくのだろう(笑)

さて、先日、というか、昨日か、それ絡みなんでしょう、とある地方の新聞社から取材がありまして、「古関裕而メロディのあなたのベスト10」は、という…(笑)

順位は付けられないんですよね。
でも、無理矢理つけました。あくまで、昨日はこう言っただけで、変わりますよ。(笑)


〔潅犬東京(藤山一郎)
黒百合の歌(織井茂子)
6任傍Г(伊藤久男)
こい凌雰(伊藤久男/藤山一郎/二葉あき子)
ゼ穗匹硫(霧島昇/波平暁男)
ο営の歌(中野忠晴/伊藤久男/松平晃/霧島昇/佐々木章)
Щ案月娘(藤山一郎)
┐澆匹蠅留(藤山一郎)
ニコライの鐘(藤山一郎)
雨のオランダ坂(渡辺はま来)
ベスト10以降もう少し続けましょうか。
英国東洋艦隊潰滅(藤山一郎)
モスラの歌(ザピーナッツ)
ラバウル海軍航空隊(灰田勝彦)
長崎の雨(藤山一郎)
イヨマンテの夜(伊藤久男)
フランチェスカの鐘(二葉あき子) 
阿△海れの郵便馬車(岡本敦郎)
韻箸鵑り帽子(川田正子ほか)
屋国の花(渡辺はま子)
柿テ可愛や(音丸)
看鬚ぅ薀鵐廚療瑤詁(奈良光枝)
21高原列車は行く(岡本敦郎)

てな感じですかね…(笑)

残念ながら「長崎の鐘」や「」君の名は」は20には入れなかったですー。逆に「長崎の鐘」より、私は圧倒的に「長崎の雨」と「ニコライの鐘」ですね。

まあ、一つに古関先生の歌は多すぎるのと、あと、やはり、古関先生らしい曲がやっぱり流行歌好きは、選びますよ、自ずと、そういうものを。

「長崎の鐘」名曲だと思います。
でも、古関先生っぽくないし、何より、今一度、このわたしの勝手なランキングみてください、やたらに藤山一郎さん歌唱のものが自然と入ってますでしょ?
それなのに、藤山一郎、長崎の鐘が私は入らなかったんです。
だって…藤山一郎さんらしさがなかなかないじゃないですか(笑)

名曲だと思うし、素晴らしいんだと思います。 でも、わたしは、古関裕而、そして藤山一郎の「らしさ」を聴くなら「ニコライの鐘」ですよ。
絶対そうだと思います。
これは、どっちが良い歌とか、そういうこと言ってませんので誤解なきようお願いします。
そうでなくてね、古関らしさ、藤山らしさ、それは、長崎の鐘じゃないでしょう、ニコライの鐘でしょうってただそれだけです。

あくまで私が好きな物を選ぶとなると、とにかく好きな歌を選べばいいわけですから、あんな感じになりました。
戦争を経験してない方が増えてきたことにより、「長崎の鐘」って歌が名曲、となってきたように思います。
歌謡曲なのに、なんか、芸術的に崇められちゃう「長崎の鐘」がいやなんですよ、いま(笑) 

歌曲というか、上品である、綺麗なメロディだ、とか、そんな風になっちゃってるのがどうも苦手…(笑)、歌謡曲、流行歌が根っから好きなら悲しい現実ですよ(笑)

私は歌謡曲としての、流行歌としての「長崎の鐘」は好きですから。だって、「長崎の鐘」って、歌謡曲ですよ?(笑)
お間違いなきように…。変よ、いま、ホントに(笑)
なんだろ、大間なのに、本寸法の古典落語だと思っちゃう感じですかね。(笑)


いまの風潮がちょっと苦手だから、無意識になんか入れなかったんだとおもいますね。好きだけど、こういう風潮が遠ざけちゃうんですよ、歌に罪が無いのに…。

やっぱり、古関先生はマーチですよ、マーチ!

