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浜千鳥情話

第1882回・この人、この歌

〜金沢明子〜

「必殺仕事人」を観ていてたまに涙が出るのは何故だろう、誰か教えていただきたい笑。

別に人情話でもあるまいし…。

時代劇として、あえて重厚なる時代考証はしていない。
やや現代語でもある。
しかし、そこは作り手がもちろんわかっていて「あえて」そうしている、本物ゆえの「遊び」といったところだ。
もちろん、ルール内での自由だから、いまよりも格段に時代劇である。

しかし、当時としちゃ、斬新であります。

仕置人でも仕事人シリーズでもなんでもそうだが、とにかくぐっとくるものがあるのだ。

そりゃ、平尾先生の全体的こさえかたは言うに及ばずでありますが、やはり、シリーズ毎の主題歌とかエンディングの歌がいちいち合うのです。

ありゃ、なんですかね。

人間のもつ「心の理性と本能の葛藤」が毎回全編の最大の共通であることが、人の心を打ちます。

やっちゃいけないですよ、絶対に。
こりゃ当たり前だ。

やっちゃいけないのと明らかなる悪い奴を…それだってやっちゃうのはよくない、しかしね、ドラマの中で人間のもつキワキワの葛藤をものの見事に解消するのです。

やっちゃいけない、主水、藤田まことさんのあのやった瞬間とやったあとのあの人間らしい哀しみの表情…後悔なのか、懺悔なのか、はたまた良しとしたのか、もしかしたらやった本人も毎回答えが出ていないかもしれない。

そしてひた隠しに隠し、白木万里、菅井きんの待つ我が家での「婿殿」は、コミカルなる家庭を描くに及んで、そこに心底ある、主水のまた葛藤がある。

家族へ…
隠している罪悪感なのか、スイッチのオンオフができている冷酷なところなのか、よくわからない、ここにも実は主水自身が整理のつかぬ葛藤の表れなのか…とも思う。

その全編にある「人間らしさ」にわたしは共鳴のクラクションが止まないのだ…我が心の高鳴りがやがて哀愁に変わり、それが涙する。
そしてエンディングのあの歌の数々が現代歌謡なのにも関わらず更に我が心を哀愁の世界と引きずり、やがて「終」となる。

悲しみでなく、人情噺じゃないから、悲しみでなく、哀しみだ。

先の文楽師匠、つまり黒門町の背広姿に古典落語は見えないが古典落語の名人と着物でない、背広といふミスマッチが、実は一番かっこいい(あゝ、東京の言葉だと、様子がいい)のだ。
ミスマッチが一番のマッチといふのは、実は全く違うものを合わせているわけでなく、見た目ミスマッチだが、根底に強固なるマッチを双方にあるわけで。

そこを見つけるのが必殺シリーズは上手い。
時代劇と現代歌謡の表面上の明らかなるミスマッチ、これが根底を探れば探るほど、「旅愁(歌・西崎みどり)」であったり、今回ご紹介する「浜千鳥情話」歌唱・金沢明子なのだ。

あの番組を見るたびに、このドラマにはこの歌しか合わないのではないか?と、もう他の候補が浮かばないくらい、表面上ミスマッチの中、最大のマッチなのだ。
これは何が難しいかといふと、全ては「センス」だけで最大のマッチを表面上ミスマッチから探り当てて合わせていく、センスのみの作業だから、必殺シリーズのセンスは本当に目を見張るものがあるんです。

留さん文治こと、九代目の文治師匠は横文字乱発の明治生まれの咄家だ。

「エデンの東」とか、トイレのことを「w・c」なんて言ったり…まあ、とにかくなんとも奇妙な英語を乱発する。

考えてみれば、明治生まれの咄家のイメージにはまるで合わない、ミスマッチ。
しかし、根底を探れば探るほど、留さん文治を知れば知るほど、この人くらい奥底で横文字乱発が似合う咄家はいないのだ。
ミスマッチからの最大のマッチ。
センスが高技術ゆえ、重鎮におさまった。

一番センスがないのが心底でも合わない両方を合わせようとする、ミスマッチからのミスマッチ、これをいま勘違いしていて、「ギャップ」とか言う笑。

違う、違う、ギャップってのは表面上のミスマッチと根底のマッチがぴたりと感じた瞬間をギャップっていふんだと思います。

「あのギャップがいいよね…」
合わないものが根底も合わないのに、いいわけがない笑

だから、やはり似たりものが表と裏でぴたりと合う、これが最高のセンスって仕事なんだろうと思います、はい。

必殺シリーズは時代劇、歌は現代歌謡、なんか違和感ありませんか?の疑問に違和感を覚えてしまうんです笑

出てくる俳優陣の哀愁の出し方の素晴らしさは、脱帽だ。
仕事人面々もみな、ギャップの極みでしょう。
表は善人、裏は悪。
しかしこれを字面そのまま取らないでいただきたい。
表は善人、裏は悪、これを字面で取ったら、悪でしょう、ただの笑

表は善人、裏は悪の根底に流れている仕事人の「心」に表裏同じ「想い」が流れているから、ありゃ、一流のギャップの見本みたいなものであります。

「水道のゴム屋」「バスガール」「犬の目」「ぜんざい公社」「清書無筆」「英会話」「都々逸親子」「反対夫婦」などのレトロ落語も今や違和感の雄かしら笑

しかし、根底には「落語」の核がある、いや、それしかない。

だからよくよく考えたら、「子ほめ」と何ら変わりない。しかも口演は咄家だし笑。

そして根底にはどんな落語にも実は「哀愁」があるんです。

表面上に哀愁があると笑えませんが根底に哀愁があると、落語はそこまで崩せない上に表面上に出てないから笑えるんです。

必殺シリーズがあなどれないのは、やはり、日本人の陰陽の心の変化がそこかしこにわかることです。

これは、日本人の心を勉強するには最大のテキストに価しますし、また、芸人には舞台へ佇まいのヒントがたくさん隠れています。

この歌もバチリ合いました、「浜千鳥情話」の歌の回も是非ともご覧くださいませ。
2017.02.26 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

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