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蒲田行進曲

第2218回
この人この歌
〜川崎豊/曽我直子〜

足立区生まれ足立区育ちのわたしにとって、やはり千住という町は昔ながらの繁華であり、それはまた今隆盛を極めております。

昔も昔のその昔、千住は映画や寄席がたくさんあったんです。
わたしが子供のころもかすかに2カ所くらいは記憶があります。
が、久しぶりに千住を調べてみました。
まあ、あるわ、あるわ、ですよ笑

まず、千住劇場、大正期に出来ました。大正5年に金美館となりまして、松竹や大映で、一番当たったのが「君の名は」でしょうね。
昭和36年に閉館だって。

中央館。昭和8年に開館。B級映画専門だったらしい。戦前、大都ってやつね、戦時中に大映と合併したあの大都。昭和19年閉館だって。知らなかった。

千住でも柳原地域にも映画館があったんだ。綾瀬館。昭和12開館。戦後は三益劇場となった。うーん、三益劇場ってのはなんとなく聞いたことある。昭和40年代に閉館したらしい。

寿劇場。昭和22年にスタート。こちらは地方芝居専門の芝居小屋。昭和50年閉館。東千代之介がよく出ていたってんだから、凄いわー。

ミリオン座。千住仲町にもあったんですよ、映画館。だからいまないけど未だにあそこはミリオン通り商店街って名前だけある。昭和25年開館。昭和57年閉館。千住では珍しい唯一の洋画専門映画館。うちの母親なんかはしょっちゅう行っていたそうな。

千住シネマ。こちらは新東宝系の映画館。昭和31年開館。昭和40年代にはストリップに変わったらしい。昭和44年閉館。

千住演芸館。名前は寄席っぽいけど映画館。千住で一番古い映画館だったそうな。大正末スタート老舗。昭和11年には千住東宝に改名。戦後はゴジラが当たります。昭和53年、八甲田山の映画で閉館。

大川亭。こちらは寄席。明治に出来て、大正には、千住会館と改名。昭和24年閉館。しかし、昭和29年には映画館として復活して、名前が千住日活。石原裕次郎や吉永小百合が銀幕で当たるが後に千住のポルノ映画館として有名になるものの、昭和56年に火事で焼失。しかし、昭和58年には白亜のビルになり、地下に千住名画座となる。平成9年閉館。この千住名画座、これはもう明確にわたし記憶があります。しかし、まあ、この千住名画座がまさか元は大川亭って寄席からスタートして、こんなに歴史ある流れがあったとは驚愕!

小松亭。こちらは落語ではない。浄瑠璃、浪曲など…明治末開館で昭和20年閉館。いまクリーニング屋さんの小松クリーニング。

千住新橋館。昭和三年開館。千住新橋降りたところには先輩方は懐かしい市電があった千住四丁目電停があり、栄えていたところにあった。千住柳町が色っぽいところだったから栄えていた。昭和40年には千住東映と改名。任侠映画があたる。昭和63年閉館。この千住東映はわたしもバッチリ記憶があります。

こうやって千住の映画館や寄席や劇場の類を調べると、千住って大衆芸能の町だったんですね。

思えばですね、戦前なら日活、東宝、新興キネマ、大都。戦後なら東宝、松竹、東映、日活、新東宝、大映って、千住には全ての映画があったんです!!

そして、千住の町には市電が走り、銭湯が怒濤の如くあり、なんとまあ芸能文化、大衆のスタイルブックだったわけですねー。
いま、若者に人気のおしゃれな町として人気の千住ですが、どうでしょうか、わたしはこんな情緒あふれる、下町千住であったころが羨ましくてならない。

ああ、下町はやっぱりわたしのふるさとなんです。

映画といえばこの歌、「蒲田行進曲」戦前のヒット曲ですねー。
2018.09.09 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

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2018.11.14 Wednesday | - | --

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