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チャッカリルンバ

第2368回
この人この歌
〜久慈あさみ〜

季節昏々と進んでおります。

朝おきて、おや、花粉到来か、と鼻がぐずぐずしております。
早速薬をもらいました。

花粉ってチャッカリくるんですよ。
だいたい鼻水が出てきたらこりゃ危険。
わたしの場合は蓄膿と併合であり、尋常でない。

といって併合を自慢することもない。

なんとなくそこかしこ痒くなったりして、実にどうもこれからの季節、陽気良くなれど、噺家のように喋る商売、どうにもならんですわ…


腫れますし、見栄えもたいへん。元々そんなにいいのか、といわれると、情けないですが笑

あと、声ですね。
ダイレクトにからんできます、花粉と落語はどうもいかんですわ。

さあ、久慈あさみさんです。
なんか歌唱映像が観たいんです。 
洒落てる歌だけでなく、なかなかコミカルなものも確か歌ってますよね。 

「チャッカリルンバ」なんざ、なんだろ、最初聴いた時、噺家みたいって思いました笑

チャッカリしてるね、お前は。
噺家の中ではそうですね、どちらかというと褒め言葉に近いかもしれませんー。

ちゃんと気配りが出来て卒がない。
チャッカリしてるねー、となりますから。 ホントにずぼらだとか、良くなかったりすると、チャッカリなんて言葉使わなかったような気がします。
ちゃんと褒めないけど実は思いっきり褒めてる。
この卑屈さがまた噺家らしいのです。
お前はホントしょうがない奴だね…
この言い方も可愛いからわざと言う場合もあるんです。
だからわからない。
でも落語家の台詞って、グレーゾーンで出来ている場合、オブラートに包んで言う場合があります。

その行間の面白さといふか、妙というか、ここがまた醍醐味です。
いまは、これもまた真っ直ぐ取られてしまう場合もありまして…笑

チャッカリ、決して悪い言葉ではないです。
2019.02.20 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

島育ち

第2367回
この人この歌
〜田端義夫〜

寄席出演が今年は初席から続いています。
が、2月下席はおやすみをいただきます。
ちょっと続いていましたんでいよいよちと寄席おやすみ。

初席ー浅草演芸ホール、上野鈴本演芸場、東洋館代演

二之席ー上野鈴本演芸場

1月下席ー浅草演芸ホール

2月上席ー池袋演芸場、新宿末廣亭代演

2月中席ー浅草演芸ホール

と続いています。

ちょっと、2月下席はおやすみしないと、

3月上席ー浅草演芸ホール

3月中席ー上野鈴本演芸場

3月下席ー浅草演芸ホール

4月上席ー国立演芸場

となります、笑

またそのあと、どこかでおやすみできたらなあと思っています。

では何故出演するか。
それは寄席育ちゆえ、で、不思議とまた出たくなるんです。

前も書きましたがこの矛盾との闘いを永遠やっていくんだと思います。
寄席の面白さってのは捨てがたいんです。

そして寄席の有難いことは、マクラをビミョーに変えていくこともあります。
基本、わたしはマクラは変えませんが、1カ所だけ新しいことを言ったりして、それがまた常用になれば、
寄席で反応がいいというのは、どこかの会で反応が良いよりも嬉しいです。

それは、不特定多数、わたし目当てでない方が認めてくれる瞬間だからです。

そういう勉強になるのが寄席の凄いところなんです。

これはどんな会でも味わえない喜びを寄席芸人は味わうことになります。

そして、「わきまえ」を学べます。
これ以上やったら次の出演者の方にご迷惑であるとか、流れがよくないとか、芸人の謙虚な部分を勉強します。


寄席って大衆的であるからこそ、わきまえが大切なんです。
受ければいい、時間をやり過ぎても構わないなんてルールが一切ないところなんです。

体で知るってのが、想像よりも大切であることを前座のうちから自然と勉強します。

毎回でなくていいけど、たまに、寄席に出演することは、とても大事なんです。

「島育ち」田端義夫さん、復活の瞬間です!
2019.02.19 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

