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鈴懸の径

第2151回
この人この歌
〜灰田勝彦〜

今日から落語協会寄席普及公演。
打ち上げ初日から、仙三郎師匠、正楽師匠に様々な話が聴けるのが嬉しい。

やはり、灰田勝彦となった。
灰田勝彦さんともお二人は随分仕事をされている。
灰田勝彦さんという方は本当にサービス精神旺盛だったようだ。
仙三郎師匠がある温泉宿で灰田勝彦さんと一緒になった。
しかも温泉でだ。
裸の付き合いの中から、灰田勝彦さんは野球が好きだから仙三郎師匠が野球の話をし始めたら、もうハイカツ乗りに乗っちゃって、最後は湯船で二人っきりしかいないところで高らかに野球小僧をフルコーラス歌ってくれたそうだ。
仙三郎師匠はそれが贅沢の極みだと、嬉しそうに話していた。
話変わって、正楽師匠の話。
正楽師匠曰く、「七代目の正蔵という人はかなり人気があったよ」
この話を聴いておやおや?と思った。
だって七代目林家正蔵は昭和二十四年前後じゃないかな、お亡くなりになったのは…

正楽師匠がまた赤ちゃんのころ。果たして何故に確信が持てるのかである。
小学生の頃、ラジオを聴きまくっていた正楽師匠は、特に子供のころは、素人がやる物真似番組にハマっていたそうな…

で、出てくる素人の方、みんな七代目林家正蔵の物真似をやるんですって。
しかも毎週そんなときが続いたらしい。
没後何年も経っているのに、七代目林家正蔵の真似を素人の方がおやりになる。
お亡くなりになっても真似する人が多かった、これは本当に人気のあった証拠です。
しかも当時ですから当然、今のように情報量が多いわけでない。
それなにのに七代目の真似をする方が、没後も多かったってのは、やはりかなり人気があった証拠である。
子供心に七代目林家正蔵って人は人気があったんだなあ、と子供心に思ったそうな。

さて、ハイカツの話に戻そう。
昔はキャバレー全盛時代。
もう有名無名問わずキャバレーの隆盛は凄かったという。
みな芸人はキャバレー廻りが主だった。
ビッグバンドも大きいキャバレーには名のあるバンドが当然入っている。
バンドが次のバンドと交替するときの演奏が必ずハイカツの「鈴懸の径」だったそうな。
「どこのキャバレーでもですか?」
「だいたいどこでもバンド交替のときは鈴懸の径だったね。あれがフルバンドでやるのが格好いいんだよ〜」

だから師匠世代が「鈴懸の径」を聴くとキャバレーバンド交替を思い出すそうな笑。

2018.07.02 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

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