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江戸の闇太郎

第1992回・この人、この歌

〜美空ひばり〜

本日は、代々木上原にて古賀政男先生の記念館でコロムビアマンスリー歌謡ライブです。
今年一杯は間違いなくやらせていただきます。
来年以降は私のスケジュールとの兼ね合いかな、と思っています。

幸せなのは毎月、古賀政男先生のもとへ行ける贅沢でしょうか?笑

なかなか毎月は行かないですよ、なにかないと。

コロムビアマンスリー歌謡ライブもごくたまに懐かしいメロディがあると嬉しい。
最近はちょいとそのあたりご無沙汰なため、ここいらでガツンと懐かしいメロディの数々をマンスリー歌謡ライブでもやっていただきたいところだ。

今月は美空ひばりさんがお亡くなりになった月です。各局でずいぶんとひばりさんのことはやるみたいですね。

マンスリーライブでも懐かしいメロディがあまり無いときでもひばりさんの歌は入ることが多い。

いまの先輩方にはバッチリひばりさん世代が到来中ですし。

雪之丞変化って作品は、いかにも日本人好みな筋書きだから嬉しい笑

考えてみれば雪之丞変化のような類の作品って妙に多い。
それはやはり、日本人が好きなテイストが在るからだと思います。

雪之丞変化とくりゃ、そりゃ戦前は東海林さんの「むらさき小唄」とか、しかし、いまのベテラン世代には、ひばりさんの「江戸の闇太郎」の方でしょうか。

江戸の闇太郎って、古賀政男先生の作品でしたかね??

そんな古賀政男先生の記念館へ向かっている最中ですー。

「江戸の闇太郎」歌唱・美空ひばりであります。
2017.06.22 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

あじさいの人

第1991回・この人、この歌

〜篠ひろ子〜

フジテレビの二時間サスペンスを忘れちゃいけない。
フジテレビってのも今までたくさんの二時間サスペンスのヒットを出している。
例えば、片平なぎささん主演「赤い霊柩車」とか、かたせ梨乃さん主演「名探偵キャサリン」なんざヒットもヒットでしょう。
しかし、一昔前のフジテレビのサスペンスには大変に人気のあったサスペンスシリーズがあった。
覚えておられる方いますかね?
篠ひろ子主演「女優夏木みどりシリーズ」だ。

こりゃもうすごいですよ笑
まず篠ひろ子さんといふ女優さんが女優さんの役をやります。
すごいわがまま=女優
といふイメージをちゃんと持たないと観ている方は不快感を覚えてしまうかもしれませんからお気をつけください笑
女優ってのは、そういうものだ、の精神が必要です笑
さて、女優が女優をやり、第一作目が「モンロー殺人事件」といふ、もう、なんだかわけがわからないが、このシリーズは私は完全に個性をつくった、と思いますね。

似たような感じが他の二時間サスペンスと比べてもない。
オンリーワンの夏木みどりシリーズであります。

なぜ、8作程度でやめてしまったのかわからない。

いや、すこしわかる笑

まあ、それは良しとして、先日観たのは昭和63年放送、第一作。

もうね、二時間観ましたが、わたしの心に残ったのはバブルで日本が沸きに湧いている、ってだけです笑

一昔前のテレビマンやテレビ業界の皆さんのイメージってありますでしょ?まさにそれを全て描いています笑

この二時間を観ればあなたもテレビ業界のマンガのようなイメージを植え付けられる!
って内容です。

女優はみんなわがままだし、プロデューサーはみんなセーターを肩からかけているし、スポーツカーに乗るときはみんなサングラスだし、タバコはバンバン吸うわ、銀座の高級クラブはテレビマンの象徴だし、憧れるような当時のマンションに住んでいるし、タレントとプロデューサーの男女の仲と仕事量がからんでいるし、いいのかね?ああいうシナリオ笑

撮影も予算が余るくらいあるからだろう、と思うシーンばかりで、全体的にキラキラギラギラしていて、あゝ、最後の昭和…って感じがたまらなく好きだ笑

この放送、昭和63年ですが、篠ひろ子さん、以前に出されたレコード、「あじさいの人」を何故か途中、挿入歌として歌っているんです。

女優夏木みどり扮する篠ひろ子がちょいと恋仲のプロデューサーから、音楽番組に出させてやるよ、みたいな流れになり、吹き込んで、オンエアした曲がこの「あじさいの人」としてある。
いやいや、レコーディングシーンもレッスンも全カットで数日でテレビの音楽番組に出演して歌うんだから、突っ込みどころ満載だ笑
で、あれ?「あじさいの人」だなあと思った。