長崎のランタン娘

第2366回
この人この歌
〜小畑実〜

長崎より戻ってきました。
今回は、長崎に行ったら初のランタンフェスティバルを観ることになりましたー。
なんども長崎は行っていますがランタンフェスティバルはお初。

長崎もってこ〜い寄席って、普段はランタンフェスティバルの時期を外していたそうな。
というのもごった返してしまうのと、ランタンフェスティバルの近くが落語会場だったので出演者がなかなか通常に楽屋入りできないとか、様々なことがあり、外していたそうです。

ただ、今は、会場が今までのところではないので、ランタンフェスティバルにぶつけたところでなんら問題がないといふことで開催にいたったそうな。

こちとら一石二鳥の気分。
ランタンフェスティバルとかとにかく地方のお祭りは観たいと思って観られるもんでもない。

だから有難い。

ランタンフェスティバルの様子は何枚かまた明日以降、萌えブログに載せます。

小畑実さん、長崎の歌って色々あります。
「長崎のザボン売り」がその一番かもしれませんが、「長崎の街角で」なんかも大好きです。

で、「長崎の花売娘」ってありましたよね?確かその歌のあとに出たのがこの「長崎のランタン娘」だったかとおもいます。

間違っていたらすみません。
長崎って街はどうしてああもエキゾチックなんでしょうか。
ランタンフェスティバルね、長崎だとなんら違和感がないんですよ。
つまり、頑張って無理にやっている…といふようなことがまるで無い。
それってイベントとして凄いことですね。
長崎ってところはまた行きたくなるんです。
なぜでしょうかねー。

歌も沢山ございます。
2019.02.18 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

おらんだ絵巻

第2365回
この人この歌
〜暁テル子〜

昭和25年でしたっけ?
吉田正メロディでしたよね?
いきなりあやふやですみません。

「おらんだ絵巻」暁テル子さんの歌唱です。

今日は長崎にいま向かってます。
てなわけで、「雨のオランダ坂」(歌唱/渡辺はま子)であるとか「長崎の鐘」(歌唱/藤山一郎)、「長崎エレジー」(歌唱/ディックミネ、藤原千多歌)、「長崎のザホン売り」(歌唱/小畑実)、「長崎物語」(歌唱/由利あけみ)等、沢山の流行歌が頭を過ぎるのであります。
で、今日は「おらんだ絵巻」です。
なんか長崎ってのは、エキゾチックなムードがあるんですよねー。

長崎もってこい寄席は今回で3回目の出演です。

今回は三朝さん、志の春さんと三人会で呼ばれました。
どんなお客様かしら。
ワクワクとどきどきの地方公演です。

楽しい日曜、皆様もお過ごしくださいませー。
いつもありがとう御座います〜〜

それにしても暁テル子さんという歌い手さん、もっともっと長生きしていただきたかったです。

東京12チャンネルで「東京シューシャインボーイ」とか「ミネソタの卵売り」なんていふヒット曲が聴けたはず!
郷愁の歌まつりとかレギュラー放送だったら「リオのポポ売り」が映像として残ったかも!!笑
2019.02.17 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

ヨシ子さん

第2364回
この人この歌
〜先代/林家三平〜

今日は浅草演芸ホールを早上がりしたあと、三平堂落語会に出演します。
久しぶりの三平堂です。

地噺の中でも地味なのがこの「小田原相撲」です。

やっぱりなるべく三平堂では地噺をやりたいですね。

トリだとなかなか出来ないのですが、間ですと、地噺をやりたくなる空間です。

よくわたしを聴いて下さる方、寄席以外だと案外、まだその会でやってないネタをやってまして、「小田原相撲」なんざやってないです。

先代三平師匠といえば古典もあまり多くないですが、「相撲風景」はお得意でした。

この噺はだいたいが上方の噺で、鶴瓶師匠の師匠、松鶴師匠がお得意でしたから、なんとなく笑福亭のイメージがあるのが「相撲風景」。
東京ですと、当時は、芸術協会だと先代助六師匠が「凝り相撲」でやって得意にされていた。
落語協会だとやっぱり先代三平師匠でしょうか。

