Calendar

Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>

SPONSORED LINKS

Recommend

MOBILE

qrcode

Link

Profile

Others

Search this site.

Blog

月がとっても青いから

第2080回・この人、この歌

〜菅原都々子〜

9月16日、熱海敬老会。9月17日、豊洲敬老会。9月18日、梅島敬老会。9月20日、上野敬老会。9月22日、吉祥寺敬老会。
確かにこの時期は敬老会が続くのですが、毎年、お断り、お断りが多い。

といふのは、日にちがやたらにかぶるからだ。当たり前ですが…
ただ、今年は妙に日にちがずれることが多く、連日上手くはまりました。
とはいえ、これでも十軒以上、この時期の敬老会は残念ながらお断りしないといけなくて…。

そのくらい、この時期の敬老落語会は多いんです。
去年は同じ日に何ヵ所もご依頼がかぶり、結局、2〜3軒しか伺うことができませんでした。

今年もお断りしてしまった箇所の方が圧倒的に多く、本当に申し訳ない限りであります…

ただ、体が一つしかないんで…笑

申し訳ないです…

どこに伺ってもわたしは勉強になりますよ、毎年。

とにかく明瞭な高座、これを考えております。

敬老会、圧倒的にやりますのは、「相撲風景」「替り目」「荒茶」「片棒」「味噌豆」。
これがわたしの中で、圧倒的に敬老会スタイルの喜んでいただけるネタであります笑
この五つには未だにかなわない笑

そして勉強になりますのが、どこでも手を抜かずにもちろん大切な高座つとめていますが、よりテクニックに頼らない高座、これを大切にしています。
だいたい、テクニックがないわたしが言うことじゃありませんが笑、ないなりにもし少しだけあったとしても、それよりもストレートにぶつかる高座、これがわたしはより大切になる会だと思っています。

だからストレートにぶつかったとき、本当に気持ちがいいです。
その爽快感といふか、人間くさい瞬間を感じたとき、あゝ、落語家になって良かったなあ、って再認識します。
それをかきたててくださるのが、わたしの敬老会の好きなところなんです。

今日、司会の方が「はい、今日の敬老演芸はこれでおしまいです。お帰り気をつけてください。敬老会ですから、月がとっても青いから、遠回りして、ケーロー(敬老)」だって…笑

いついつまでもお元気でいらしてください。
日本を築きあげた宝の皆さんです。

「月がとっても青いから」歌唱・菅原都々子であります。
2017.09.19 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

再会

第2079回・この人、この歌

〜松尾和子〜

十人十色と、よく落語では使います言葉。

ましてや、男と女でもずいぶん違うし、また男にも様々、女にもいろいろ。

こりゃ衝突することはあるのは当然である。
だからこそ、息がピタリと合う互いに出会う、これは奇跡なんだろう、と思うのです。

わたしは、劇場型であります。
本当は劇場型な自分が嫌なんですが、どうしても劇場型になる性格なんです。

劇場型は昔から女性に多いといふがそうでしょうか?どちらかといふと、女性は現実的に判断をし、正しい決断をし、さらに顧みない、そんなイメージすらあるんです…もちろん、持論ですから。

劇場型。
つまり、なんらかの変化が我が身にふりかかったとき、自分といふものを可哀想になってしまい、どんどん自分を悲劇のヒロインに作り上げ、我が身に陶酔をし、いつのまにか自分主演のドラマシナリオを一本書き上げる生活をする。

これをわたしは劇場型、としています。

わたしはまさに劇場型の男だと思います。

わたし自身がこういう性格がいやなのは、結局、自分を弁護するシナリオしかわたしは書けないからなんです。

例えば人に裏切られたとする。
あー、もう、そりゃ、相手に怒り心頭、なんだ、味方だと思っていたら、敵だったのか、欺きやがって…
とか。
こうなると裏切られた自分が可哀想だから、自分主演の弁護シナリオを書いてしまうのだ。