この歌、本当にいい歌なんですよ。
夏木みどりはテレビプロデューサーと不倫をしているわけだが、あるとき、夏木みどりの車をマネージャーが運転していて、「あ、ちょっと止めて」と急停車させる。

サイドミラーで夏木みどりが見ているのは、喫茶店から出てきた、プロデューサーとプロデューサーの奥さんと子供の三人の仲良く子供と手を繋いで休日を謳歌している姿である。

これをじっと見ていて夏木みどりの目からツーッと涙が流れる、ここまでのシーンもずっと「あじさいの人」が使われていた。

この切なさと、この歌が妙に合って、切なさは視聴者のわたしにも伝わった。

プロデューサーが黒沢年男さんってのがまたいいね笑いかにもであります、はい。

もちろんお色気シーンが無理やり三ヶ所あった笑

無理やりってのは、全く筋と関係ないお色気シーン。
ちょっとここでは表現できないシーンが二ヶ所と、あとは全裸シャワーシーン。
だから昔から子供が家族と二時間サスペンスを観ていると気まずくなる、といふ、二時間サスペンスあるあるが成立するのだ笑

それにしても今回は驚いたね、意味なくオープニング、いきなりお色気シーンでスタートしたから、思わず笑ってしまった…
いやいや、早いでしょう笑
もちろん、ストーリーと全く関係なかったところなんざもう、二時間サスペンスの正しい形である。

基本ができている、ってなんだかわかりませんが…。
今日は都内も1日雨となっております。

梅雨ってのはじめじめし蒸し暑かったりとなんだか人に与える気圧で体おかしくなりますが、お体に気をつけてくださいませ。

そんな梅雨でもいいところもある。
雨に濡れる草花がキラキラ光って味わい深いし、また紫陽花素晴らしきかな。
「あじさいの人」歌唱・篠ひろ子であります。
2017.06.21 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

島の娘

第1990回・この人、この歌

〜小唄勝太郎〜

伊豆大島におります。
明日は大島の学校で子供寄席でございます。

大島にはやはり流行歌の数々がございます。
「波浮の港」、「島の娘」、「公園の手品師」、「アンコ椿は恋の花」など歌碑が多いのが嬉しい。

御神火温泉といふ、実に素晴らしき絶景をみながら入ることが出来る地元温泉がまた好評であります。

浴槽からの絶景は見事なものであります。

やっぱり、御神火を歌う藤山一郎さんのヒットもあります。

この唄も藤山さんの唄として大変に当時好評だったと言います。

御神火ってのは火山を神聖化して生まれた言葉ですね。

噴煙などがまさに御神火と言われているのは皆様ご存知のところかと思います。

確かに火山といふのは甚大なる被害も出ますし、またチョロチョロと煙が出たりとか、どうも神格化したくなる昔の人たちの山との付き合い方がわかる言葉、それが「御神火」であります。
確かに落語にも「大山詣り」や「富士詣り」等々、神信心で山に登る噺も多いですから、昔の人々と山との付き合い方が崇めた上でのお付き合い、といふところが垣間見ることができて、御神火って言葉の持つ味わいが実に素敵であります。
特に御神火といふと、大島の三原山を指すそうでして、まさにご当地の唄となりましょう。

そして、やっぱり我々流行歌ファンは、小唄勝太郎歌唱の「島の娘」を誇りに思いたい。
ハァー小唄と言われるくらいハァーで始まる歌が数多く出たのは、やっぱりいかにこの歌が大ヒットしたかの証であります。

そして、流行歌の元祖のお一人、佐藤千夜子も大島にご縁がある。

大島は一つの流行歌ファンの聖地ではないでしょうか?

おやすみなさい〜
2017.06.20 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

青年の唄

第1989回・この人、この歌

〜舟木一夫〜

今日、楽屋でもらったお茶のペットボトルが伊藤園のお〜いお茶でした。
昔からペットボトルに俳句が書いてありますでしょ。いつもなんとなく詠んでしまうのですが、今日、久しぶりに何か心にガツンと来る歌を見つけたのだ。
ただ、落語と同じでそれぞれ好きなものは違う。
わたしは、今日、その俳句を詠んで、俺はこういう歌が好きなんだよなー、って思ったのです。

それは、沖縄県の高校生男子の方が詠んだ歌。それがこちら…

「教頭がスルメを一つ買っていた」

どうですか?笑
わたしは大好きで仕方ないです。
なんと様々深いんだと思った。
俳句はそれぞれが想像しますから、正解はないでしょう。

ただ、わたしは、まず、哀愁を感じた。

教頭、ってのがまずいい笑
教頭先生といふポジションのあの、校長先生でない、なんとも渋い位置ではないか!笑

その教頭先生がスルメを買っていたのだ!

