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東京ラプソディ

第2480回
この人この歌
〜藤山一郎〜

昨日は歌まみれ本公演ご来場ありがとうございました。
一応今回で、予定の歌まみれ本公演は全て終了しました。

今回も皆さんメンバーから歌う歌を募りまして、構成しましたが、今回も歌唱も司会もほぼアドリブですから、大変なものでした笑

しかし、そこは、噺家と出光さんですから、慣れたもので、相手もうまいことやってくださいますから、そこのリハーサルなんざ、もちろんありません笑

あと、時間ですが、最初まいておいて、あとでのばしていく方法を司会でとりましたんでぴったり終えたことは良かったです。

今回はいつも以上にわたしのやりやすいようにやらせてもらいました。

それは、どんなときもそうですが、司会が毎度出る形が好きでないので、何曲か影アナウンスで司会しました。
どうもやたらめったら司会が目立つのが好きでない。
ホントならば最初と最後しか出たくないんですけど、場合によって出ざるを得ないのがあるので仕方ないのですが、なるたけ、影アナウンスも利用しました。

司会はやたらめったら出ない方が東京風ですよ笑

今回は了解を得てそうさせてもらいました。
あとは、照明と後ろの画面も使ったり、ミラーボールに、スモークも使ってみました笑

あくまで、司会でまわしたり、目立って進めていくのでなく、歌う人にクローズアップさせる、卑怯な方法を使いました笑

でもそれで好いと思います。
2麑椶砲靴討修譴出来たことがよかったです。
当分歌まみれ本公演はありませんので、ご来場のお客様には心から感謝申し上げます。
定例の我々だけの会はこれからも隔月でございます笑

最後は、やっぱり東京ラプソディでしめました。
たくさんのご来場ありがとうございました〜
2019.06.17 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

王将

第2479回
この人この歌
〜村田英雄〜

昭和59年の秋場所の相撲はやっぱり面白い。
面白いといったらお相撲さんに怒られてしまうかもしれない。

ちゃんと手をついて立ち合いをやらねばいけないと、厳格化されたのが昭和59年秋場所から。
今まで手をつかなくてよかっただけにお相撲は大混乱。
合わないんですよ、立ち合いが。
だって手をつく、ってリズム慣れてない笑

だから、どうもお相撲さんの調子が狂っちゃうわけです笑

また、この相撲の世界もちょいちょいルールが時代で変わるんですけど、とにかくこの規制の前は、つくひともいればつかないで突っ込む力士もいて、わたしは、あの立ち合い手をつかねばならない、って前の相撲も面白いなあーと思います、観ていて。

さあ、この場所の逆鉾VS北天佑

これがまた新制度、立ち合い合わない。
逆鉾は半身で突っ込んで体当たりからのもろ差しで今まで来たわけですから、こりゃ大変で…

立ち合い合わない…

審判部、当時はいまの解説、北の富士さん。
めちゃくちゃ土俵脇から二人に注文するんだ、合わせろって

さあ、言われすぎた逆鉾が、思いっきりながーく、がんをつけるんだ、北の富士さんに笑

あれ、問題になったけど、でも、いまの立ち合い不十分とはわけがちがう。
だって、いきなり、ルール変わるわけですから、こりゃ合わなくて仕方ない、そこにやんややんや脇からいうもんだから、あの審判部への睨みつけね笑

でも、なんだろ、とてもプロを脇も土俵も、感じるんですよね、当時の映像を改めて観ると。

あの過酷な修業って、のが、こんなにも玄人の匂いってのがつく。
つまり、内容では説明できない、体に染みついた、そのプロの匂いですよ。

それがとても、観ていて、変な話、安心しちゃうんです。

落語も同じですね笑

さて、今夜は村田英雄さん「王将」です。

逆鉾関が親方になり、育てた横綱、鶴竜関に日本語を教えるために、カラオケをすすめた。
そして、最初に「王将」で覚えろ、と、親方に言われ、鶴竜関、覚えたそうです。笑

アスリートの、みなさん、この歌、ホント大切にしていますね。
2019.06.15 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