でも冷静になると、急に相手は裏切ったようにいっけん見えるが前々からそうしよう、と考えていた。
では、前々から何故、裏切ろうかな、と思うのか。
そりゃ、わたし自身に問題があるからですよ。
前々からわたしが相手に対し、いけなかったことに気付いていれば、相手はわたしを裏切ろうと過っても回避できたことが過去に何回もあったはずなんです。
それを見事にわたしゃ気づかなかった。
といふ自分にも悪いことがあるのに、それすら気づかずに裏切られた怒りだけで、シナリオを書いてしまう。
そんな劇場型の性格は、もう、そろそろ卒業したい。
しかし、卒業しているみたいですわ、わたし笑。

加齢も手伝い、劇場型性格はだいぶゆるくなっています。
ただ、相変わらず、結果前の対処が出来ない人間です。
予防ができない。
あゝ、ダメな人間だな、って思うことが多いですわ。
いやいや、なんかさっきテレビを観ていてそんな話をやっていたので、自分はどうだ?と比べてしまうわけですよ。

女性の劇場型、ってのは何故か色気がある。
野郎の劇場型は、なんだか惨めに感じちゃう笑

皆様は、劇場型ですか?それとも違いますか?
ただ、劇場型のわたしだってなかなかまんざらでもないこともありますよ…笑、ってこういうのを今度は自己弁護って言うんだって笑
なんだか考えれば考えるほど、面白いくらいピタリとはまった私があゝ情けなや、情けなや笑

さあ、わたしは勝手に思っているのが、劇場型歌謡としています代表は松尾和子さん歌唱「再会」じゃないかな、と思っています。

歌詞は劇場型の女性ではありますが、なんとも哀しみの中の色気を感じてしまう。
そんな歌のように思います〜
2017.09.18 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

熱海で逢ってね

第2078回・この人、この歌

〜五月みどり〜

今日は熱海にて敬老会での落語独演でした。

普通のレギュラーの熱海公演以外にもいわゆる営業の熱海仕事もあるから、本当に熱海に行く回数が多い。
今年の手帳を見てみた。
今年1月から12月までで、何回熱海に今年はお世話になるんだろう。
レギュラー公演の仕事と営業仕事を足してみた。

計二十四回!ならせば月2本ペースですわ…。

熱海に年間でこんなに行く人も珍しいでしょう笑

年間何回行けば、新幹線往復より、いっそのこと、安い中古マンションを小さいのを買ったら、むしろ安いか?
と計算をたまにしようとする自分がいるくらいだから、尋常でない笑

もういまは熱海を全く遠いと思ったことがない笑

熱海って私が生まれた東京下町の匂いが人々から感じられるから楽なんだろうなあ、気分的にも。

行っていてストレスにならない。むしろ帰るときちと寂しいってんだから、熱海市足立区、と変えていただきたい勢いである笑

五月みどりさんが、熱海で二軒店をやっている。
たまーに五月さんも店にいらっしゃる。

熱海駅から仕事場までタクシーで行く途中、店の前を覗いたら何回かいらしたから、降りて、「五月さん!」って声かけたら、「あらたけ平さん、なんでここで会うのよ」

そりゃそうだ笑

五月みどり歌唱、熱海の歌がありました。「熱海で逢ってね」お送りします〜。
2017.09.17 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

紅とんぼ

第2077回・この人、この歌

〜ちあきなおみ〜

新宿末廣亭ってのは、やっぱり寄席らしい。
建物などの造りの話をしているのではなく、雰囲気に何故か新宿界隈が持つ哀愁が漂う。
まさに寄席がもつ、寄席芸人がもつ、明るさと静けさの両面が滲みでるのです。
今日も高座にあがり、お客様の雰囲気などが、本当にしっとりとしている、なんていふか、やっていて、あゝ、寄席ってこんなかんじですよね、って思える楽しさがある。
だから落ち着いた調子が合うし、またゆっくり話せる。

不思議だ、新宿ってところは。
いま、講談の琴調先生と並びの出番で、色々と講釈の話ができるのが嬉しい。

昭和四十年代末に、突如現れた、センセーショナルな「ポルノ講談」が話題になった方がいたという。

すごいね、ポルノ講談!笑
「どんなのでしたか?」
「いや、だからそのまんまよ、ポルノ講談。」

聞いたらすごいね、高座に釈台置いて、普通にその先生、講談やっている。

その講談やっている脇で噺にあわせて布団だして、女の子、裸で寝る、ってんだから笑

ポルノ講談の本寸法だ笑
これ以上の本寸法はないだろう笑

「人気ありました?」
「話題にはなるよね、もちろん。」

「でもそれ問題でしょう」「そりゃ、問題だよ。でも当人は芸術です!って言い切るんだ」

ははー、これを聞いて思った。
そうか、当人は芸術の美としてやるのか。
ならば、一概に否定は出来ない。

そうなんですよ、つまり、芸ってのは、その芸人がどういうつもりで演じるか、なんですね。ある種のポリシーをもって。
もちろん、それをお客様には押し付けだと言われたら否定できない。