だから、どうしても先代三平師匠のネタはやりたくて、それでも三平師匠が得意にしていた「犬の目」とかどうもうまくいかなくて困るが「清書無筆」とか「源平」とか「相撲風景」「味噌豆」あたりはなんとなく自分らしくやらさせてもらっています。

自分の好きな噺を、自分に合う噺をお客様に聴いていただくってのは当然ですが、いまはそれが強すぎて嫌だ。
もちろん大切ですが、それと同じくらい、自分の一門のネタというか、自分の一門のスターネタってのは、やっぱり継承していきたいです。

面白いとか面白くないではなく、あくまで伝承芸として、大切な考え方です。

これをみんなが無視してしまうと、その一門は先細りになります。

「小田原相撲」ってのは、全く林家と無関係です。

講釈であり、落語家のお家芸といふところは全く薄い噺ではあります。

でも地噺の種類としては、この噺もやり続けなければいけないなーと思っています。

三平師匠がご自身で作った地噺「楊貴妃」とかこういうのは速記も残ってなくて、題名だけ借りてはなからこさえなければ難しいです。

とにもかくにも、林家は地噺です。
これがお家芸というか、「色」です。

でも三平師匠のイメージが強すぎて、林家の先輩師匠は地噺を避けておられました。
そのあたり考えて、二つ目になったと同時にわたしは、地噺の道に、進みました。

伝承芸といふところがあまりにも希薄になりがちになっていた時代なんです。
地噺でもやっぱり「紀州」は圓生師匠だし、「大師の杵」は留さん文治とか、先代小せん師匠です。

しかし、地噺をなんでも請け負う、ここに、林家の強みがあるのではないか、です。

一つ二つでなく、なんでも受けても受けなくても地噺をやる。
この思いこそが、林家の大きなお家芸、だと、わたしは思っています。

三平堂に出るたびにそんな色々な思いが蘇るんです。


まさか、ヨシ子さーん、なんてそれは出来ない笑

でも「色」だけは残していきたいです。
2019.02.16 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

さくらさくら

第2363回
この人この歌
〜徳山たまき〜

いつものごとく、たまきは、漢字ですが、ごめんなさい、出し方分からず平仮名でご容赦を。
今日は雪が降りました。
寒くて仕方ないです。

でも、高座のほうは、春の噺も増えてきました。
「長屋の花見」とか「花見の仇討」なんて、季節ネタが先取りで始まりました。

噺も春を告げています。

わたしは持っていませんが、得意な方が始めています。

昔は扇橋師匠とか先代小せん師匠は、1月下旬からもう競うようにやっておられました。

洋服と同じで先取りだ、と、おっしゃってましたが、1月下旬はちと早い笑

でもよくおやりになってましたねー。

ある師匠が冬場にギラギラの夏の噺をおやりになっていた。
「師匠、ちょっと流石に夏の噺の先取りでもまだ早いんじゃないんですか?」
「バカヤロー、季節を追い抜いたんだ」
うまいね、どうも笑

わかるんです、これ。
落語家って季節関係なくやりたくなることあるんですよ。
特に季節感たっぷりの噺は口演期間が短いからこりゃ気持ちわかります。
やりたくなるんですよー。

小さい会とかならやっちゃうときがあります。
さあ、徳山たまきさんの登場です。
「さくらさくら」。

好きな唄です。
そして、この方、もっともっと戦後を見たかったです。
惜しまれてやまない歌い手さんです。
「隣組」とか「侍ニッポン」「ルンペン節」なんかのヒット曲があります。
2019.02.15 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

まつり

第2362回
この人この歌
〜北島三郎〜

初午です。
芸人には必須の初午も、あまり今はやらなくなりました。

それでも林家一門は通例。
根岸の林家の家に集まります。
まず、庭にありますお稲荷さんにお酒や油揚げを奉納。 前座二つ目がちゃんとお稲荷さんの周りに紅白幕を吊り、赤い幟も沢山立てます。
ちなみにこの幟が貴重で先代文楽師匠からの幟とか、昭和の演芸人から奉納された当時の幟を立てるんです。
家にはいると、かねてから支度してある酒やおでんでドンチャン騒ぎ。
その脇には太鼓二つとヨスケが置いてあります。
しばらくすると寄席でお馴染み曲芸の鏡味仙三郎社中と翁家社中のミックスで根岸宅到着し、太鼓に笛、ヨスケでキツネ様、お稲荷さんに捧げる演奏がはじまります。
お稲荷さんは芸能の神様。
そのあと宴となります。