哀愁があるではないか。
この高校生に会ってみたい笑

教頭先生がまた、スルメってのがいい。

どう解釈したらいいのか?
屋台かなにかですかね?
そこで、いつも学校で教頭先生でござい、って先生が、たまたまスルメを買うところを目撃したのか?

あの教頭先生が、スルメを買っていたところに、なんとも哀愁の風が吹くとともに、また彼は教頭先生の別の一面を見て、大袈裟だが、あゝ、先生も同じ人間なんだなあ、と思い、距離が縮まり、親近感がわいたのかもしれない。

そしてわたしがいいなあ、と思ったもうひとつが、スルメを一つ買うところ。
一つってことは、おそらくお一人で食べるのか、そこにあの先生が晩酌を楽しみにしていて、今日の肴はスルメにしようか、と、ささやかなる幸せを見いだしているようにも感じる。

「教頭がスルメを一つ買っていた」

どうですか?笑

わたしは好きな歌です。
そして日々、学校生活を謳歌している学生諸君だから詠める、青春歌であります。
わたしには到底浮かばない。

さあ、青春歌謡の代名詞、舟木一夫さんの登場、「青年の唄」です。

この高校生、いついつまでもこのスケッチな感覚、持っていていただきたい。

おじさんは大好きなんだ、このセンスが!
2017.06.19 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

船頭可愛いや

第1988回・この人、この歌

〜音丸〜

昨日、昭和歌広場、出演させてもらったが、やっぱり、レコードで聴くとつくづく当たり前の歌も新鮮に良いものは良いと再認識するものである。

そしてヒットしたものにはちゃんとした理由がメロディに証明されるわけですね。
あゝ、あんな善きイベントに出ちゃうと、東京12チャンネルの年忘れ大行進を改めて観たくなってしまう。
いまみたい、わたしなりのプログラムだとしたら…
いまみたいだけだから、あの人欠けているとかなしで…


大東京音頭ー全員
国境の町ー東海林太郎
夢淡き東京ー藤山一郎
東京ブルースー淡谷のり子ダイナーディックミネ
女給の唄ー羽衣歌子
恋はやさしー田谷力三
出船の港ー藤原義江
神田小唄ー二村定一
影を慕いてー佐藤千夜子

さくら音頭ー小唄勝太郎
三味線ブギウギー市丸
花嫁行進曲ー音丸
あゝそれなのにー美ち奴
蛇の目のかげでー日本橋きみ栄
こんな私じゃなかったにー神楽坂はん子
大江戸出世小唄ー高田浩吉

出征兵士を送る歌ー林伊佐緒
隣組ー徳山たまき
九段の母ー塩まさる
明日はお立ちかー小唄勝太郎
梅と兵隊ー田端義夫
ほんとにほんとにご苦労ねー山中みゆき
暁に祈るー伊藤久男
若鷲の歌ー霧島昇
麦と兵隊ー東海林太郎

上海の花売娘ー岡晴夫
上海だよりー上原敏
いとしあの星ー渡辺はま子
夕日は落ちてー豆千代、松平晃
満州娘ー服部富子
南から南からー三原純子
南の花嫁さんー高峰三枝子

青春のパラダイスー岡晴夫
夢のおそりー川田正子
玄海ブルースー田端義夫
流れの旅路ー津村謙
青い山脈ー奈良光枝
星の流れにー菊池章子
かりそめの恋ー三条町子
君待てどもー平野愛子
ボタンとリボンー池真理子月よりの使者ー藤原亮子
南の薔薇ー近江俊郎
異国の丘ー竹山逸郎

野球小僧ー灰田勝彦
黒百合の歌ー織井茂子
憧れの郵便馬車ー岡本敦郎
高原の駅よさようならー小畑実
赤いランプの終列車ー春日八郎
街のサンドイッチマンー鶴田浩二
真室川ブギー林伊佐緒
上海帰りのリルー津村謙

月がとっても青いからー菅原都々子
さよなら港ー藤島桓夫
どうせ拾った恋だものー初代コロムビアローズ
タンカーの男ー若山彰
弁天小僧ー三浦洸一
吹けば飛ぶよなー若原一郎君恋しーフランク永井
ふるさと列車ー青木光一
哀愁列車ー三橋美智也

