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誰か故郷を想わざる

第1454回・この人、この歌


〜霧島昇〜

本日は内幸町ホール独演会、ご来場いただきまして有難うございました。

二つ目最後の正式な都内の独演会でございました。

大勢のお客様に感謝申し上げます。

さて、二つ目といふまだまだの位の私に夢空間さんが独演会の依頼をしてくださった初回、本当に驚きました。

わたしとしても躊躇が正直ありましたが考え抜いた末、ありがたくお仕事承りました。

毎回、次回の独演会のネタ出し(前もってチラシにネタを1席出す行為のこと)を夢空間さんから言われ出すわけですが、今回は二つ目最後の独演会です。

迷わず「源平盛衰記・通し」をお願いしました。

やはりわたしはどうなりましても林家の人間です。

最後は林家のお家芸、そして、私が尊敬してやまない先代三平師匠の十八番、そして、わたしが二つ目時代、一番お世話になりました地噺で締めたい、これがわたしの想いでした。

ですからご来場のお客様には散々今まで聴いていただいた地噺の源平です。

またか、のお声もおありかと思います。

しかし、その「またか…」のお声を今回はエネルギーに変え、お客様、そして地噺に感謝の気持ちで申し上げたい、そんな気持ちです。
わたし、林家たけ平の落語家スタイルとしてわたしから地噺を取った場合、極論何も残りません。
そしてその地噺にわたしは生活を、そして高座を日々いただいてきました。

どのようなお叱りがあろうと、わたしと落語と地噺は切っても切り離せない、それの総称が「林家たけ平」であります。

ですから、最後はやっぱり地噺なんです。

で、根岸の一門である、とか、そういうことを考えたらやっぱり林家の地噺お家芸は「源平盛衰記」しかございません。

この噺を得意とされた、先代文治師匠も談志師匠もみな、根岸林家の「源平盛衰記」から派生しています。
ならば若輩ながらわたしには源平盛衰記は「糧」の何物でもありません。

本元本流が芸の継承をすべき、これがわたしの落語論理であります。

永遠と「源平盛衰記」はわたしの財産であります。

今回は生まれて初めて全編通しで「源平」を口演いたしました。

ずっと応援をしていただいているお客様には断片的に今まで耳タコオンパレードだったかと思います。

ただ、全編通しは初めてであります。

いや、これから生涯、源平を全編通しでやる機会はないと思います。

今回が最初で最後でした。
約一時間の源平盛衰記は抜粋「扇の的」から外伝「袈裟御前」を経て本伝「源平盛衰記」へと入り、総称「源平盛衰記」これでわたしの源平は完結いたしました。

今までもずっと一度は全編通しでやらねばいけないと思っていました。

そして、やるなら今回の内幸町ホールしかないと密かに思っていました。

ああいう地噺長編はお客様には「酷」であります。

よって、わたしも普段は断片的に申し上げております。
しかし、林家ならば一度は通さねばならない。
それが芸の継承であります。
ならば、もしお客様が許してくださるならば、二つ目最後の正式な独演会、これしかないし、ここでやらないで他で通したら間抜けでございます。

約一時間の「源平盛衰記」の全編、あの今回の独演会前半の全てがわたしの「たけ平二つ目」で培ってきた全てであります。

あれ以上のものはありません。
わたしの、林家たけ平の、今までの、そして、これからの「証」、それは、今回の一時間、あれが全て、私が今までどうやって落語家として暮らしてきたか、生活を立てているか、それが全てのあらわれ、それが今回の源平盛衰記通しなんです。