まあ、先ほどの講談は色々賛否両論あると思いますが、つまりは、芸人ってのは、ある種のポリシーは持たないとお客様の前で商売にならないであろう、ということです。

だから、その芸人がこの表し方が俺の芸術だとするならば、それは芸術になる。
あとはお客様がどの芸術がお好きかを自由に選んでいただく。

といふことは、様々な芸人の芸術の選択肢をお客様にご提示しなけばいけない。となると、各芸人、それぞれが自身のポリシーを日々持っていないといけないんだなあ、と思います。

お客様にしてみたら、この芸人のポリシーは嫌いだ!!あると思います。しかし、選択肢がたくさんあれば、お客様がお好きなポリシーもまたあるとおもいます。

なんか新宿でそんな伝説の講談の話を聞く。
妙にしっとりとした寄席芸人伝なところがしっくりきて好きだ。

「しょんべん横丁」がまた新宿復興の象徴としたら、この歌のお店、店じまいの哀しさはまたひとしおであります。

やはり、新宿ってのは今大々的に発展しているが、それでも光と影が共生しているところが人のドラマの生むところ。そして歌が溢れるところ。

激動の昭和が終わりますときに、くしくもこの歌が出たこと自体がまたドラマチックです。
「紅とんぼ」歌唱・ちあきなおみであります。
2017.09.16 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

懐かしのボレロ

第2076回・この人、この歌

〜藤山一郎〜

ある音楽家の先生と対談いたしました。
印象的な言葉は「恋をしないとバイオリンは本当の音は出ない。すすり泣かないし、歌わない」
なんともキザなようでキザでなし、といった、わたしはなんとも合点がいったんですよ。

と、同時に以前、ワイズ出版から出しました私の著者「よみがえる歌声」のときに藤山一郎さんの娘さん、市川たい子さんと対談したときを思い出した。
タバコ愛好家の藤山一郎さん。タバコ吸っててあの声だ。
吸わない方がよいタバコをやめないワケとして、
「父は、良い声が出るようにって、喉にヤニをつける、って言ってました。バイオリンの弓にヤニをつける」
なんとも愛煙家の私にはお見事!といふ理由付けがおかしい。
流石は東京音楽学校首席卒業の藤山一郎さんである。
で、音楽家の先生と対談したときの「恋をしないとバイオリンは本当の音は出ない」といふ言葉。

藤山一郎さんは、タバコの件で続けて、「ヤニを喉につける、つまり、声(恋)に上下はない」と必ず言っていたそうな。
なんだかこれじゃ言うことが噺家だ笑。

なんて笑っていたが、音楽家の先生と対談時の「恋をしないと…」の話を聞いて、藤山さんの洒落もマジだった節がでてきた笑

本当に音楽家としてのスターならば、共通認識であるわけだから。

実に美しい言い訳、と言ったら怒られるが、美しいことにかわりない。

別に恋に限らず、普段の生活、仕事ってのは、本当に今の自分の周りで起きることで変わってくるのだ。

妙にテンションが高かったり、また逆にやたら陰気だったり。

だから、恋をするとバイオリンの音がよくなる、ってなんだかわからないようで妙にわかるような気がするのです。

だから環境ってのは色々と影響を及ぼすわけですね。
仕事や生活が何かの嬉しい出来事、悲しい出来事で一変したり、環境が司るのが人生なんだろう、とも思っております。

バイオリンのことも昔からある例えで、やっぱり先人ってのは言うことがすごいんですよ。

高座も同じで楽しいこと嬉しいことを抱えている高座もあれば辛いこと悲しいことを背負っての高座もあります。
その身の回りのことに振り回されていることもまた落語にはお客様にダイレクトに出てしまう芸能だから、落語ってのは大衆芸能、なんとなく人間らしい芸能だなあ、と好きなところです。
出すのは野暮だが、出てしまう高座は人が人である芸能だからわたしは良いと思っています。