人生劇場

第2478回
この人この歌
〜楠木繁夫〜

村田英雄さんで「人生劇場」はお馴染みですが、やっぱりオリジナルは戦前に歌いました、楠木繁夫さんでしょう。
村田英雄さんのはリバイバルヒットです。

戦前「君恋し」二村定一、リバイバルヒットで戦後、フランク永井、といふ、パターンであります。

噺家としての人生はまるで劇場のようだ、といった方がいます。
些か意味が分からず、人生はまるで舞台のようだ、なら、分かりますが、劇場のようだ、とおっしゃった。

つまり、その方は、落語ってのは、てめえ一人でやるもんじゃなくて、寄席が落語なわけで、バトンをトリまで渡していくもんだよ、といふ意味であります。

そうか、ならば、落語家は劇場か…。

舞台ならば、「一人舞台」なんて、例えがあるくらいだから、バトンリレーのような意味合いは持てない。

しかし、「一人劇場」とはなかなか言わない。

「一人芝居」はよく聞く。

しかし、あくまで、落語家はバトンを繋ぐ総合芸術、だから、劇場なわけです。

見習いからスタートして、前座、二つ目、真打と、階級が変わるにつれ、様々な思い出がございます。
その思い出もまた1つとして、同じ思い出はない。
そこもまた「人生劇場」そのものでございます。

まあ、それは、噺家でなくても、皆様も同じかと思います。

その世代毎に、様々な思い出がある。

それを思い出させるのが、流行歌、歌謡曲ではないでしょうか。
語弊があったら申し訳ないですが、いわゆる、安直にそのときをふと思い出させる力が、歌謡曲にはございます。

歌謡曲は何十年後にもそれを歌といふものを借りて思い出させる力がある。
 
落語家は、その時代に自分が取得したネタでそのときを思い出します。

「寄合酒」とか「南瓜屋」なんて、なんで二つ目になりたてのころ、ガンガン出来たんだろう…
いまは、すっかり忘れている。
うーん、それよりも、今はやりたくないのかもしれない。

なんだか、そのときのツラかったときとかをネタが思い出させるからです。

でも、そんな時代に取得したネタをふつうに出来るようになったとき、また、自分がワンランク上になった、その証なのかもしれません。
まあ。残念ながら、いまは出来ませんけど、まだ…笑。

さあ、流行歌にどっぷりと、人生劇場です。

おやすみなさい。
2019.06.14 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

山のかなたに

第2477回
この人この歌
〜藤山一郎〜

今日は朝、浅草演芸ホールにて学校寄席でした。
中学生のみなさん。

とても優秀なみなさんで大いに笑っていただけました。

出演は、門朗さん、マジック夢葉先生、漫才ロケット団のお二人、紙切りが楽一さん、トリがわたしでした。

寄席の空間を味わって頂けるってのは、とても嬉しいですし、また、今度は改めて大人の空間の寄席を味わいにご来場いただきたい…そんな気持ちで一席やってます。

若い方が寄席演芸に興味持つ可能性は絶対あります。

わたしも小学中学年からそうでしたから笑

青春の思い出に寄席演芸ってのは、ちと地味といふか、渋いかもしれませんが、今日の生徒さんならきっと良い方向に転換をしてくださり、寄席演芸を好きになってくれる…

わたしはそう思いました。

様々な青春がございます。

西条八十、服部良一というゴールデンコンビが「青い山脈」で成功をおさめ、続いてでました青春映画のこれまた主題歌「山のかなたに」もヒットいたしました。

歌うは、藤山一郎さんであります。
2019.06.13 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

誰かが何処かで笑ってる

第2476回
この人この歌
〜新橋喜代三/上原敏〜

いまはお客様の流れといふものは益々変わってきています。
その「流れ」といふのが、今風になればなるほど、私は自分自身に安心感を覚えて、ノンビリと自分の落語を聴いていただく核がぶれなく、いえ、逆に日に日にぶれなくなっております。

