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ごめんね…〜平成〜

第2139回
この人この歌
〜高橋真梨子〜

さあ、平成の初めにヒットしました、火曜サスペンス劇場の曲でわたしなんざ、平成の曲しらねどもこの歌は知っています(笑)

昨日の「刀屋」って噺と、この歌、「ごめんね…」は真逆な感じがして、全く一緒なんです。
ただ、最後の選択が違うだけ。
といふことは、人生、人間ってのは、結局どんな畑にいようと、やはり、考えることは一緒なんだろうと思います。

この歌詞の、後悔する前に…
ってところですね。
後悔する前に手を打たないと後悔しかないですよ。
か、
「刀屋」のように、後悔してしまった、しかし、自分の思いようで、後悔は挽回できました…か、です。

つまり、行き着くところは違えど同じレールに乗っている。

わたしが「おせつ徳三郎」といふ噺を昨日、青春落語と言ったのは、ここなんです。
つまり、本能で生きていた時代があったでしょう、人間だったら…ってとこですわ。

それだけを伝えられたとき、「おせつ徳三郎」は究極、成功したよ、高座…ってなるんだろうと思っています。

「後悔先に立たず」といふ言葉、正論だし、合っていると思います。まさしくそうでしょう。

しかし、本当に、人間くさいのは、そのあとでして…
さあ、人間なんだから、後悔してしまいました。

さあ、この後どうしますか?といふところが1番大切なところであります。
で、そういう世の中の礼儀、常識、といふものが守れなかったときの本当の人間の姿、つまり、その先を、描くのが、落語なんです。
だから、「刀屋」って噺、嫌いじゃない。
人間らしい噺といふか、人間が格好つけずに1番知りたい人間の汚いところ、恥ずかしいところを描いているからです。

いまは、健康な落語が落語であり、が、主流でして、「相撲風景」とかも虐げられる時代になっています。

しかし、「芝浜」と「相撲風景」どちらが落語かと、いえば、圧倒的に「相撲風景」でしょうね(笑)

「芝浜」の夫婦の情愛、で、その先を本当は人間は知りたいのではないか?
こんな夫婦いるの?こんな出来たかみさんいるの?
ここが描かれているのが、「相撲風景」でしょう。

小便が我慢できない、で、終わるのが「芝浜」。
でも人間知りたいのは相撲観ていて小便我慢できない人、この後どうなったの?
でしょう。
もっというとその人間の本能を描いたのが落語だと思います。
だからこそ、大衆芸能だと思っております。

古典芸能ならば、「芝浜」でしょう。
ただ、落語は大衆芸能です。
となると、落語の本道をいくのが、「相撲風景」とか、「刀屋」ではないかな、と思っています。

だから、好きなんです。
1番知りたくないけれども1番知りたい、そんな本能をどんどん暴く、そして、人は完璧でないから、必ず失敗する、そのとき生む後悔の先にあるものを人間らしく描いたのが落語だと思います。
だから、「刀屋」好きなんです。
で、後悔の先にある人間の本能、「ごめんね…」は好き嫌いでなく、ちゃんと描いておりますわ笑
2018.06.18 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

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