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若鷲の歌

第2037回・この人、この歌

〜霧島昇/波平暁男〜

まずは8月6日、広島原爆投下。この日を決して忘れてはいけません。

先日放送されたBSジャパンでの武田鉄矢さん司会の「昭和は輝いていた」が戦時歌謡特集でした。

録画したものが見たくて見たくて仕方ないのがやっといまさっき、観ることができました。

いままで観たことがなかった、「なつかしの歌声」当時の映像!!!
もう、なんていふか、、、本当に腰が抜けました。
抜けましておめでとうございます。ってなもんだ。

で、今日はその中でまずは今日のブログは「若鷲の歌」であります。

まずこの歌は、歌唱は霧島昇さんと波平暁男さんのお二人で歌うのが本来の「若鷲の歌」です。

しかし、わたしはいままで、霧島さんピンの「若鷲の歌」しか観たことがない。

いやあ、本来のオリジナル中のオリジナル、「若鷲の歌」、初めてお二人揃ったところを観た!!嬉しい!
そして流石は東京12チャンネル「なつかしの歌声」だ。
こうやって映像を昭和四十年代当時、オリジナルで出演させ放送したわけです。
つくづく素晴らしい番組ですよ。だからテレビ東京にはオリジナル歌唱映像がこの番組のおかげで豊富にあるわけです。
豊富ってのは、まだまだ私が観たことがない「なつかしの歌声」映像が山とあるわけですから、豊富でないわけがない。

現実に「若鷲の歌」でちゃんと二人揃った映像なんざ、初ですよ。

そしてこの歌声をオリジナル、霧島・波平で改めて聴きますと、勇壮と哀愁が入り混じり、涙が滲みます。
あのステージマナーの紳士な歌唱が真摯に人の心に刺さります。

心を込めて歌うのではなく旋律通り歌うステージは、聴く者に強く刺さるのです。
本物の歌い手ってこういうことじゃないのかな、ってあの映像が物語ります。

戦時歌謡といふものは特に聴く者を、聴く人々が思い思いの気持ちを持つものですから、歌唱者の優先的心情はどうしても歌を押し付けてしまいますから、霧島・波平両巨匠はまさに本物の歌い手論であります。

戦を経験されたご高齢の大先輩はもちろん、我が親父がよく歌っていたと思い出す今の70代以上の方々の胸にいまも残る戦時歌謡があるならば、それは、当時、繊細なる微妙な時代に各々の気持ちがあることを察し、我が歌唱に我が心情を入れず、旋律通りお伝えしていた歌い手さんの貢献と常識が少なからず理由の一つにあると思います。

昔の流行歌を私が良しとするのは、押し付けがましくない、聴く者がそれぞれ自由に捉えることに促してくれるからです。

まして戦時下といふおかみの愚なる規制で更に国民が不自由を受けた時代に、ここまで聴く者に自由を与えた戦時歌謡は当時の人々の青春の歌声なわけです。

それを浅き発想でただ戦時歌謡だと規制するのはあまりにも寂しい乏しい発想だと思ってしまいます。

今回の番組を録画された方は今一度みてください。

波平さんが途中、一瞬、笑みなる表情をいたします。
その笑みなる表情が逆に当時の世の中の国民の辛さ、悲しさを表しているように思うのです。

それこそが戦時歌謡なる悲しきジャンルが生まれてしまった、しかし、そこに仕方なく悲しき世の中が訪れて、それを歌う歌手の皆さんが当時、国民に伝えたメッセージに見えて仕方ありません。

「若鷲の歌」は、当時を乗り越えてきた、霧島昇、波平暁男でないと伝わらない、真なる歌声ではないか、と思います。
2017.08.07 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

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2017.10.24 Tuesday | - | --

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