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ふるさとは今もかわらず〜平成〜

第1982回・この人、この歌

〜新沼謙治〜

大分から戻ってきました。
三朝さんの地元三重町ってところで真打披露落語会だったのですが、いやはや、凄いね、300人満員、当日券が出せないってんだから。
お客様の陽気さも半端ない。
やっぱり披露目はこの陽気さでなけりゃいけませんね笑
で、落語会のあとは、近くのホテルで真打披露パーティーですよ笑

真打披露パーティー、わたしゃ一度でくたびれたが、流石は三朝師匠、パーティー好きがいかんなく発揮された。

300人の落語会来場の皆様のうち、100人くらいは、夜のパーティーにもおいでになったんだから、いやはや、三重町はもう、三朝フィーバーである、といふことだ。

ふるさとってのはいいよな、毎度、東京で生まれ育ったわたしには羨ましいのだ。
東京がふるさとではあります。
しかし、あの、「いやあ、我が町にお帰りなさい」と市長、町長、家族、近所、お客様、同級生、親戚…みんなが迎えてくれるのが、いわゆる芸人的ふるさとだ。
この感覚が私には生涯味わえない感覚なんだろうと思う。

大分空港から車で約二時間。
段々と三朝さんの生まれ故郷が近づいてくる、ああ、まだあそこにあれがあるとか、これは最近できた、とか、でもやはりふるさとは今もかわらないといふ。

それは景色が変わっても三朝さんの心の中にあるふるさとは、いつ帰っても変わらない。

それにしても三重町は素晴らしい自然があふれ、壮大なる緑、そして純粋、純朴なるあの光景、見れば見るほど、なんでこの人がこんなになったのかわからない笑
よく喋る人にはならないでしょうが笑
どのように彼が変貌を遂げたのか興味が出てきてしまった自分が情けない笑

パーティーの各テーブルをいろいろと観察をしたが、みんなが三朝さんが好きでたまらないのだ。

近所のおばさまたちは三朝さんではなく、ゆうきくんを待っている。

そして三朝さんの同級生の皆さんは、十数年ぶりの再会を瞬時に距離を縮めたのだ。

そして町ぐるみで応援している皆さんは三朝さんを郷土の誇りとしている。

こういう感覚は、ふるさとあるゆえの嬉しいことだ。
わたしも微笑ましく様々な光景を見いってしまった。
何より、三朝さんのご両親の喜びはなかった。

二次会に三朝さん、行ったようだ。わたしは一次会で失礼しました。

大分、ふるさとの夜は懐かしくも温かく更けていきました。
この度はおめでとうございます。
近年の歌です。「ふるさとは今もかわらず」、歌唱は新沼謙治であります。


さて、わたしも東京といふふるさとに到着いたしましたー。
2017.06.12 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

芽ばえ

第1981回・この人、この歌

〜麻丘めぐみ〜

おはようございます。
これから大分に行ってきます。
大分にて、春風亭三朝師匠の真打披露の落語会に出演です。
私が三朝さんの披露口上も申し上げます。
といふ大役でございまして…。
大分は三朝さんの出身です。
聞きましたら百席完売御礼といふ大盛況。地元の方々の三朝師匠への期待といふもののあらわれでございます、とともに、人気があるようです。
おめでたき場に私も仕事ととして伺える喜びたるやひとしおでございます。

三朝師匠のご両親にも久しぶりにお会いできそうで、喜びにわいている笑顔、想像するだけで嬉しくなります。

自分も去年、真打になりわかります。
本当にスタートは真打からだなあと。
だいたい責任が違う。
そしてもう冒険は出来ない。
と思っています。

冒険をしてもよい、しかし、その冒険の結果は全て自分で責任を果たさねばなりません。

先代猫八先生の座右の銘、芸人は覆水盆にかえらず、です。

この言葉を真打になると更に感じてなりません。

真打ってのは因果な商売です笑

とにかく様々な形でスタートなわけです。

真打昇進は本当にめでたいことだが、なった本人としては、皆落語家はそうだが、前座→二つ目に昇進したときの方が百倍我々は嬉しいですから。理由は、さほどの責任がないのと、修業からの開放、この理由にはかないません。

二つ目→真打に昇進したとき、あんまり嬉しくない笑
責任だけが重くのし掛かり、場合によっては、人によっては、真打になると格段に仕事も減るからだ。
えらいものになっちゃったな…真打なんて…

が最初に真打昇進伝達された感想だと思う。

わたしはおかげさまで、真打になっても変わらずやらせていただいていますが、わたしも二つ目のときと違うのは、「明日は我が身」と、「良いときと悪いときは紙一重」の崖っぷちな考えで気持ちの中で毎日いるといふ、真打らしい生活を送っていますよ笑

真打ってのは、精神論を保てるか崩壊するか、この背中合わせの仕事、といふのが私の真打の定義です。

まあ、とにかく、真打がスタート、と、ありふれたセリフが実は絶対的事実であります。

真打前から芽を出していた実力者が真打になったとたんに名前が消えてしまう場合があるし、真打前、全く芽が出ていない人が昇進後、物凄く芽が出る人もいる。
なんともはや、二つ目の時の人気や評価は非常にあてにならない。
二つ目のときはわからなかったが真打になるとよくわかる笑
関係ない、関係ない。

やっぱり真打のスタートです。
だからこそ、わたしは恵まれているなあと、日々、お客様や仕事に感謝しています。

さあ、三朝さんはいよいよをもって芽生えてまいります。

大分の生まれ、麻丘めぐみさんも生まれは大分、と、以前、NHKのラジオで一緒になったときにちらと聞いたことがあります。
この歌から麻丘めぐみのスターへの快進撃が始まりました、「芽ばえ」歌唱・麻丘めぐみであります。