こうやって私は生きている、その記録を聴いていただきました。

地噺は、本当に厳しい状況下にいまの落語界である現状です。

しかし地噺を愛してやまない馬鹿野郎が私は一人はいていいと思います。

わたしは評価、評判で高座は今までもこれからもつとめることはいたしません。

私がやらねばならない領域、それをお客様に聴いていただく、わたしは実力云々でなく、地噺だって落語です、その継承、それだけです。

これからも地噺中心の高座になるかと思います。

ただ、きっと、地噺もどこかで重宝されるときがたまにはあるんじゃないか、わたしは毎回先代三平師匠に祈っております。

お客様、そして、地噺、有難うございました。

今回の独演会、後半は「妾馬」にいたしました。

それも急遽変えたのが事実です。
ふと仲入り中に先代三平師匠の「わたしは優しい落語を本当はうまけりゃやりたいんです。妾馬とか好きですね…」
このインタビュー記事を思い出しました。

だから「妾馬」をやってみました。

出囃子は前半が先代三平師匠の出囃子「祭囃子」、仲入り後後半の出囃子は現在の円歌師匠の出囃子「二つ巴」です。
やはり一時代をこさえた「三平・歌奴」に出囃子もあやかっています。

そして、歌が大好きだった先代三平師匠、この歌唱・霧島昇「誰か故郷を想わざる」も好きだったそうです。
理由は「優しい歌だから」。
根岸のおかみさん、海老名香葉子氏は、私が修行時代、おかみさんの肩を私揉まねばならぬときが沢山ありました。
修行中、おかみさんの肩を揉む、これよくあることです。
今から14年前、おかみさんの肩を揉みながら、おかみさんは私に言いました。
「お父さんはね、あんなにちゃらんぽらんなキャラクターだったけど真面目な人でね、仕事はべらぼうに忙しくて疲れているときね、書斎で遠くを見つめてね、一人でボーッと『花つむ野辺に日は落ちて〜』って誰か故郷を想わざるを歌ってたの。あれを見ていたら声をかけられなかったわ。お父さん、あの歌好きだったわね…」しみじみ言ってました。

繊細で真面目でサービス精神旺盛で優しい。

そこに落語の技術といふキーワードはございません。

それでいいんじゃないかな、落語家ってつまり「技術、テクニック発表会」ではございません。
「その人間の証」、それを落語といふジャンルを通してお客様に聴いていただく、見ていただく、わたしはそう思っています。

先人をリスペクトした若手落語家、沢山出てきてほしい。もう「技術合戦」はそろそろ疲れてしまいます、いまは先人の精神は古く我が現代の落語を高座に!

ちょいとそれ、寄席芸人でなく、芸人、化、しているような今の演芸界に若輩私すら危惧しています。

わたしは永遠に先人をリスペクトしてまいります。

落語家である前に大衆芸能家は「芸の継承人」でなければなりません。

わたしが二つ目でずっと学び、ずっと思ってきたことです、そしてこれからも…。

年を取っても「おかあさん、聴いてください…」、「いまのわかりましたか?」、永遠に地噺ができる年齢まで申し上げるつもりでございます。

ですから、二つ目、真打、お客様の中で線をお引きになることなく、林家たけ平は絶対にそのまままいりますことを誓いますから、真打の前に、とにかく林家たけ平である、と思っていただきますことをどうぞよろしくお願いいたします。

今までも、これからも応援してくださるお客様をずっとずっと大切に…これ、綺麗事じゃなく、大切にしなきゃ、地噺は出来ません笑。
お客様あっての地噺でございます。

ですから、お客様は本当に大切であります。

今後ともよろしくお願いいたします。

本当に沢山のご来場、独演会有難うございました。
次回もよろしくお願いいたします。

次回は来年、夢空間さん主宰、7月に銀座博品館で「林家たけ平真打披露公演二夜連続」といふ企画があります。
2日連続、銀座博品館での公演であります。

よろしくお願いいたします。

有難うございました。

では今宵は優しくも懐かしき永遠の名曲「誰か故郷を想わざる」でおやすみなさいませ〜。
2015.11.26 Thursday | comments(1) | trackbacks(0)-

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2017.03.29 Wednesday | - | --

Commnets

本当に楽しかったです♪ありがとうございます!!

kim | 2015/11/26 12:31 PM

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