お客様に対する対応が、爽やかであったり、愛想が良かったり、丁寧である。
そうすると、お客様は応援してくださる時代にいよいよ入ってきました。

もちろんある程度は必要かもしれません。
いわゆる最低限の人としての常識、それは当たり前に必要かもしれません。

しかし、いま、落語は、過剰なまでにお客様の対応がよいと、応援してくださるといふ、私が前座、二つ目の時代とは、もう、かけ離れたところにいってしまったようです。

むしろ私ら世代はあまりにも未知の領域のため、考えに及ばず、わたしなんかは、ノンビリとぶれずに高座をつとめられている状況がいまはあります。

だって、先ほど申し上げた今の条件に、落語は全く関係ない時代となっていますから笑

でもそれは時代の流れで、それがよいのだと思います。

前座から二つ目に上がったときなんて、私ら世代までは、どこかやさぐれていて、卑屈でした。

だから面白く落語をやろうとか、落語にかけよう、なんて思いました。

いまは、前座から二つ目にあがると、驚くくらいに爽やかで、またしっかりしていて、明るく、お客様の対応もしっかりされています。
素晴らしいなあ、と、思います、これは本音。いや、できなかったもん笑

でも、反面、いまは、修行が楽なのもあると思います。
今までは、落語なんて、前座から二つ目にあがるときなんて、なーんも出来なかった。
過酷で、厳しい修行から解き放された、その嬉しさだけで…でも、修行の厳しさがまだ当時なりたては、抜けなくてやさぐれていたし、荒れていたんです。
だから、どこか、芸人くさくて、悩んでいて、その背中が芸人側からはとても素敵でした。

いまは、もう、落語が達者で器用で明るくて爽やかで…それがいきなり出来ちゃうんだから、わたしには考えられないんです。


あんまり、驚かないんですね、うまくても達者でも、対応がよくても爽やかでも…笑

だって、そりゃ出来るでしょ…むしろそれであんまり高座が良くない方が疑問ですもん。笑

でもいまはお客様も変わってまいりまして、そりゃ木戸銭お支払いいただくわけですから、前座から二つ目になっていきなり達者で、お客様の対応が丁寧で…そりゃ嬉しいはずです。

でもそこに荒れた感じとやさぐれて感がなくて、わたしはちょっぴり寂しいです。

そんなこと、いずれでいい…

でも、こんなこと言ったら怒られちゃうか…笑

いまは、お客様も素直にそういう「いまの流れ」を身をもって応援してくださるわけですから、それは、有難いことですし。

だから、それでいいんだと思います。

おかげさまで、その考えが全く想像すら出来ないもんで、自分の道をより一層信じられている状況は確かであります。


毎日三年間、朝8時に師匠宅へ行き、全部の部屋を掃除して、師匠の着物も支度して、車洗って、洗濯して、寄席で働いて、師匠宅に戻ってきて、また色々用事やって、風呂入れて、炊事して、ペットの面倒、子供の面倒みて、肩や腰を揉み、師匠を夜中までひたすら待って、接客して、酒こさえて、夜中にチャリンコで家に帰り、また、翌朝8時…。
それ、三年間。
睡眠時間三時間。

落語は出来ない笑

この状況でわけわからなくて、前座から二つ目にあがって、解き放された喜び以外に何を考えられるのでしょうか?笑

いまの皆さんのような対応、絶対出来ないのが普通ですし、落語だってめちゃくちゃです、だって稽古する時間なんてないですもん。笑

そして、これだけがんじらめな生活をしていたら、サボることを覚えるし、わたしも散々さぼった。
さぼるっていったって、考えなきゃいけない。
師匠にバレないように師匠宅抜け出して飲みに行ったり、簡単に出来ないことを逃げ出してそれでもやるんです。

だから…これだけは言えます。
芸人の修行は、しました。


そして、別におどろかない、状況がいま、精神的にあります。

別にヨイショもするつもりないし、お客様はお客様。
それでよいわけで…。

今はサボる人なんてあんまりいないと思います。
だってそういう状況にならないからです。

自分が苦しくて切なくて悲しくて哀れで辛くて…そんな修行をするから人を笑顔にさせられるんだという。

そう教わってきました。

若い頃の苦労は買ってでもしろ。

そーんなこと、思ってましたけど、若い頃の苦労、しなきゃしないほうが今は良いのかもしれないです。
発進?スタートが遅れてしまうからです。

それよりも落語の稽古とお客様に対応するその態度とか、そういうのをいち早く適応できるか否か…です!