先ほど記載しました、庭にあるお稲荷さんに酒とか油揚げの奉納。
今日の場合は自宅にお稲荷さんがある珍しい形ですが、だいたいは稲荷神社です。

「明烏」の台詞に「え?今日、初午かい、うっかしてた、おい、婆さん、おもりもの届けてくれたかい?」これが、油揚げとか、一升瓶とか、になります。

明烏シーズン到来であります。
但し、この噺は、特に季節は問いません。

こういった初午祭がもうわからない。
チョッピリ寂しいですね。
いまはここを問わないで、言葉尻ばかり問われてしまう落語。
それを本質とは全く思わないです。
言葉なんざ多少間違ったっていいですよ、でも雰囲気とか行事のことなんかに突っ込む方って減りましたね。いや、皆無です笑

果たして落語を聴くってのはなんでしょうか。と、いつも初午が来ると思ってしまいます。

さあ、賑やかに「まつり」北島三郎さんでーす。
2019.02.14 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

公園の手品師

第2361回
この人この歌
〜フランク永井〜

昨日「つるつる」口演。
まあ、とにかく哀愁ある噺ですよ。
「哀愁列車」じゃないの、「公園の手品師」みたいな哀愁がたいこもちの一八にはあるんです。
わかりますかねー笑
哀愁!と、ハッキリ感じさせる見せ方でない、うーん、なるほど、考えてみりゃ切ないねー、なんです。

何故地味な噺なんでしょう。
切なさですね。
志ん生師匠もやりましたが、やはり、先代文楽師匠の「つるつる」がお馴染みかと思います。

先代文楽師匠がいまの一八の形をこさえたと言って良いかもしれません。

さあ、毎度のご質問。
何故、一両と言ってみたり、一円と言ってみたりするのか。

これはもう絶対統一したくないですね。
このごちゃごちゃ言い方が変わるところが、まさにこの噺の時代背景です。

明治の噺です。
明治18年でしたっけ?一円札、いわゆる旧一円札というやつの発行が。
この噺、原話が確か、明治22年でしたっけ?
曖昧ですみません。
となると、いやはや、まだまだ国民が切り替えの混乱期というところ。
ですから、一円って言ったり、一両と言ってみたり…
わざわざ色々ごちゃごちゃに台詞を言います。
ここ大切で、このごちゃごちゃがこの噺の時代背景を表しているのです。
国鉄がJRになったとき、まだ国鉄と言っていた人がいた。
あれと同じです。

いまはこういうところを大切にしないで、お客様の苦情を気にしすぎて時代を大切にしないで直してしまうんですけど、やっぱりここはまだ円と両がめちゃくちゃというのが実に時代らしくていいのです。
思えば当時かなり新しい噺ですね。
速記には、オチは「井戸替えの夢を見てました」ではなく、「ブランコの稽古してました」なんて言うんだから笑

でもここは、ブランコより、井戸替えの方がなんとなくよいかな、とおもいます。
といふのは、「つるつる」といふ音の意味がでないからです。

井戸のつたう縄は濡れてますから「するする」って音でなく、「つるつる」って音がしたのです。
だからブランコだと、ただ、井戸替えの意味が分からないから変えたという、上辺のものになりがちなのもちと引っかかる。
でも元々の原話には「つるつる」って音が書いてなかったとも言いますからブランコでもよかったのかもしれません。
でも今はタイトルが「つるつる」ですから、やはり、井戸替えの意味が相当大切になるわけです。

大将が出てきます。
樋いさんね。
こちらは先代文楽師匠が入れたんでしょう。
贔屓のお客様の名前です。
贔屓でも経済的にもかなりのお客様だったといふのがわかりますね。
何かと地味ながら、物議を醸し出す「つるつる」ですから今や演じ手はほんとにいなくなりました。
確かにやっていて、うーん…とおもいますが噺らしい噺といふことは間違いないです。
東京駅が出てくる、プラットホームが出てくる、鳴尾の競馬が出てくる。
柳橋に行くときは自動車。