マロニエの木陰ー松島詩子
古き花園ー二葉あき子
新雪ー灰田勝彦
誰か故郷を想わざるー霧島昇
建設の歌ー伊藤久男
支那の夜ー渡辺はま子
緑の地平線ー楠木繁夫
裏町人生ー上原敏
サーカスの唄ー松平晃
ルンペン節ー徳山たまき
茶切節ー市丸
上海ブルースーディックミネ
別れのブルースー淡谷のり子
涙の渡り鳥ー小林千代子
浪花小唄ー二村定一
東京行進曲ー佐藤千夜子
懐しのボレロー藤山一郎
野崎小唄ー東海林太郎
東京音頭ー全員
蛍の光ー全員

なんて…まあ、とにかく今聴きたい列挙だから、不備ご勘弁ください笑。だいたい私の趣味がお分かりいただけるかと思います笑
しかもなつかしの歌声に出てるとか出てないとかそういうのも無視ですよ笑
あゝ、上海の街角で、をいれ忘れました〜。
まあ、とにかく、東海林太郎といふ人は必須なわけですよ、なつかしの歌声で。
東海林さんの旅笠道中なんざ、昨日のレコードコンサートで聴いてみたいですよ。霧島さんの旅の夜風も聴いて益々良かったですからね。
波平さんの月夜船も入れたいなあ。
まだまだありますよ、鶴田六郎、港の恋唄ね。エノケン、ロッパも入れたい。
津村謙の東京の椿姫に小畑さんロンドンの街角で、おはまさん、桑港のチャイナタウン、もうきりがない…あ、チンライ節に、小野巡、あわよくば、二三吉も新橋みどりもいいなあ。キタレンも。
昔の善き唄ってのは、夢がたくさん広がるんです。
だから、自然、不粋な私だって、心豊かにします。
唄はやっぱり、人間の活力、エネルギーじゃないかなと思っています。

唄は永久に人間と寄り添うのは間違いございません。
まあ、何はともあれ、昨日はレコードの素晴らしさ、久しぶりに実感。
レコードそのものにまつわる歌い手さんといえば、音丸さんですね。
レコードは丸い、そこから音が出るから、と、音丸とネーミングされました。
音丸さん歌唱、素晴らしき戦前模様、「船頭可愛いや」です。
2017.06.18 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

海の進軍

第1987回・この人、この歌

〜伊藤久男/藤山一郎/二葉あき子〜

いわゆる懐メロ番組の映像を観る。
何度観ても、そしてわかっていてもいいんです。

やっぱり懐かしい歌は何度聴いてもたまらない。

東京12チャンネル様の当時の歌唱映像は観たことがないものも含め、わたしの宝であり、生きる糧であり(これ、大袈裟じゃない笑)、そして睡眠不足の原因の一つでもあるー。

気をつけなきゃいけないのは、「中村仲蔵」など、芝居の噺のときに、歌舞伎座を思う瞬間、先に役者さんより、年忘れ大行進のスペシャル番組が出てきてしまうこと。

東海林、藤山、淡谷、霧島、ディック、渡辺、二葉、伊藤、林、灰田、勝太郎、小梅、市丸等々
怒涛の如く並んでごらんなさい。
なぜわたしは東京12チャンネルの音楽班に就職しなかったのか…本気で後悔することがあるんですから笑
まあ、就職してもわたしゃ何も出来ないが…笑

そのくらい歌い手さんも歌も愛しているのであります。

さあ、「海の進軍」だ。
あの歌舞伎座で三人、藤山、伊藤、霧島のお歴々が戦時歌謡を代わる代わる歌う姿は卒倒する。

興奮する。

それは、妙に最近、ヨーロッパだかなんだかを意識してこさえた西洋街に表でコーヒー飲めるパラソルがあるテーブルの数々を見ると、池真理子や藤原亮子の姿を重ねてしまうくらいの興奮だ。ピンで藤原さんが歌うんだろう。もしくはハイカツがブルームーンを歌う回にも言える。

この間、地方の太鼓橋みたいな下の空間を観たときに紅白歌合戦で当時の円鏡師匠が潮来笠の紹介で出てくる穴みたいなセットの真似をしてみたくらいの興奮だ。

欽ちゃんの仮装大賞の点数盤を観たときにその点数盤の脇に今は亡き奈良光枝、東海林太郎、上原敏等の写真が出て、由紀さんが悲しき竹笛、チータが上原敏の歌を歌うんじゃないかと思ってしまう。