「あの人、高座なのに、酒昨日飲みすぎて声が出ないって…プロ意識に欠けるわよ」
なんていまは落語なのに怒られますが、昔は飲みすぎて声が出ないなら出ないなりの「うどんや」とかそういうネタをチョイスして、お客様が「あいつ、酒のみすぎたんだな、全然出てないよ、うどんやだよ笑」
と、笑ったものです。

昔からプロ意識としてあるまじき行為は、酔って高座に上がったり、高座でお客様に怒りを買うようなことをしたり、これは落語家だってダメはダメです笑

でも声が一番の命の落語、といふ落語定義ではないので、あくまで雰囲気や、噺をお客様に提供する仕事なわけで、このあたりがなかなか今との錯誤を感じての違和感を持ってしまいます。

声はやっぱり流行歌と浪曲が命でしょう。
このあたりが落語とちょいと違う論点であります。

まあ、何はともあれ、落語の楽しみ方のひとつとして、落語を噺ととらえていただくことと、人間らしい人間臭さといふのかな、やっぱり落語家も人間だ、なんかあるんだろう、こいつ。といふところも併せて楽しんでいただけたらと思います。
さあ、今日もこれから楽しみに末廣亭の高座に向かいます〜。

藤山一郎さんの娘さん、市川たい子さんが子供のころから好きだった、「懐かしのボレロ」をお送りします〜。

日々、情熱的に暮らせる人生、素敵です。
2017.09.15 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

命預けます

第2075回・この人、この歌

〜藤圭子〜

今日から新宿末廣亭9月中席の出演がスタートしました。今回は都合で5日間、出演させていただきます。
わたしの出番の次が錦平師匠と並んでいます。
錦平師匠と楽屋の火鉢があるところでタバコ吸いながら話していたら、錦平師匠が「俺は末廣亭は思い出。初高座が末廣亭だったから」という。

「あ、そうなんですか。初高座、なにおやりになったか覚えていますか?」
「覚えているよ、忘れられないよ…」
「なんです?」
「怪獣」
「え?」
「だから怪獣だよ」
「かいじゅう?ってなんですか?まさか前座で新作ですか?」
「違うって。だからガオーっていう怪獣だよ」
聞けば聞くほど意味がわからない笑。
話を聞いてようやく飲み込めた。
錦平師匠の師匠は先代の三平師匠です。
先代三平師匠が新宿末廣亭、通常の寄席、つまり定席に出演すると必ず客席に子供さんがおみえになっていると、「あー、坊っちゃん、寄席いらっしゃい、じゃあ、坊っちゃんのために今ここに怪獣出しますから」って三平師匠が言うと、弟子が「ガオー」って言いながら出てくるんだって笑。
錦平師匠、見習いのとき、三平師匠の鞄持ちで末廣亭ついてきたら、「怪獣出しますから…」ってきたから、「ガオー」って高座に出た。
これが初高座だそうな。
なるほど、「怪獣」が初高座か笑
聞いてみないとわからない。
「へえ〜、じゃあお面とかかぶったりしてガオーって高座に出るんですか?」
「それがお面かぶると師匠、えらい怒るんだよ」
「なんでですか?」
「バカヤロー、寄席だぞ、子供を本気で怖がらせてどうするんだ、ってお面かぶるとえらい怒るから、自分の顔でそのままガオーだよ」
「そのままですか。それ子供の反応は?」
「聞くなよ。最悪だよ。なんだかわけのわかんない兄ちゃんが変な顔してガオーってやるんだよ。」
なるほど、そうか、自分が子供だとしてわたしのためにガオーってそのままの顔で、めがけてやられたら、そりゃ困るわな…子供も笑。
お面かぶると、子供が本気で怖がるから…
これ三平師匠の嘘なんですよ。
つまり、少しでもお客様の前に弟子を露出させて、お客様に弟子の顔を覚えてもらおう。優しい師匠ですよ。それが三平師匠だったんです。
まして怪獣を素顔でやれば表情が面白い。印象に残る。そして大スター三平と一緒に出せば、お客様更に印象に残る。そこまで弟子のことを考えていた。
しかし、照れがまたよくて、お面かぶると子供が本気で怖がる、とは…なんとも下町のスマートさが素敵ですね。