戦時歌謡のメロディの天才的なことといったらないですよね、それから「夢淡き東京」や「黒百合の歌」全く違う2曲だけど、大衆を高揚させるメロディのこさえかたは凄まじいものがあるな、と。 そんな高揚メロディの大ヒットが「イヨマンテの夜」でしょうかね。

あと、古関先生のメロディの別の特徴は独特のなんだろ、異国のメロディ調がうまいんですよね。
独特のムードってのかな、そういうのがうまいんですよね。
みなさんのベストも考えてみたら面白いかと思います。

さあ、この歌も流行ったんですよ、「ニコライの鐘」藤山一郎さんです!
2020.02.24 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

銀座の蝶

第2707回
この人この歌
〜大津美子〜

ホントにお疲れさまでした。
そして、最後まで皆に迷惑をかけなかった。
みんなが楽しくワーワーやっているときに、お部屋でそのことを耳にされながら、静かに息を引き取ったそうです。

銀座の琳千のママ、お千代さんがお亡くなりになりました。
わたしにとってもうここでは言い尽くせない位、お世話になった方なので、思い出はきりが無く、何も記載いたしません。

怒鳴り合いの喧嘩もしました。
でも琳千寄席はもちろん、明治大学の紫紺館、米子、ほか、もろもろ、たくさんのお仕事をこれでもか、というくらいいただきました。
去年末に琳千は閉店しました。
病との闘いもありました、おちよさんにとって、限界だったと思います。
でも、ホントにその閉店を決心されたのもまた皆に迷惑をかけないタイミングでしたね。

去年末にさよなら琳千パーティーで落語をやりました。
そのパーティーのあと、実は二人でホテルのバーに行ったんです。
いろいろ話をしました。
あんな体で、どこからそのパワーが出るのかというくらい前向きで、前向きどころの騒ぎじゃない、今年からも琳千は無くなっても、イベントスペースで、数々のイベントを企画していました。
私の落語も今月、イベントスペースで開催予定でした。
私が最期にお会いしたのは、先月、永田町黒澤のご来場。
この永田町黒澤の新春落語会もおちよさんが持ち込んだ企画で細く長く続きました。
お亡くなりになる直前までイベントの買い出しや何かもされていたようで、くたびれたのか、お部屋で横になり、そのまま…。

おちよさんに限らずみな、この日はやってきます。
でも、わたしもいずれは、おちよさんとのお別れは来る、それは、容体でわかりました。
しかし、いざ、こう、急に来ると、なーんにも考えられない…。

林家たけ平を作った一端を担っていた馬場千代でしたよ、ホントに。
いまの私の仕事の一端を担っていましたし、感謝してもしきれないものがあります。

最期まで気丈で、最期まで弱音を吐かない。
わたしとは真逆です。
思わずお香典に、「あなたのような人になりたい」と添えました。

明日、お別れに行ってきます。

お別れね…(笑) なんだか、おちよさんとは似ても似つかぬワードで笑ってしまいます。

歌が好きでした。
わたしの書いた「よみがえる歌声」の本の巻末に載せた年表の曲目に自分が歌うとボールペンで丸で囲ってました。

「月がとっても青いから」はサイコーに好きでしたし、この歌と双璧におちよさんが好きだった歌が「銀座の蝶」でした。
ホントよく、歌ってました。 
 ご自身が米子の一流の料亭をご主人とされていて、ご主人が他界され、女一人、知らない東京は銀座に降り立ち、店を開いたのが琳千でした。
苦労人中の苦労人。

そんなおちよさんにぴったりの歌、「銀座の蝶」。

御冥福ね…、うーん、まだ祈りたくないかな。

とにかく、私より先にゆっくりと休んでください。
おちよさん、あなたは走りすぎました。
息も切れます。
ホントにお疲れさまでした。
貴方と、出会った13年間。
これからも続きますって。

わたしの落語会もお別れ会といふことで開催しますしね。

ほかの音楽イベントや、何かも…

そう、おちよさんは明るいことが好き、あ、違うか、人がワーワーやっているところが好きでした。
お亡くなりになったからといって、急にしんみりしたら、もっと体調が悪くなりますよね。(笑)