先日、おじゃました民家で昭和の懐かしい洋間を見るとそこに一人ソファーがあると若ちゃんがオカッパルの思い出を語るごっこを一人でやってみた。新人のときに舞台にあげてもらいましてね…。

ゆきえはなこ先生の衣装が平野愛子さんが着てそうなドレス衣装だったり。並木路子の場合でもある。

そして、そして、歌声喫茶や一般の方のカラオケ大会などで、複数名がステージで歌唱するとき、みんな手拍子しているのに一人だけ手拍子してないおじさんを見るとその人は絶対、伊藤久男だと思う。

もしくは複数名でステージに上がり、両脇のおじさんたちが中央で歌ってるおじさんの後ろでなんか話している姿は春日、村田であろう。

二時間サスペンスで山頂でヤッホーやっているシーンのヤッホーの手つきは小畑さんの山の端に月の出る頃しかない。

皆に促され、なんか歌う、歌わないの押し問答のあと、中央で無理やり歌うおじさんを見ると、監督なんで歌わないですとかなんとかの近江さんにしか見えない。

なつかしの歌声、年忘れ大行進に出ていた人を仮に山手線ゲームでやったら、案外早く、服部富子、藤原亮子は出るが池真理子を忘れがちになる。そういう池さんが好き。

なんでこんなわけのわからない話をしているかというと日付変わって今日はらくごカフェで昭和歌広場に呼んでいただき、わたしも一緒に懐かしい歌声の数々を楽しむからです。

ちなみにわからない、知らない、といふ歌がお若い方々は多いかもしれませんが、そういう方々も是非ともご来場ください。
知らない歌でもこの歌は俺は好きだ、俺はこっちが好みだ、心の中で判断する、それもまたよろしいかもしれません。

寄席は、知らない落語家もわたしも含め次から次へと出てくる場合もあります。しかし、噺そのものを聴いてお笑いいただく、まさに同じで知らない歌でも初めて聴いて、あゝこんな歌知らないけど、俺はいい歌だと思ったなあ、それだけで心は豊かになるかもしれません〜。

戦前の歌声の数々がオリジナルレコードで聴けるんですって。当日いきなりご来場でもかまいません。

知らない歌声に出会っていただきたく思います。

「海の進軍」なんざ、わたし、いい歌だと思いますよ。

ではではとりとめなく、おやすみなさい〜。
2017.06.17 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

ゲイシャワルツ

第1986回・この人、この歌

〜神楽坂はん子〜

学校寄席シーズン、年々早まっているように思います。
11月〜2月あたりの学校ラッシュたるや、ほぼ毎日早起き。早起き苦手なわたしには大変な騒ぎでありますが、近年はバラツキが出てきてくれて有難い。こころやすい先生がいる場合は、春先とかどうですか?なんて自らバラバラにスケジュールがなるように調整したりなんかして笑

とはいふものの、やっぱり二学期終わりから三学期に連日のような学校寄席が多い。

バラツキが学校に出てきた理由は、学校の教科書から、落語の授業が外れたからであります。

だからわざわざその時期に狙わなくても、まあ、はっきり言えば今はいつでもよいわけだ笑

学校ってのは本当に我々も勉強になります。

先生にいろいろなことを教わります。

そして学校の先生のふとした言葉はたまに我々芸人も勉強になります。

いままでたくさん印象に残った言葉がありますが、2つご紹介いたします。

\古未、先生の、あげ足ばかり取るようになったら、それが学級崩壊のはじまりである。

これはね、落語家、つまり演者とお客様の関係とよく似ています。
お客様が落語のイチイチを気になり出しましたらもう落語聴いてないわけですよ笑
学級崩壊ならぬ、落語崩壊のはじまりでしょうね。
まさに一緒だなあ、と聞いていて思いました。

∪萓犬呂い弔盡渕圓任△譟

この言葉だけは本当にいつ考えても素晴らしい言葉だなあとつくづく思います。
先生は五者であれ。

「学者であれ、医者であれ、易者であれ、役者であれ、芸者であれ。教師とはこの五者でいろ。」

まず先生はその専門分野のプロでなければいけない、学者。
先生は生徒たちの健康状態などを常に気にして生徒たちの体に敏感でなければいけない、医者。
先生は、子供たちの将来、未来、つまり、進路を占わねばいけない、易者。
先生はいつも子供たちをひきつける力がなければいけない、役者。
そして、そして、先生は、芸者でなければいけない。
芸者でなければいけない。ってのがいいなあ。
つまり、まず、お客様を前にして、先生だから生徒を前にして動じてはいけないし、生徒たちにある意味で気を使わなければいけないし、何でも器用に子供たちにみせなければいけない、そして、子供たちを魅了させる力がほしい、つまり、芸者でなければいけない。ってのは深い意味がありますよ。