寄席でないときは、更に弟子の露出は派手に多かったそうな。
必ず雅敘園の余興だと、外に池がある。そこに三平師匠、わざと自分の雪駄を飛ばすのだそうです。
ちなみに三平師匠の雪駄を飛ばすのは見事に綺麗でかつ距離すごく飛ばす上に方向感覚が良かったそうで、一つの芸になっていたそうな。
で、池に飛ばすと弟子の名前を言って取りに行かせる。池の中にじゃぼんと入り、派手に取るそうな。で、取り終わるとその場で一つ小噺を弟子にやらせる。
ちゃんと弟子の場を作らせ、名前を売ってあげたそうな。

ただ、あるとき、いつものように雪駄を飛ばしたら、それがわざとだと知らないお客様が、こりゃ大変だ、って、背広のまんまお客様が池に飛び込んで慌てて雪駄を取りに行ってくれたそうな。
驚いたのは三平師匠。お客様に青くなり平謝りで「お客さん、どーもすみません」
錦平師匠おっしゃってました。「師匠が芸以外の本気のどーもすみません、見たのはあれきりだな」

実に素晴らしいエピソードだ笑。

三平師匠、最期のテレビ出演の鞄持ちも錦平師匠だったそうな。「小川宏ショー」が最期。
そのときも二つ目に上がりたての錦平師匠を小川宏ショーで必死に宣伝してくれたそうな。

もうこのときは三平師匠、体がボロボロで病に冒されていたときであります。

末廣亭の夜席って楽屋もなんか哀愁があり、あゝ、寄席芸人なんだなあ、って気持ちになるのが不思議だ。
夜の新宿、花園でやっと開いた花ひとつ
、とくりゃ、歌唱・藤圭子「命預けます」。

9月中席もどうぞ宜しくお願いいたします〜。
2017.09.14 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

猫じゃ猫じゃ〜江戸〜

第2074回・この人、この歌

「猫じゃ猫じゃ」。
小唄ですから、幕末でしょう。
ただ、明治の流行歌としても人気がございました。

この歌の善きところは、やはり、三味線の爪弾きです。
これが心地よい。

猫じゃ猫じゃとおっしゃいますが猫が下駄はいて絞りの浴衣で来るものか おっちょこちょいのちょい

ってやつですね。

どう判断いたしますか?この歌を。
寄席では今の小猫さんの出囃子です。

おそらく男女の逢い引きってところですか。
絞りの浴衣、ってところが注目です。

江戸で絞りの浴衣とくりゃ、これは、祭りですね。

おそらく洒落た歌も多いこの時代ですから、持論になりますが、祭りのあとの光景を歌ってます。

「あとの祭り」と洒落ていて、男女を皮肉にも取れるし、また男の必死さとも取れます。
ちょいと猫がそれを目撃して、さて、猫はどう思ったのかしら笑。

ニャンとも思わない、と、まさかそこまで洒落てはいないでしょうが…笑

小唄の魅力は、捉え方がそれぞれで面白い、ってところです。

落語にも通じる、お客様がご自由に捉える点が一緒かなと。

さて、以前、ブログで、申し上げました、赤川次郎さん原作の「三毛猫ホームズ」です。

土曜ワイド劇場で以前放送されていました。

初期の三毛猫シリーズは、主演・石立鉄男さん。

懐かしいですね、石立さんも。
で、恋人役、坂口良子さん。
このコンビが実に心地よいです、はい。

わたしはリアルタイムでこのシリーズは記憶なし、です。
ただ、子供のころ、再放送「傑作ワイド劇場」って平日午後、毎日放送していましたから、そちらの記憶です。
今回、CSで放送しているのを改めて観ています。

いやあ、昭和五十年代の土曜ワイド劇場、やっぱり素敵です。

そしてお馴染みお色気シーンがもはや大胆すぎてむしろいやらしさすら感じなくなっております(観すぎるとこうなります笑、これを世間では「免疫力がつく」とでもいうのでしょうか笑)

そして何より、三毛猫が解決していくわけですから…笑
罪がない笑

脇をかためる面々や、ゲストがいちいち素晴らしいのもまた昭和五十年代の土曜ワイド劇場。
大正生まれ、明治生まれの名優がバリバリ活躍しています!