全くもってつつかれそうな噺ですが、こんなにこの混沌とした時代に成立したんだとメッセージ性を残す噺もありません。

だからそこを大切にしていきたいです。
今風にやればいくらでも出来ちゃう噺かもしれません。
でもそれではこの混沌期にたいこもちとして生きていく辛さ、でないです。
明治になり、様々な文化がいきなり変わったとおもいます。
たいこもちも必死です。
生きていくのに、そりゃ悲哀もあるし、様々なことを時代の台詞一つ一つが表しているのです。

だからこの噺はこのままで基本いいのではないかな、とわたしは思うに至りました。
ある意味皮肉を表してます。
芸者もたいこもちも、いきなり明治といふ新しい時代に戸惑いながら、自分にはこれしかやることがないのだ、出来ないのだ、だから、この新しい時代を必死に生き抜くのだ、絶対に新しくなってもいやいや、江戸時代の風情には俺達は逆らってはいけないのだ、という芸人の思い…だからこの時代に出来たのではないか…そう思っています。

そう思えば思うほど、フランク永井さんの「公園の手品師」が耳に入ってきます。
2019.02.13 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

地下鉄は今日も終電車

第2360回
この人この歌
〜井上ひろし〜

東京で生まれ育つとやたらに交通に詳しくなる。
しかし、最近は色んなものが直通になっちゃってなんだか分からなくもなってきている。

不思議なもので、交通の便がよくなればなるほど、疎くなる。
情報量が多いってのは、一種のパニックを起こすといふが、ああ、なるほどこういうときも軽いパニックなんだろう。

未だにある目的地にいつものような乗り換えで行っているが、毎回、他になんかもっと便利な行き方もあるのでは?いや、きっとあるのだろう、と思っている。
でも抜けられない、そのコース。
安心感を取ってしまう、我が老いにためらったりして笑

思えば東武線が子供のころ、曳舟から押上に入って渋谷に行けるなんて、そんなことは想像出来なかった。

いま寄席楽屋あるあるなのが、「このあとどこ行くの?」「〇〇に行きます」と返すもんなら、いや、そりゃ、もう、最良のアクセスを即座に答えられる人って多いんですよ笑、各寄席にいますね

ナビ要らずですね笑

さあ、井上ひろしさんの登場でーす。
2019.02.12 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

月月火水木金金

第2359回
この人この歌
〜内田栄一〜

どんな商売も一概に簡単な商売はございません。
落語家も生意気ながら案外難しいときがあります。

特に難しいのがONとOFFのスイッチの切り替えといったところでしょう。

いつ稽古をするか、これがまた仕事でして、酷いときには悪い性分が出て、全くの仕事放棄ってときもあります。いけないことですが…。

ただ、精神的に落ち着いている、安定をしていないと稽古って、逃げって分かってますけど、ついつい放棄してしまう。

今、月月火水木金金といふ言葉の意味が薄れてきていてこのニュアンスが伝わらないんだ、と誰かがおっしゃっていた。

川柳師匠がよく高座で「わたしは土土日日祝祝祝」なんて言う笑

ニュアンスってのが伝わらなくなるものってのは寂しいものがある。

落語そのものがニュアンス芸であり、またそれ以上のものもない。

落語は問い詰めていく芸でないし、またお客様もある一定以上の疑問を持たないで聴いて頂けたら成立する。 
矛盾ってのは言葉の通り矛盾で落語ってものは矛盾のさいたるもんで、その矛盾だけをクローズアップしてしまうと落語は不成立です。 
ある矛盾をニュアンスで打ち消していく。これが落語の面白さではないかなとおもいます。

昔の落語家の先輩ってみんなネタ尺が短い。
それは今よりも矛盾していて、しかし、今よりもニュアンスでもっていっているからそこに説明がない。
そして、それをお客様もあまり気にしない。聴いておられる方もニュアンスで聴くからではないかとおもいます。

そのなーんとなく、ってところが一番楽しいのが落語です。
 さあ、朝だ夜明けだ〜いきましょー。
 
2019.02.11 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

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