こういうことを教わるだけで我々咄家が学校に行く意味があります。

様々な出来事が日々ありますが、立派な先生、一生懸命やっておられる先生の方が断然当たり前ですが多いんです。

さあ、戦後、芸者さんの世界から流行歌の世界で一躍有名になりました歌い手さんがおりました。

歌唱・神楽坂はん子、お馴染み「ゲイシャワルツ」であります。

古賀政男先生の才覚たるや、素晴らしき、名歌手であります。
2017.06.16 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

回想譜

第1985回・この人、この歌

〜藤山一郎〜

これから水戸に向かいます。今日は水戸の芸能事務所の方のご依頼で、三木男くんと二人会、二ヶ所お願いされました。

今年の9月に三木男さんは、真打になります、皆、待っていた、久しぶりにあの大名跡、三木助を襲名し、新しい三木助が誕生いたします。

三代目の三木助師匠は、ご存知、名人三木助。
「芝浜」を神格化いたしました。
わたしもやらせていただいている「芝浜」。
三代目に惚れて、わたしも田端の師匠(三代三木助)の形でやっております。

やはり、あの芝の浜での情景描写、あれが田端の師匠の形であります。

見事な情景描写がやりたいならば、やっぱり田端系の芝浜をお稽古してもらうと下手ながら叶う、まあ、落語家にとり嬉しい瞬間でしょう。

四代目三木助師匠は、若くしてお亡くなりになってしまいましたが、我が師匠正蔵とほぼ同期。
五十代半ばの三木助師匠を聴きたかったです。
私が見習いのときにはまだご存命でした。

初席の賑やかなる寄席、四代目の師匠がお出になる、あのメクリがかえったときの客席のざわつき、忘れられません。
有名人登場の瞬間でした。
寄席でもお会いしましたが、今月わたしも出演する三平堂落語会にお出になったときが、わたし、初めて三木助師匠と接した瞬間。
まだわたしは前座にもなっていない、見習いでしたが、近づき難いスターのオーラが実にかっこいい師匠でした。
素敵なスポーツカーで三平堂に来たあの華麗さは、やっぱりスターでしたね。

四代目の三木助師匠でわたしが好きなネタは「湯屋番」「看板のピン」「死ぬなら今」「お化け長屋」等々軽くおやりになるスタイルに江戸ではなく、東京のスマートさが流れていて好きでした。

漫談でおりられるときも多くて、「けんちゃん食堂」って漫談は、腹が痛くなるくらい笑いました。

さて、懐かしい思い出、大名跡三木助のメクリが今秋にみられることができます。
久しぶりの三木男くんの高座、水戸で楽しみにしています。

落語協会が総力を挙げてお送りする大名跡真打披露、わたしも微力ながらお手伝いできるところはしていきたいたなあ、と思っております!

藤山一郎歌唱「回想譜」であります。
2017.06.15 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

祖国の護り

第1984回・この人、この歌

〜小野巡〜

落語には落語の守るべきことがある。
懐かしき時代には平成の世であろうと昔ながらの善きものがある。
わたしは祖国愛といふものを振り回すことは実に嫌だが、わたしは祖国愛といふものがあるから、今が成り立っているとも考えている。

いまはご時世、ヘンテコにこの言葉を履き違えて取られると実に嫌だが、そういう政治的意味でなく、祖国愛は祖国愛だと想う。

落語といふものは、万人にわからなければ商売にならない。
もし、わからないことを話したとしてもそれを初めての方にも伝えていかねばならないと思います。

「ねずみ穴」。
途中、夢といふものは、内臓が疲れていると…といふくだりを私は入れます。

ほとんどこのくだりを入れないで口演する場合が多いです。

わかります笑、わたしもこのくだりを入れたくないかな?と、自問自答してしまうことがあります。
まあ、流れを純粋に一度止めますし、また、野暮ったい感も否めない。

でも平成29年、ねずみ穴、なかなかサゲがこの部分がないと厳しいのも今や事実であります。
つまり、わからない。
うーん、葛藤だなあ笑

で、もうひとつは、この噺、くたびれませんか?(聴いていただいたのに失礼だが笑)。

演者よりもお客様がくたびれてしまうかもしれません。
ただ、やっぱりこの今の形の雰囲気にした談志師匠は素晴らしいなあと思います。
本来は、民話種の噺だったのが元でして、オリジナルでやるならば、もっともっとノホホンとやらなきゃいけません。