でもいまは休んでください。
心配しないで下さい、また直ぐに叩き起こしますよ。

あなたがいないとイベントって面倒なんですよ。
お願いします。

そして、おちよイズムを受け継いだ銀座の若い子たちがホントに最期まで手伝ってくれましたね。

そのイズムは変わりなく銀座にありますから。

おやすみなさい。

2020.02.23 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

男のふるさと

第2706回
この人この歌
〜鳴海日出夫〜

「落語」も今はお客様のおかげをもって老若男女に愛される芸能にまでなった。
とても有難いことである。

しかし、思えば、元々は男がこさえた芸能であり、女性には支持されなかったのは致し方ないとも思う。

遊廓、博打、酒、…男が「あるある」として、落語で好んでいた。
これは、差別でもなんでもなく、事実であったわけで、歴史として、落語はそういう道を歩んできたわけである。

ふと、たまに思う。


いまは皆さん心が広くなられたんだと思います。(笑)


実際は、落語は万人のものではなかった。
男性目線に合わせた娯楽中の娯楽だった。

ですから、三道楽を描いた作品が多い。
これをオリジナルといふわけだから、これをこのままやればいい。

しかし、今は不思議なもので、こういった世界を女性の皆様にも合わせようと、この試みはとても良いことだし、女性のお客様にもどんどん来ていただきたいとは思うけど、それゆえ、噺をめちゃくちゃにしちゃう。
めちゃくちゃにするといふのは、噺を分かり易くするとか、登場人物の思いを変えていくとか、世界観を変化させるとかではなく、ただ単に、噺をこわしちゃうんです。
で、爆笑。
なぜ爆笑するのか、噺ではなく、壊したから爆笑している。
ということに、いまは、また評価が集まっているのです。
なんともいつからこうなってしまったのかが、よくわからないのであるが、とても寂しく思うのであります。

噺本来の面白さを、万人に合わせる方法がどうも間違っているように思えて仕方ない。

オリジナルの主流の中での変化は、落語は日々「動いている」ものであるからむしろそれはやるべき芸能ではないか、と、おもう。そして、「遊び」があってもいい。

しかし、オリジナルが今の時代、老若男女に合わないとオリジナルを無視して、そうでないところに一生懸命、壊しに壊し、ただ、笑いだけをかっさらっていく… これを世間では、ホントは、盗賊っていうんですよね(笑)

間違いなく言えることは、落語ではないと思います(笑)ってことです。

落語のふるさととは一体どこにあるんだろう。
ふるさとがあるから人は頑張り、そして、ふるさとにまたふと戻りたくなる。

しかし、いま、落語のふるさとは、もう分からなくなってしまった。
つまり、ふるさとの存在を無きものにしたのであります。

でもそれでもいまはお客様のヤンヤヤンヤの笑いとともに、要らなくてよいものとなっているようです。


ですから、否定をする時代すら通り越しているので、私も否定はしません(笑)


でも私、落語家として、もはやそれは落語家としてなってやる仕事ではないので、あんまり今、落語もおもしろくないですよ…わたし個人としてですからね…、(笑) 
落語家が落語をやると、お客様が食傷気味である。
不思議な、時代だ。

落語家が落語を壊せばお客様は、ああ、落語、面白かったなあ〜となる。(笑)


この矛盾をもはや矛盾とは呼ばない。それがいまの落語の常識になりました。

私が何年も前から予測していたことが日に日に落語界では私は易者かと思うくらい面白いように的中しております(笑)

「落語が落語でなくなり、落語でなくなったものをこれからは落語と呼ぶ」
もうそんな遠くはないと思います。
これも恐らく的中すると思います(笑)しかも近いうちには必ず…。

それぞれにふるさとといふものがあります。
鳴海日出夫さんって歌い手さんがおりました。
わたしも以前出版した「よみがえる歌声」で対談をしたお一人でした。

その鳴海日出夫さんがおっしゃっていたのが「芸能なんてものはね、原点が大切だとか、いうけど、実際、原点を真面目に守れば守るほど損してますよ。原点なんかどうでもいい、って人は芸能の世界、ホント売れるよね」
まあ、そういうことです…(笑)

世間には目新しく写るからです。(笑)

つまり、キャッチーであるってことです。

続けて鳴海さんが「でもね、わたしは、流行歌とはなるたるや、を、歌って生きていきたいんですよ。歌って私には恋人、最愛の人です。その人と偽装に付き合っていく勇気はない」と…(笑)