でもわたしは一昔前の修行で良かった笑
だからいまの自分があるし。

お客様に毒づけなきゃ、芸人なんてつまんない。
なんて、教わってきたんだから、こりゃ、不適応ですわ、わたしは笑

いま、毒づいた日にゃ、まあ、なんて、失礼なんでしょ、なんて、失礼ざます…

なんてえらい剣幕でございます。

でも、それ、面白いですかね?笑

落語家ですからね、笑
何を求めておられるのか…ってところですし、いくら素晴らしい性格だとしても、わたしは、言い合えるからこそ信頼もある。
と、思うし、それが大衆芸能の汗臭い、その臭いがまた好きナンだなあ笑、わたし。

しっかりご丁寧に対応する、立派なホテルですね、こちらは。
って、ことで…笑 
別にホテル、そんな面白くない笑

でもいまは、それが流行りといふか、流行り?流行りじゃないか、世の中の笑いの核なんでしょうか。

なぜ、爽やかにしっかりと明るい対応をされているのか、そこを私なら気になる。
だって芸人って、その器がないから芸人で…。

それが器があるんだから、そりゃね…笑、なんかあるんじゃないんですか?


って、斜めに取るからまたそれが芸人で…。

って、よそう、健康的が嫌いだから、芸人になりました。笑

どこかで誰かが今日も笑ってる。
大衆芸能って、そういうことだと思います。
2019.06.12 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

花言葉の唄

第2475回
この人この歌
〜松平晃/伏見信子〜

今日は、川口京子さんの歌、演奏が長谷川芙佐子さんで、私の落語と司会で大塚でやらせていただきました。
いま、みんな演歌風になってしまうところを、流石は川口さん、オリジナル通りの歌声で、ホント良かったです。

やはり、流行歌って、こうだから気持ちいいです、聴いていて。
他にも「緑の地平線」「丘は花ざかり」「白い花の咲く頃」など、令和の時代でも残していきたい数々の名曲を仕事とはいえ、わたしも存分に楽しむことが出来ました。

いまのこの時代にこれらの歌を聴くことが出来る喜びを噛みしめています。
だって、オープニング「花言葉の唄」なんざ、たまらんですし、また、いま、なかなか、いや、全くないんじゃないかなー笑

外は雨、その鬱陶しさを一瞬ですけれども忘れることができる、スッキリした美しい歌声を堪能できたんです。
「花言葉の唄」
残していきたい美曲ですな。
2019.06.11 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

東京ドドンパ娘

第2474回
この人この歌
〜渡辺マリ〜

最近観ている昔のサスペンスがフジテレビでやってました、こちらも人気シリーズ「OL三人旅シリーズ」だ。

日本テレビ、テレビ朝日ともまた違う、フジテレビ独特のサスペンス観があって、フジテレビのあの明るいサスペンスは好きだ。
「赤い霊柩車シリーズ」もそうだし、「名探偵キャサリンシリーズ」とか「女優夏木みどりシリーズ」とか、絶対に日テレ、テレ朝が出来ない、独特のあのコメディチックなノリのサスペンスがべらぼうに上手いのがフジテレビでした。

つまり、陽気なんです。サスペンスが笑。

OL三人旅シリーズも、まあ、人気がすごかった。

このシリーズはバブル期にスタートしましたからのっけからなんとなく華々しい。
昭和61年スタート。結局、13作シリーズありました。

「OL三人旅シリーズ」こちらが、萬田久子、長谷直美、美保純。
「新OL三人旅シリーズ」こちらが、高木美保、村上里佳子、香坂みゆき。
「帰ってきたOL三人旅シリーズ」こちらが、松下由樹、渡辺美奈代、羽野晶紀。