ただ、ノホホンとやるには実に聴き手がきつい笑

そりゃ民話種でも「松山鏡」などは尺が短いから、お客様もノホホンで成立するが、「ねずみ穴」のあの尺をノホホンとやられた日にゃ、お客様だけでなくやっている演者も寝てしまうこと請け合いです笑

で、談志師匠はかなり今のようなドラマチックな噺に仕立てた。

やっぱり談志を継いだからにはやりたかった噺なんでしょう。お好きでよくやられてました。

元々は三代目の円馬から、先代談志らに継がれ、それが六代目円生に継がれる。
このプロセスがあるからあの談志師匠は先代ネタとして愛したネタであります。
しかし、民話種ではなかなかつらい。「ドラマチックねずみ穴」、と私は勝手に呼んでいるが、まさにドラマチックにすべき噺ではないでしょうか?
談志師匠のねずみ穴が一番わたしはストンと来るのです。
談志師匠といえば「源平盛衰記」の評価をよく言われますが、私は談志師匠の功績は、やっぱり「ねずみ穴」です。
筋云々ではなく、当時の落語ファンに談志師匠のねずみ穴は衝撃を与えました。
ある一定年齢から上の人たちで昔から落語を聴き続けておられる方はみなさん、「談志さんって、ねずみ穴って噺あるでしょ?いやあ、あれは本当に生で聴いたとき凄かったよ。」
と、一人、二人でなく、本当に何人もの方が私が落語家になってからもよく聞いたんです。

わたしなりのセリフもかなり入れていますが、やっぱりねずみ穴の母体は談志師匠のストーリードラマチックを崩したくないんです。
様々な落語が消えてきた長い歴史の中で「ねずみ穴」は絶対に消えていった噺の一つだと思います。

しかし、いま、ギリギリ、ねずみ穴が残っているのは、談志師匠の「ドラマチックねずみ穴」のおかげだと思っています。

民話種のままあの尺で今もやっていたら、演者は手掛けたい、とはなかなか思わないと思います。

落語の難しいのは、重い噺をライトにやれば…で出来る噺だけでなく、ねずみ穴、これはどう頑張ってもライトにならない噺です。

ちなみにライトにもしやったら、それが原型の民話種のねずみ穴だと思っています。
民話種でノホホンとあれやられても…いやあ、考えただけで、うん、キツいなあ…笑

ライトにできないならドラマチックにしちまおう、こりゃ天才ですよ。

それだってお客様の負担がかなりかかる噺ですから笑、難しいですが、民話種ならば負担は数倍に更になると思います。

どうしたってあのストーリーが重くなってしまいます。
さて、この噺に出てくる「緡(さし)」ですが、穴あき銭を通して勘定しやすいように…使用すると言います。
緡には何枚でしょうかね、通すのは。
決まりは1000枚、つまり、1000文が主流でしょう。
1000文ですからね、一つの緡が使われるのは。
だから、必ず口演の中で、わたしは「大きい店になると必ず緡は必要だった」と言います。
やっぱり大きい店でないと緡を使用するほどの売上にはならない、緡を使うといふことはかなり繁盛している大きい店、となります。
大きい店ですから、緡一本ってことはない、何本も使う。
弟が稼ぐために、緡をこさえるって案はまさにビジネスが上手い。
兄貴はビジネスマンだが、流石は兄弟、実は弟もビジネスマンなんだよ、といふ暗示がこの緡のくだりは示しています。

だからこそ、兄貴はセリフで「お前はオラとそっくりで強情だ」と言います。

強情だけでなく、流石は兄弟、商いのやり方も実は似たようなビジネスが上手いことを描きます。

なぜ、こんなところが必要なのか。
それは、「ねずみ穴」のポイントは兄弟愛の、兄弟の絆が実は強いんだ、といふことを描き出せるか否かが大切なんです。

そこは民話、民話は兄弟力を合わせて何かをやり遂げたり、化け物を倒したり…多いです。

民話種が元ですから、この噺も兄弟の絆が強いところを描かねばなりません。

だからこそ、緡の下りでビジネスが上手い弟は兄貴と似ていたり、性格が似ていたり…噺の途中途中で表現を怠ることは出来ません。
商売の元を兄貴は3文しか渡さなかった。理由は落語の中のセリフにある通りだと思います。
ただ、わたしはいつも、なぜ、番頭からすぐに3文受け取れて、すぐに弟に渡せたのかが不思議で仕方なかったのです。