わたしも落語は愛しています。
ですから、なぜ、落語を愛しているのか、ここを突き詰めて考えていけばわかるのは、「いまのままでいい」、ただ、それだけのことです。

さあ、鳴海日出夫さんも後世に残していきたい歌い手さんです。
「男のふるさと」お送りしましょう。

あ、あと、みなさん、体不調にはこのご時世、くれぐれもお気をつけくださいねー。
2020.02.22 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

湯の町椿

第2705回
この人この歌
〜神楽坂はん子〜

チョイトコラなんだね〜

「湯の町椿」神楽坂はん子歌唱である。
神楽坂はん子さんといえば短い歌手活動期間でもたくさんのヒット曲がある。

「ゲイシャワルツ」は言うに及ばず、「見ないで頂戴お月様」「こんなベッピン見たことない」「だから今夜は酔わせてネ」「こんな私じゃなかったに」等、その中にこの「湯の町椿」がポワッと咲いているのであります。

神楽坂といふ知名度アップは明らかにこのはん子姐さんの尽力であろう。

いまから、4代圓歌師匠の襲名披露興行出演で、埼玉川口に行きます。

華やかなはん子姐さんの最期は川口だったと聴いております。

舞台人の晩年を詮索するのがホントに私は嫌いです。
華やかな人はどうなろうと、華やかのままのイメージでいいのです。
人は栄枯盛衰、これはつきものであり、別に舞台人でなかろうと、人は皆、栄枯盛衰の激流の中を生きていきます。
ただ、どうしても一般の方よりも舞台人は目立ちますから、その栄枯盛衰も報道されやすい。
しかし、ホントにその人が好きならば活躍していたそのときのままでよいと思います。
歌は特にいいですよね。
レコードを聴けばその時が甦るなんて言うじゃありませんか。
青春のよき思い出は揺るがないのであります。
さあ、思い出の青春を、神楽坂はん子さん「湯の町椿」をどーぞ。
2020.02.21 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

東京の花売娘

第2704回
この人この歌
〜岡晴夫〜

今日、昼間は千葉の市川で仕事でした。
千葉木更津のオカッパルも長年暮らしていたのが市川だったとこのことで顕彰碑があったりと、なつかしの歌声好きにとって、市川というと、私はオカッパルなのであります(笑)
 
戦前の「上海の花売娘」の戦後版ともいふべき「東京の花売娘」が詳しくは知らないけど、オカッパルの戦後復活の最初の曲と言ってもいいんじゃないかなー。
 
花売娘がいなかったのに、この歌のヒットで花売娘が銀座に誕生したってんだから、まさに歌が世の中をうつしたわけであります。  
銀座の当時を知る方に聞くと、花が100円。
え??そんなに?
とおもう。

だって、よく言いますけど、昭和21年、公務員の初任給が540円ですよね。
映画が3円〜4円50銭
そうなの?と、おもう。
確かに花は高かった。
でもこの100円、一概に間違ってもいないかと…。

というのは、二つの理由で。
一つは、花は高くても売れた時代です。

あと、もう一つは、戦後すぐは、とんでもない、激しいインフレですからね。
なんせ、540円の公務員給与初任給も、2年後には、調べたら2300円ですよ。
えらいインフレ…。
ちなみに駅弁が、昭和21年が2円。翌年になると、なんと、10円!!
だいたいのこの頃をご存知の方なら花100円は有ったとおもう。

なんせ、大袈裟、日に日に貨幣価値が変わる激動の経済事情を抱えていた頃ですからね…。


とにかく、花売娘の誕生したくらいこの歌は売れたんでしょう。
実際は、一家を支える少年たちが花を売っていたことが圧倒的に多かったそうな…。

苦労を買ってでもしたくないのに、しないと死んでしまう、そんな悲しき戦後の象徴が見え隠れいたします…。
2020.02.20 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

