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あわて床屋〜大正〜

第2145回
この人この歌

「無精床」って噺は、今日久しぶりにやってみたが、実に良い噺だな、とつくづく思います。

落語ここにあり、だ、と思った。
ただ、だいぶ、ストレスだったのは、ずいぶんと抜いたことだ。
もっと本来の形でやりたかった…
しかし、今の落語には、お客様が本来の無精床って噺をどこまでご理解いただけるだろうか、と思った。
よって、迎合も仕事のうちと些か悔しいが、抜いた。
無精といふか、本来、もっと嫌な感じで演じないとと、反省もしている。
私自身が結果、迎合したことは今は悔いている。
しかし、いま、この噺、本当にあまりかからなくなった。
それが、時代の流れだなあ、と悔しくてならない。笑

いまは、本来持つ落語の臭みよりも、より、落語らしくない、ライトなそして爽やかに笑える、そして、もっともっと落語からかけ離れた笑いを「落語」としているんでしょう。
それがやっぱりわたしは悲しい。
一昔前の寄席、つまり、わたしが、子供のころ通っていたとき、客席のご年配の方がえぐければえぐいほど、もっとやれ、もっとやれ、落語なんだから、と、喜んでおられたのを子供心に聞いて、とてもときめいた。興奮した。
そして、あの時、客席にいたあの時、落語とは、あり得ない、世の中が嫌がることをもっともっと落語家は大いに表に出して、そんなとき、落語の本来に興奮したんだ。
いまは。それはない。
なんとなくみんなでだましあっている感じが、もう、落語でないものを落語と定義している、時代なんでしょうね…

あのときのときめきを持ったわたしは寂しくてやっぱりたまらないんです。

もっともっと健康な、そして、当たり障りない噺、うーん、それ、落語なんでしょうか…笑

当たり障りが、バンバンあるから江戸時代から続いてきた。
どんどんその歴史を消している作業をいま、高座と、お客席が協力してやっている。
寄席演芸をガキのじぶんから観てきたら、そりゃもう悲しいだけですよ笑

自分が情けないのは、「たがや」といふ迎合がないと、「無精床」が出来なかったわたしだ。
情けない。、じつに情けない…。
いま、落語は確実に、変わりつつあります。

しかし、そこにヤバイヤバイといまから思わないと、未来、取り返しつかないことになるようにしか浮かばない、ってのが、大衆芸能落語の将来とは、本当に悲しい限りであります。

いま、落語は大衆芸能ではなく、芸術です。

八百屋さんがオリジナルで作ったサンドイッチを販売し、「あそこの八百屋のサンドイッチは美味しい!よし、みんなで評価しよう」…

それを落語全体がなっている、って事です、笑

落語は落語を観ないとなかなか厳しいんではないかな。
落語と芸術

これは、八百屋とサンドイッチ

ってことなんですけど…笑
2018.06.24 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

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