やっぱり人に貸すわけだから、いくら貸そうか、とか、なんだかちょっとモタモタすると思うけど、兄貴が番頭に「商売の元持ってきてくれ、あゝ、そのくらいあればいいだろう…」とすぐに3文持ってこられるところが不思議で仕方なかったのです。

で、考えに考えました。そう、落語家って面白いためにルールをおかすことなど考えないで、ちゃんと筋を通すことを考えなきゃいけません。
で、わたしの出した考えです。落語は落語家の考えで進めていいので、答えが正しい、正しくない、はありません。それぞれ考えが違うから落語は皆、微妙に同じ噺でも落語家の解釈の違いで変わる面白さがありますから。

先ほど、1000文で緡一本と言いました。
場合によっては100文で緡一本もあったようです。ちなみに1000文で緡一本が普通ですから、緡のことを別名、「貫」とも言ったそうな。
1000文で1貫ですから、緡のことを貫。
わかるような気がします。
ただ、1000文ずつ緡に通しても全部1000文ずつにはならないでしょう。
だって残りますから、だからわたしは100文ずつの緡もあったと思いますよ、間違いなく。

さて、では厳密に1000文なのか…恐らく時代として短陌だったと思います。
短陌ってのは、銅銭の場合は960枚で1000文とみなす時代です。

今は枚数ですが、昔は重さで貨幣価値が決まりましたから、銅銭の場合は、重いから960枚あれば、1000文である、としたわけです。
この慣行を短陌といいます。
ちなみに100文でも銅銭96枚で100文としたわけです。
だから九六銭と言いました。
さて、この短陌といふ制度ですが、元々は96枚で100文ではなく、97枚で100文でした。

もし、この兄貴が97枚で100文と計算していたら、間違いなく端数が3文ずつ出ます。
その3文が弟に商売の元として貸されたわけです。

だから常に3文の端数のダマがありますから、すぐに3文、番頭さんから受け取って、弟に渡せた、とわたしは考えています。

じゃないとすぐに適当に出せる銭はないです。
3文のダマがいくつか常にあり、その1袋を番頭は兄貴に渡したのではないか…
とわたしは考えてやってます。

どうですか?ねずみ穴の尺と同じように、このブログも長くなりました。

談志師匠のねずみ穴、懐かしいです。

談志師匠といえばこよなく愛した流行歌手、小野巡でしょう。「祖国の護り」お送りします。
2017.06.14 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

誰か故郷を想わざる

第1983回・この人、この歌

〜霧島昇〜

昨日朝、大分から戻ってきました。
てなわけで、ふるさと歌謡のお馴染み名曲をお送りします。
やっぱり戦前のこの歌声、古賀メロディは素晴らしい。
歌唱・霧島昇「誰か故郷を想わざる」です。
始まるときのメロディから素晴らしい名曲でしょう。

その土地に行かないとわからないことばってのがある。
一昨日、大分で、土地の方二人の会話で、
「やっぱり三朝さんもうまいね」
「そりゃ、流石は真打、ニゴジュウだわ」
「あゝ、そうか、ニゴジュウだわ」

ニゴジュウ???
非常に気になったんです、何?ニゴジュウって?

すかさず聴いてみると、ニゴジュウ、2×5
九九の計算の2×5
ニゴジュウ

つまり、意味は、「当たり前」って意味だそうな笑

2×5が、答えは10になるのが当たり前。

ニゴジュウ=当たり前

なるほど。
「でもなんで2×5なんですか?他の九九でなくて」
「そりゃ、しらん。でも昔からニゴジュウ、ニゴジュウって言うわ」

じゃあ仕方ない笑

言い方もゴロ、リズムもあるのかもしれませんね。

サブロクとか、ロクニとか、たくさんある中でニゴジュウが選ばれました!笑

会話っていふのは聞いていると楽しい。
勉強にもなる。

ただ、ちょいとした行き違いっていふのが会話は大変だ。
会話で大切なのは、しゃべっていてキーワードを際立たせることではなく、キーワードの前後をちゃんと相手は聞くこと、ではないと、キーワードは引き立たない。
引き立たないだけならいいが、間違って相手に伝わるのだ。

会話ってのは、うまくコミュニケーションが取れないならしない方がいいなあ、と思いました。
なぜなら相手の方に申し訳ない。
なかなか難しいものです。

でも大分では会話の中からニゴジュウなることが聞けました。

ふるさとの言葉もまた味があり素敵ですね。
まいりましょう、「誰か故郷を想わざる」です。
2017.06.13 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

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