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旅笠道中

第2043回・この人、この歌

〜東海林太郎〜


今日は貞寿さんの真打披露でした。
お馴染み三扇会の特別公演。国立演芸場。
貞寿さんにとりまして思い出の喬太郎師匠をゲストにお迎えしての披露。

まあ、とにかくね、三扇会ってのは、やりますとね、私が大好きでたまらない、浪曲や講談熱が出ちゃうんですよ笑

喬太郎師匠も浪曲、講談が大好きだから、また楽屋は大変な騒ぎとなりました。
口上の司会ってのも私は披露目としては正式には初めてですから、つたなくて申し訳ございませんでした。
だったら考えてくりゃ良さそうなものだが、わたしは下手なりに考えずに、ならば、自分の正直な貞寿さんに対することをお伝えしようと思いました。

それで良かったと思います。
ただ、いま思えば言いたかったこともあります。
桃川如燕から五代目の神田伯山になった先生の言葉です。
「昔の人に興味のない人は素人である。そして、昔の人を知りたくて先輩にしつこいくらい聞いてしくじるならば本望である」

まさに貞寿さんにはぴったりの言葉なんです。

わたしは今日も講談、浪曲の方と一緒になり、やっぱり幸せです。

どうしたって、小金井芦州先生を思い出します。
伯龍先生も大好きでしたが、芦州先生の芸人らしい、講釈師らしいあの風貌、たまらないです。

わたしがこの世界に入り、芦州先生とは一度だけお会いできました。
「祐天吉松」だ。
あの雰囲気はやはりなかなか出ない。
根っからの…といふ条件をクリアしないとなかなか難しい。

今日ね、切なくも素敵な芦州先生のエピソードを聞きました。
芦州先生が晩年、入院されていた。
芸人が見舞いに行く。
芦州先生、もう、そのときは酸素マスクをずっとしている状態。
自分が芸人だからよくわかるが、芸人って弱いところを同業者に見られるのがつらい。
見舞いする方もわかっているから、帰り際、洒落で、「じゃあ、先生ね、ここいらで帰りますから。いや、実はね、ちょっと表に、これ(小指を立てて。つまり女性のこと)待たせてますから…」
と洒落で言ったら、芦州先生、酸素マスクのままで小さな声で「よー、よー!」と言ったとか。

寂しいけれど芸人らしいエピソードではないですか!
小はん師匠に「芸人って、カッコいいですね」って言ったら、「だろ…カッコいいんだよ」
とおっしゃった。
そこに謙虚さは、いらないんだ。

本当にこの世界に命を売った人は威張るわけでなく、心からそう言えるんだ。

今は浅く広くが主流になっているこの世界かもしれないが、芸人は芸人でないといけない。

我が演芸の世界はそうでなくてはいけないし、そこに現代に合わせる必要性がないんだ。

毎度、申し上げますが、どんなに陽気だろうと、芸人は絶対に哀愁がなければいけません。

その最たるものが咄家よりも昔の講釈の先生はお持ちでした。

今日、学んだこと。それは、自分を自分であることの大切さだ。

地噺や漫談を良しとしない場合があっても自分はそれを伝えるんだ、何も時流に合わせることはない。
何事も自分を貫いてきた芸人は、「なあ、芸人ってカッコいいんだよ」って普通に言える境地に行くんだと思います。
まだまだわたしにはそれがないが、絶対に自分のスタイルを変えたくない。
世の中の落語ブームがどうであれ、それを意識してしまい、方向転換をすれば、それは我が身の崩壊が待っている。

世の中、時流はつきものです。
しかし、時流にとらわれず、自分がやれることをやりつづける力がプロであり、何でもできる人がプロとは言えないんだ、って再認識しました。

芦州先生に再び会いたくなりました。
そしてもっともっと貞丈先生にお会いしたかった。
なぜ馬琴先生にもっと近づかなかったんだろう。
一鶴先生の本屋の店番をしたことがある私ですが、なぜ一鶴先生にもっとお話を聞かなかったんだろう…。
未練はキリがない。
だからこそいまを生きる先輩方に少しでも話を聞く重大性を思います。

そして、だからお客様には寄席に来ていただきたい。どんな芸人でも人間です。当たり前に聴いていたあの人が聴けなくなる日は必ず来ます。
お客様にとりましても、同じことが言えると思います。
きっと聴いておいて良かった…と思った瞬間に、今の若手の高座にますます深く喜びを感じると思います。つまり自然、大衆芸能の深さを知り、ますます楽しくなると思います。

昭和の名人、円生師匠も余興が好きだった、なんて、私ら世代、知らないです。先輩に伺って私もびっくりしました。
様々な余興をおやりになっていたそうな…

って話を聞いただけで、私は円生師匠の噺をもっと軽く聴けるようになりますもの。
つまり、大衆芸能を更に深く楽しめるわけです。

やっぱり知らないもんだから、円生師匠の噺を音で聴くとき構えましたもの。重厚であの雰囲気。余興なんてやるやつは…みたいな感じなんですよ。

でも先輩からそういう話を聴くだけで、聴き方は変わります。

だから、落語をはじめ大衆芸能ってのは、一度聴いただけで判断をするのは実にもったいないんです。
聴き込んでいくうちに、その人の様々なエピソードを聞いて、段々イメージが変わるかもしれませんから。
寄席で同じマクラを、わたしもそうですが、同じマクラだって、三十代のときと五十代のときはなんか違うんですね。

大衆芸能はスルメみたいなもので噛めば噛むほど…の芸能なんです。

落語しか好きでない人に浪曲を、講釈を聴いていただきたい。
そしてまた落語に戻ると、また新鮮なんです。

歌の世界、東海林太郎をご紹介します。
まさに我が信念を最後まで貫いた人。
落語家で言えば、毎回、同じマクラからお馴染みのヒット曲。
むしろそうあってほしい…と思う私はやっぱり寄席芸人なのかしら?

同じで何が悪い、都度の雰囲気からの楽しさが大衆芸能の全てだ、と私の寄席論なんですね、やはり。

信念の中に味があり、哀愁があり、そんな東海林太郎の「旅笠道中」は震えます…。

この歌は演歌じゃなくて、流行歌だと思います。
「旅笠道中」、この歌を演歌調ではなく、東海林太郎の信念歌唱だから私は好きになりました。
最初に東海林さんオリジナルで聴いて良かったと思います。
でないと、わたしがあまり好まない方のタイプの歌に入った危険性を含む歌なんですから笑

あ、まだ、BSで先日放送した東海林・藤山三時間スペシャルまだ観られていない…。

月曜か火曜までお預けか笑。

貞寿先生、おめでとうございます!!
2017.08.13 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

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2017.12.15 Friday | - | --

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