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恋は神代の昔から

第1958回・この人、この歌

〜畠山みどり〜

本日「たちきり」をやりました。
うーん、わたしはあまり好きな噺ではないんですが笑、構成が好きなんです。

ただ、実に難しい噺ですね。
ポイントは果たして何なのか、その落とし所が実に難しいんです。

まず、お線香で花街は時間を計っていたことは、いまは絶対マクラで触れないといけません(本当は野暮ですが笑)。

さて、またこの噺ほど登場人物が演者によりまちまちな噺もないですね。

親戚のみなさんの住まい、置屋の娘、その場所など。

小ゆきは柳橋の「分田上」の置屋の娘です。

「分田上」ってのがいいなあ。つまり今風でいふと「田上」といふ本店があり、そこからのれんわけした店です。昔はのれんわけされたり、支店、チェーン、フランチャイズとなりますと、「分○○」となります。
まあとにかく柳橋の芸者さんですから、イメージとしては、江戸っ子気質そのもので、深川の芸者さんと類似です。

小ゆきにお線香をあげにくる若い娘たちの銭湯でのシーンがいい。
顔をこさえて、つまり、化粧を、ですが、おしゃべりばかりで遅くなっただけで、お化粧にはあまり時間がかからないといふイメージのシーンなんです。

それは、柳橋の芸者さんは昔から薄化粧である、ということを知っていたら、このシーン、合点がいくはずなんです。


あとは、若旦那から小ゆき宛に届いた三味線にあります、で、「比翼の紋」が付いてます。
互いの家の紋がついているのを比翼とはまたいいものです。

この噺、本当は最後笑っております、落語ですから、なんのために線香の話を最初にふったのか…サゲに関係あるからです。
とはいふものの笑えませんよね…わたしも笑えないもの笑
わたしが好きでない理由はこのあたりにあります、はい。

とは言うものの、芸者さんらしいサゲで、サゲはとても素晴らしいです。

あ、サゲってオチのことです。

「たちきり」自体は、苦しい噺ではありますが、落語らしい落語でも実はある。
こんなに雰囲気のある噺ってなかなかない。
雰囲気のもった噺ですよ。
置屋を事細かに描き、また大店の番頭もリアルだ。

落語は芝居ではないが、ドラマであり映画でもある。
何をもって面白いか、といふとそれはわからないし、うわべにはあまり面白くない噺かもしれない。
しかし、「たちきり」は、人間を人間として描く傑作だ。
談志師匠もこういう噺はお嫌いだったかもしれないが、「たちきり」のもつ構成と人々に「落語として素晴らしい傑作」とおっしゃっていた。

確かに私もそう思う。

そして何よりこの噺が落語らしいのは、いまもむかしも変わらない、男女の「恋心」は決して古くないのだ。

日本に昔からあるメロドラマの傑作は必ず男女の「行き違い」を描く。
それを「たちきり」はメロドラマよりも前に既に落語といふ媒体で表しているのです。

で、じゃあ、たけ平よ、お前は、この噺が好きなのか?と、問われれば、うーん、やっぱり苦手だ笑

不思議な噺だと思いませんか?
苦手だと思ったら普通落語家はその噺に手をつけません。
しかし、「たちきり」は、やりたくなるんだから…いかに々柔が優れている⊃祐屬蕕靴に槐修鯤颪澑さず描いているか

ですよ。

苦手だなあ、こういうの…なのにやりたくなる噺、ってなかなかありません。

それだけでも落語家が認める噺の描き方の傑作なわけです。

さあ、考えてみてください。この噺は考えれば考えるほど、深い噺でして…笑
我々本職は考えすぎると疲れてしまいます、この噺。
しかし、やるからには、よーく考えないといけない噺です。

考えるところがたくさんある噺。
例えば、人間らしい本能を描いたのなら、「小ゆき、これから俺はメス猫一匹近づけないからな。」と若旦那言いますが、これ皆様は鵜呑みにしますか?しませんか?
どちらも正解です。

どちらで考えても正しいです。
落語家もそのときの心持ちで変わりますね。
「本当かね?若旦那。」と思うときありますよ。

だって遊び呆けていたわけですよ?今まで。

確かに二人は驚愕の現実ではあるが、喉元過ぎれば…もありうるね、男は特に。
ならば「小ゆき、これから俺はメス猫一匹…」のセリフの言い方、ずいぶん変わってきますからね…

あとはその時、その時で演者がどういう気持ちでやるか、ですよ。

何が正しいとかはありませんから、落語は。

ただ、こういう構成がしっかりしている噺は、そのままお願いしたいですね、演者には。
自分への戒めの言葉です。

若旦那のところの女中のお清、小ゆきのところのお仲、そしてとりまく小ゆきの仲間たち。親戚連中、大旦那、番頭、お母さん…

とにかく様々な登場人物が若き男女の恋心に奔走、翻弄するといふ…

なかなか無い作品です。

この噺は何が言いたいのかな。

時代が変われど、男女の恋は繊細で、壊れたら止まらない、くっついたら意地でも離れない…

いまもむかしも何ら変わらない、大衆の若者をただ描いただけだよ…と。それもまたこの噺がいわんとする一つでもあります。

だから昔の人は言いました…「恋は神代の昔から」歌唱・畠山みどりであります。
2017.05.15 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

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