なんともキャスティングを見ると、あー、なんか観たことあるなーと思い出す方もおられるかと思う。

サスペンスとしては、うーん…笑
しかし、このシリーズの凄いのは、なんだかわかんないけど、ぼーっと観ちゃう…その典型的サスペンスであります。
いわゆる、二時間サスペンスにおける、本寸法といふか…笑

ホントにサスペンス的内容を凝っているのではないか、とか、そーゆーことを絶対に期待して観てはいけない。
あくまで頭を空っぽにして、あー、こんなところに旅行にいきたいなー、といふ、そのノリでみてください。すると、とても楽しいシリーズであります。笑

OL三人旅がメインで、ちょこっとサスペンスがついている。
といふイメージ。 だからこの作品、オンリーワンでしてね、なかなか真似出来ない、そういう意味でも名作シリーズであります。

バブルの匂いと、それから、OLさん、といわれた、その時代と女性観、それから背景ね…
色濃く分かる、それだけでも面白いシリーズです。

なんとなく、東京ドドンパ娘三人ワイワイ系、といったイメージで、陰惨でないから好き。

機会があれば懐かしくぜひともご覧くださいませー。
おやすみなさい〜
2019.06.10 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

港ヨコハマ花売娘

第2473回
この人この歌
〜岡晴夫〜

今日はにぎわい座でした。
東西落語で頼まれまして、「唐茄子屋政談」(東)、(西)「ぜんざい公社」として、二席にいたしました。

元来、だいたいの古典は案外、上方が多いんですよ。
それを江戸に直して、いまは、上方よりも江戸で演じられることが多いので、江戸落語のように勘違いしてしまいますが、生粋の江戸落語って案外少ない。

例えば「替り目」だって、「天狗裁き」「親子酒」など、東京でお馴染みのナンバーだって、上方ですもの、元は。「景清」とか「たちきり」のような人情噺だって、上方です。

だから、いま曖昧なものが多い。
THE江戸っていうと、「芝浜」「たがや」「宮戸川」そして、今日の「唐茄子屋政談」とか、ようは、地名が東京だから上方に移しようがない。

逆に「野崎詣り」とかやっぱり上方ナンバーでも江戸には移せない。

「ぜんざい公社」は、上方の師匠がお作りになった噺でして、「汁粉」と東京ではいいますが、そこは「ぜんざい」ってんだから、まさに生粋の上方落語であります。

なるべく生粋のを今回はご依頼いただいたのでやりました。
生粋の上方なら他に「相撲風景」なんかもまさに、ですね。

いまは、テレビも同じで、落語も東西曖昧になってきたんです。

それはとても良いことだと思います。
ネタの幅が昔の噺家よりも広がっているのは確かですから、お客様もまた聴く楽しみも増えていると思います。
噺家が一人で東西落語を演じるといふのは、案外、珍しいと思います。

さあ、横浜にぎわい座。
横浜は歌が多いですね。
いきましょう、オカッパル、「港ヨコハマ花売娘」です。
2019.06.09 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

ほんとにそうなら

第2472回
この人この歌
〜赤坂小梅〜

遊廓の噺やお茶屋の噺ってのは落語にはつきものであります。

なんのためにネタのお稽古をつけいただくか…ハッキリ言って習うほうも落語家ですから筋は知っています。

しかし、教わることの大切さ、それはその教えて下さった方が「この噺はね、〇〇師匠に教わってね…」とか「この噺の核はね…」とか、「この噺にはこんなまつわるエピソードがあるんだよ…」とか「この噺に出てくるこの言葉はね…」とか、そういうのが大切で、落語のお稽古に行きます。

わたしも来週、ある二つ目さんにお稽古をつけるし、また、わたしもある師匠にお稽古をつけていただきます。

で、遊廓だとか、お茶屋の噺、ある師匠に教わってなるほどなあーと思いました

吉原なんてところは、やっぱり金がある人が行くんだなーと。
もしくは、金のある人に連れていってもらう。

昔はいきなり個室に入らないで、まずは宴会。

ホントにわかっている処は毎月、変わるところが三カ所あるそうです。
それは一体なんでしょう?