そして後にニサスで主演をとるような役者さんがまだ若い若い、そして悪役なんですね。
いまじゃ考えられない、犯人役なんですから笑

そして昭和五十年代の土曜ワイド劇場の良さは、出てくる町の風景がわたしが子供じぶんの光景なんです。
喫茶店もホテルの部屋もまた昭和らしい。

そして、歌は世につれといいます。
その歌を聴くと当時、なにが流行っていたかがわかる。
同じように昭和五十年代の土曜ワイド劇場は、なにがこのとき流行っていたか、タイトルやシーンでわかる。
即座にそのときの流行を入れます。

「三毛猫ホームズシリーズ」、女性専科殺人事件!

女性専科ってのがいい笑

つまりカルチャースクールです。当時、世の奥様方が亭主が仕事のとき、カルチャースクールに通う方々が増えたわけ。

カルチャースクールと言わず、女性専科ってあえて、わたしはあれ、あえてだと思いますよ、なんかちょいと、お色気シーン満載?って錯覚起こしますもの、女性専科のほうが笑

そしてまたわかりやすいのはそのカルチャースクールの先生がいかにも奥様と、そういう関係になりそうな感じの演技するんですよ笑
もうね、観ていて、非常にわかりやすい!
だから世間一般らしく好きなんです。
わたしの落語が少しでも初めてのお客様に…といふ考え方、少なからずも、ニサスの影響もあるかと思います。

さて、明日早いので今日は観ないで我慢します笑

「猫じゃ猫じゃ」は、寄席では小円歌師匠やあずみさんがたまに弾いております。
おやすみなさい〜
2017.09.13 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

パタパタママ

第2073回・この人、この歌

〜のこいのこ〜

今日と明日、ハードでございます〜!
それぞれ三ヶ所ずつ。

午前、午後、夜、って見事にはまったスケジュール!
実に気持ちがいい!が、さあ、体はどうか、だ笑

いま、午前の足立古千谷を終え、これから神奈川海老名に向かい、夜は新宿です。
明日は、午前、柏、午後、厚木、夜が新宿ですー。

なんだか偶然にぐるぐる廻っている感じ笑

落語家のスタミナってのはどこでわかるか…。
それは、高座のスタミナではなく、移動のスタミナです。
移動でスタミナが切れれば、それは高座にも影響しますし…
落語家って、移動が実は大切なんですね。

だから、お金がもったいない、とか、ご批判があるかもしれませんが、私はなるべくバタバタしているときは、タクシー、特急指定、グリーン、自家用車を使います。
それは、移動が落語家にとり温存せねばならない大切なお金なわけです。

決してもったいない金銭の使用方法ではないのです。
落語家が着物を買うと同じように、移動手段を贅沢にすることは、わたしは、一つの道具だと思っています。

ただ、移動するだけならいいが、やはり、高座を考えると、やはり効率よい手段よりも休める手段をとるのがわたしは良いと考えています。

それはあくまで持論ですから、落語家世論ではございません笑

今日も1日パタパタたけ、であります。

ポンキッキから生まれたヒット曲、「パタパタママ」歌唱は、のこいのこでありますー。

今日も活力高めでまいりましょうー。
2017.09.12 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

やってるネ

第2072回・この人、この歌

〜シャンバロー〜

9月上席も千秋楽を迎え、ありがとうございました。
寄席は年中無休、やってるネってやつです。

この芝居嬉しかったのは、久しぶりに一之輔あにさんといろいろ話せたことです。
なかなか会いそうで、それぞれ現場が違うので、多分、以前の江戸川落語会以来の勢いですかなー。

一之輔あにさんは私の大先輩であると同時にやっぱり一緒に前座修業をしたあにさんですから、いろいろと思い出話ができました。

それと、あゝ、あにさんもか…と思ったのは、落語家になるひとって絶対に、あの、よく駅の地下とか野外で売っていた、なんとも不思議な安い落語のCDを買った思い出があるんですよね笑
あのなんだかワゴンでいっしょくたんになっている、え?これどこで録音したの?って思うあのCDね笑