風雪ながれ旅

第2703回
この人この歌
〜北島三郎〜

「鰍沢」初演。
ご来場独演会有難うございました!
次回6/19も宜しくお願いします。同じく日本橋社会教育会館です。

この噺は、いよいよ、俺も口演するのか…といふくらい、ずっとずっと気にしてきた噺でしたが、ずっとずっと避けてきました。

なんとも難しい境地なんですよね、世界観が。
何、って噺じゃなあない。
あくまで雰囲気の骨頂でして、つまり、全ては今日やったことが、それが全て、って噺です。

この噺は、初心者の方向けでは決してないトリネタです。
でも、そこを、初心者の方でもなるたけ聴きやすいように随分とアレンジも加えました。
ただ、まだ、初演ゆえ、出来に関しては申し訳ございません。

何回かやっていきながら、感覚を掴むしかない噺の代表のようなネタですね。

結果が全く演者が掴めない噺ってのは、本当にやっていて、訳がわからないで終わっちゃう…
その境地ってのが分からない限りこの噺は絶対やらないと決めていたそれでいて好きな噺でもあります。

でも、好きな噺を歳を重ねてから初演するのは、かなり噺家、難しいのを知っていたので、踏み切りました。
久しぶりに、噺に対してここまで苦悩している…って、自分を認識している昨今。

ポイントはなんでしょうか。 あ、その前にポイントで全くないことから挙げてみましょう。
まず、正直、ここはどうでもいい、と言えることは、‖羯譴呂世い燭い芭匹ぁ⇒邯譴侶茲瓩瓦箸鮹藜造房蕕蕕覆ていい。
E仂貎擁も特に細々演出しなくしてよい。

はい…(笑)
つまり、落語に絶対不可欠なものが一切いらないから、却って難しいのです。
いや、だからこそ難しすぎます…

ではポイントです。
何がこの噺で大切か…。

それは一つ。
「情景を描写できるか」
これだけ。

これだけですよ!こんなの、落語の領域ではないので、本当に、難しい。
そして、この部分で言いますと、そうね、初演は百点満点中、20点かな…。

ということは、全てのポイントがこの部分としたら、まあ、初演はやはりまだまだダメってことですわ…。

いま仕方ないですけど、やっぱりね…汗かいちゃう…。
汗かいちゃダメよ、この噺…。
でも
いま客席、暖房が半端ない…(笑)

そして、それはお客様へのサービスとして、仕方ないし、むしろ、ちゃんと暖房をつけなきゃダメでしょう。

でもね…(笑)汗かいちゃう…(笑)

特に汗がダメな噺…。

風雪です。
雪です。
まだ降り続いてます。(あ、ちなみに、最後、家から脱出した旅人が逃げるときは、わたしは、雪止んでる設定にしてます)

だから…いま、どうです?
「鰍沢」といふ、冬の代表的トリネタ、そんなに頻繁に聴かないでしのょう?
そりゃ
落語家、敬遠しますよ…
会場の空調考えたら、絶対汗かく確率高いですもん…(笑)
情景描写を最大ポイントとしている噺なので、汗かいたら、そうね…ほぼ、失敗かな?(笑)

そんなリスクある噺をいまの会場で噺家選ぶわけがない(笑)

でも今日もやっぱり暑かった…

ね、(笑)、噺と真逆な状態で寒さを出すって、どんだけリスクあるんでしょうか?といふか、そりゃ難しいデスヨ、笑

でもこれからもやっていきます。が、ごめんなさい、汗は、ご了承願います、(笑)
でもなー、汗かくとなー、といふ葛藤で年々、口演率がへっているネタなんだそうですよ。

本当に、これは落語家、よーくわかりますわ…このデータは…。

ポイントの全てが情景描写ですが、あえて言うなら他には、そうですね、女、おくまの演出でしょうか、。

吉原にいた、苦労がかなりあった、そして、心中するくらい女としての情熱があった、気は強いが女らしいところが見える美人の妖艶さ、しかし金のために毒を盛る人間性がある、そして鉄砲で殺める気持ちがある、そしてまた心中までしようとした男との決別の想いから湧き上がる女の執念、それと東京の女である…
そりゃ、考えなきゃいけない要素大の女性ですよ、噺の上で演者は…。


鰍沢は、やはり、奥深さにとめどなく…それはまるで鰍沢の急流の如くです。

身延からおくまの家までは、まさに、「風雪ながれ旅」の様相なんですよね…

難しい!これからもお付き合いください、この噺に。

本日はご来場誠に有難うございました!!!
2020.02.19 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

(C) 2020 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.