まず毎月、部屋の床の間にある掛け軸が変わる。
またお店によっては、高価な掛け軸をお客様からいただくことがある。
そのお客様が遊びにくるとその掛け軸をかけたり…。

それから、毎月、活けてある花が変わる。

それから、演奏する楽曲が毎月、その季節ものやなんかを取り入れて変わる。

その醍醐味を楽しもうって吉原にいくんだから、そりゃお金ある方の道楽になるわけですね。

こういうことをお稽古で先輩方におそわるんです。

そうすると、若旦那が居続ける吉原であったり、お茶屋遊びのシーンがまた深く深く描写出来るわけです。

今日も勉強になりました!

さあ、赤坂小梅姐さんの登場であります!
2019.06.07 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

裏町人生

第2471回
この人この歌
〜上原敏/結城道子〜 

落語の滑稽噺の中に、やけのやンぱちのような噺もある。

こういう類の噺ってのは、なかなかない。

中でその代表的なものの1つに「浮世床」がある。
この噺は、滑稽噺なのに、別に受けなくてもよい、ような噺。
矛盾承知ですが、もちろん、お笑いいただけるにこしたことないけど、よし、笑ってほしい…と演者が願うような噺ではないのであります。

まずこの噺、なにより、タイトルがいい。
落語演目様々なものがあるが、このタイトル、ベスト3に入るのでは?
と思うくらい良いタイトル。
浮世とは、はなかいもなのである。
と言われてきたが、これが江戸時代になりますと、転じて、はなかない人生なんだから、せめて楽しく生きようよ、になった。

幾代餅といふ落語にも「それが浮世の常といふものだ」台詞がある。

「浮世床」といふ噺はまさに、そんな民衆のどーでもいい噺を集めた、まあ、大衆の日常を描いたものを集めた作品である。

日常を見て、知って、そんなに笑えますか?
そう、だから、別にこの噺を聴いて無理に笑うことはない笑

しかし、この噺で笑えたとき、やけのやンぱちが一周廻って、好きな人生を歩んでいる証なのかもしれない。

「浮世」には人間、世の中
、浮き沈みがあるのが当たり前だよ、といふ意味もある。
実に素晴らしい言葉です。

この噺は「浮世床の本」「浮世床の将棋」「浮世床の碁」「浮世床の芸」「浮世床の夢」とあり、繋げて演じてトリネタにもなる。
時間に合わせて、今日は2つだけ繋げてやってみよう、とか、様々できて、どこを演じても「浮世床」といふタイトルです。
終始どーでもいい噺を集めている。

こんなにどーでもいい噺を集められるのか、と思うくらいで、感心してしまう笑

でもどーでもいいがとても大切であり、落語の根本でもあって、大衆の最大の武器、それが、どーでもいいって精神。

だから演者もそんなに力入れてやる噺でもない笑

核がそこにあるからです。

そして、この精神が落語を聴くお客様にあると、落語は何を聴いても可笑しくなる。 
いまは、考えすぎなんですよね。
この噺自体を演者がなんも考えないで演じているわけだから、なんか考えちゃいけない笑
考えるところを探すのが難しいくらいのナンセンスの塊だから。

この噺、ごくたまにやりたくなる衝動にかられる。
それは、我が身の息抜きもあるからです。

最大の息抜きは、受けなくても別に問題ない、ってところが核になっているからで、単なる大衆の日常をお客様に聴いていただくだけの噺だからです。

落語はどれもそんなもんです。
その代表の噺を今日は聴いていただいたまでの噺です。
落語が昔から日本人の大衆に根付いていた…その証拠みたいな噺ってのかな…。

いま、落語を新しく??捉えようとしている方々へのメッセージとして、この噺はひっそりと生き続けています。
 
「裏町人生」歌詞の出だしがいいでしょう。
暗い浮世のこの裏町〜

世の中は、そして、小さいけれど、落語も世の中と一緒で、白黒なんざつけられないんです。

2019.06.06 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

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