あれをまず学生じぶんは金もないから買うんですよ笑
そこで、「出札口」とか「駅長事務室」とか「自家用車」とか「宝石病」とか「成金旅行」とか「入社試験」と言った懐かしい名作新作を覚えるのであります笑
そんなよくわからない話ができたりとか、いや、真面目な話もしたし、あとはもっぱら前座のころの思い出ですね。

浅草って土地はやっぱり演芸人に優しい土地だし、また芸人がなんとも素直な心で思い出話が出来てしまう不思議な魅力がございます。

なぜならば、やっぱり寄席は毎日休みなし、ですから、その継続的興行が寄席芸人を自然、開放させるんだと思います。

懐かしい思い出とともに、我々が前座のころ、当たり前のように出ていた色物の先生を思い出します。
ゆきえ・はなこ先生の漫才、女流漫才って当時、落語協会は貴重でしたから、色合いがらりと変わるところが好きな先生でした。

あとは、ボードビル、小野栄一先生。小野栄一といふ当時大スターだった、あの小野先生にお茶を楽屋で出したり、小野先生に当時の話を聞いたり、わたしは小野先生からお仕事をいただいたこともあります。

それから、松旭斉菊代先生、奇術でした。
いまの円平師匠の奥様であります。
よく手品で菊代先生は、ビール瓶にストッキングをかぶせる芸をされていて、よくストッキングを寄席の近所の店に買いに行った前座時代。

共に前座修業が重なると、それは共通認識をはるかに超えた体に染み付いた、思い出といふか、大袈裟でなく、もはや、人生の一部になっています。

そのくらい、前座修業とは濃いもので、これは我が身があの世に行くまで、決して忘れられない、そういうものなんです。

あの日、あのときを共にした人が今やトリをとり、そして、自分もいつの間にか真打として、寄席に出ていることがやはり不思議だし、妙なんです笑

確実に時代は過ぎれど、前座修業のときのあの日あのときは当時のままで止まっている、共通認識なんです。

だからいまは、落語家はやめられない。
それは楽屋に入ると、前座修業のあのときを自然、思いだし、いま楽屋で働いている前座さんを言わなくても真打の我々は自分の当時と重ねております。

その重ねた瞬間にこの世界の理不尽さや、独特の礼儀や雰囲気を後世に伝えていかねば、って思うんですね、あれが寄席の楽屋ってのは不思議なところですねー。

わたしが楽屋でお会いしたかったのは、落語芸術協会のボーイズのシャンバロー先生ですねー。
音源を聴けば聴くほど本当に優れた本物中のモノホン寄席芸ですわ…。

そんな大好きなシャンバロー先生で「やってるネ」をお送りしますー。
2017.09.11 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

百萬円

第2071回・この人、この歌

〜二村定一〜

今日、小牧の落語会で帰りにスタッフの方との打ち上げがあった。
大阪からもお手伝いにいらっしゃる、ありがたい限りだ。
その大阪の方が大阪にはでかでかと居酒屋の看板で文句が良いのがあるといふ。
「笑って見逃せ、最終電車!」
と掲げる居酒屋の看板。

いいね、いい!笑

この度量がわたしゃない。
でもでかでかとこれが書いてあると、あゝ、もういいや!朝まで行くか!!となる気持ちもわからないでもない笑

そうなんだよ、わたしはね、心が狭いんですよ。

ちょっと今日から度量広く生活しようと思う。

京都殺人案内で遠藤太津朗さん演じる課長の口癖、「すっきりいこうや、すっきり」に通づる爽快感だ。

最近気持ちが陰気になりがちでいけない。

すっきりいこうや、すっきりと。
笑って見逃せ最終電車!

二村定一の「百萬円」って歌の文句じゃないが、まさに、すっばらしいですね〜だ。

そう、この歌もなぜか爽快感が残る。内容は然程残らぬはずなのに、多分、最後言い切る、すっばらしいですね〜なんだろうな、吹き飛ばすところが。

さあ、明日も溌剌とまいりましょう。

二村定一歌唱「百萬円」ですー。
最初聴いたときにゃ、スゲー歌だな、と驚きました。罪がない、ってのは素敵すぎますよ。
2017.09.10 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.