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好きになった人

第2280回
この人この歌
〜都はるみ〜

好きになった人、マルセルデュシャン。

この人をなんと紹介したらいいのか。
画家ですか、チェスをやる人かはたまた…

上野の平成館にマルセルデュシャンの展示をやっているとのこと。
これは行かねばと足を向けた。
マルセルデュシャンといえば油絵は「階段を降りる裸体No.2」が出世作か。
流石に凄味があり、とことん時間の足りなさを感じた。
もっともっとこの作品の前に止まっていたいと思ったのです。
しかし、このあとくらいからか、彼は油絵を一切やらない。
まあつまり画家としてのかつどうはしないのです。

そして、レディメイドへと彼は方向を転換していく。

レディメイド、つまり、既製品のものに手をくわえる。
その代表作の一つが男性用小便器の「泉」だ。

その前に「自転車の車輪」の作品がこのレディメイドの原点なのか、それはわからないが、レディメイドを芸術とする…このマルセルデュシャンという人がどれだけ後世の若き芸術家に影響を与えたんだろうか。
その影響はピカソをも超えると言った人がいた。

とにかく彼を知れば知るほど、わたしは何をしたくなるのか…

それは…

そう、更に彼を知りたくなるのだ…

わたしは落語で下品な内容のものを下品というのは嫌いだ。いや、大嫌いです。

何故なら落語である時点で、それは大衆芸能であり、なぜ、それを綺麗事にお客様に伝えるのかまるでわからない。
それは、落語という芸能の過ちだと思う。
落語はそうでないんです。
理性なんざ、落語家に問うのか?本能をそのまま噺を通して伝えてそこに人間のいやらしさ、汚さ、そんなものをダイレクトにぶつけていく、そこが落語が生き続けてきた本来であります。

いまは、落語家といえば、愛想がよくて、お客様に対応のよい、謙虚な感じの芸人が大変に受けるようです。
でも落語というのはそこをもってなにも成立していません。
何を伝えたいのか、それをオブラートに包んで綺麗事にした時点で聴いていて私ガッカリしちゃう…あーあー…っていつも思う。
落語でなくなった瞬間なんで、落語が好きなわたしにはとても嫌なんです。
お客様にそのもっていきかたが優しくても。
落語でないのが嫌なんです。

マルセルデュシャンがわたしは何故好きなのか、つまり、考え方が、、、そう、そういうことです笑

とても素晴らしい、ホントに芸術って好きなんだなーって。
好きが滲み出てくるってたまらなく惚れる。

わかりませんか?あー、売れたいだけなんだろーな…って高座みて思う瞬間を笑

そうでなく、あー好きなんだなー高座が…
そう、そういうところが好きなんです。
だから、わたしはスタイルは…うーん、変えませんね笑

マルセルデュシャンの墓碑名には「死ぬのはいつも他人ばかり」とあります。

これをどうお捉えになりますか…。

日本では都はるみさんの「好きになった人」が流行ってたころにお亡くなりになっていたと思います。

マルセルデュシャンの最期、その遺作、そこにこの方のすべてをみて、わたしは衝撃と感動をおぼえました。

大衆芸能の極みのようなお人だったんですね。

やはり大衆芸能は本能の芸能、わたしはいつもそう思っています。
2018.11.18 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

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2018.12.13 Thursday | - | --

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