ではまもなく羽田を発ちまして、大分へと向かいます。
とにかく眠い!!
2017.06.11 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

十九の春

第1980回・この人、この歌

〜神楽坂浮子〜

言葉ってのは難しい。
いま、わたしも含め、若い方は言葉を知らない、と言う。
確かにそうかもしれないけれど、言葉を知っている、知らないといふのは世代を超えて関係ないと思っています。

70代のご婦人に先日、「たけ平さんが好きな言葉なんですか?」
って聞かれたので、しばし考えて、「そうですね、芸人ですから、空約束って言葉が好きですよ」
と洒落で言ったのだ。

私なりには芸人らしい好きな言葉じゃないかいな、実際、そりゃ空約束なんざ、芸人嬉しいものです。

そうしたら、えらく怒られましたね。「まあ、空約束が好きなんて、信用失いますよ、芸人さんが…」だって笑

うーん、人生キャリアのある方だから、もちろんご存知であろうと、言ったことが仇になるの幕。

だから、人生の先輩だから、言葉を知っているといふ観念も、このことがあり私は捨てたのであります笑。
おそらく、そのご婦人は、「空約束」といふ言葉を、約束を平気ですっぽかす、とか思われたんだろう。

そんな下品な言葉ではございませんで笑。

芸事で「空約束」ってのは芸人の憧れじゃないかと私は思っている。
芸人じゃないと知らないとかではなく、いかに今、遊びを知らないで真面目に落語を聴いちゃう方々が溢れていることを象徴してしまう上記の例でいささかショックだったりして笑。

では、ご存知の方々も多かろう、空約束、とは、花柳界の色っぽい言葉で、お客様が「お座敷に今日は来れないが二時間仮に来たことにして、来れないけれど来たことにして、二時間分料金を払う」といふお客様の粋なご祝儀ということ。

むかし、まだまだ日本が元気だった、昭和二十年代〜四十年代の花柳界では、当たり前のようにこれが横行した。戦前までなら、日常茶飯事といったところ。

まあ、落語会で言うならば、今日、来場予定だったが、急遽用事が入り、行けなくなったけれど、今日の入場料だけは、払いますよ、っていふのが「空約束」。
なんとも粋な言葉で、知らない方なら仕方ないが相手がこの言葉を知っていて、「空約束」で怒られると、あゝ、なんて野暮なんだろう、この人は…とついつい思いたくなるのだ笑

急遽落語会に予約していたけどご都合で行けなくなり、祝儀かわりだからね、と、入場料だけ納めてくださる。

昔の話だろう、と思いきや、いやいや、わたし、先月の亀戸の独演会で初めて経験させてもらったのです。

ある70代のおじさまですが、急遽来れないという。ホールのスタッフの方々が慌ててわたしの楽屋に来た。
「師匠、○○さんといふお客様ご存知ですか?」
「え?○○さん?知っていますよ。よく来てくださる方です」
「急遽来られないと連絡いただいて困ってます」
「別に困ることないでしょう。よくありますよ、そういうこと。相手にも予定ができてしまうことも仕方ないでしょう」
「いや、おみえにならないのは仕方ないし、別に困らないのですが、その○○さんって方が、行けないけど入場料だけ振り込ませてくれ、ってきかないんです。困りました」

素晴らしいじゃないですか笑、これが「空約束」なんです。
いま、ご時世で困っちゃうのもまた時代なんでしょうが、ありがたくいただきました。

よくお客様に、「昔の言葉をあえてわかりやすく変換しないで落語をしてもいいのでは?」
と言われることがありますが、わたしもそれは賛成ですが、間違ってその言葉を取られた日にゃ、落語の筋、勘違いして解釈されちゃ困っちゃう。

「空約束」、本当は「たちきり」にだって出てくる。
「あー、お梅ちゃん、あなた何やってたのよ、小川の旦那がね、空約束だって3日分つけてくれましたよ。早く小川の旦那のところにお礼を言いに…」

空約束がわからないともはや、この粋なシーンは、勘違いと化してお客様の想像を崩壊してしまうのであります。
だから、悔しいがカットしちゃう、わたし…
良いシーンです。筋には関係ないが、花柳界の雰囲気が出ている、素敵なシーンだけに、「え?その小川の旦那って人、ドタキャンしたの?」なんて思われるならここを描写しない方がいいかな、と思ってしまう、わたしをお許しください…笑。
ドタキャンはしているけど小川の旦那がいかに素晴らしいか、って描写なんですー。
いい言葉です。
「菊池寛先生が執筆がのびちゃって、空約束、7日〜10日までつけてくださいました」
菊池寛といふ先生は花柳界がお好きでしたから、例でよく拝借させていただきます、わたし。
空約束をつける、良い言葉!綺麗。
この意味をお分かりいただいたら、芸人が好きな言葉、「空約束」、ご理解いただけるんじゃないかな、って思うんです。

また昔から落語が好きなおじいさんに先ほどのおばさまの話をしたら、「だって落語に花柳界の噺なんか宝庫でしょう?落語を聴く、なんて、だいたいは、花柳界で遊んでいた延長みたいな娯楽なんだから、そんなあくまで遊びの気持ちで聴いたらいいのになあ…」ってこぼされていました。

まあ、このおじいさんほどは極論としても、確かに落語を聴いて怒っちゃいけない笑
そりゃ、ルール外だとか、失礼がお客様に対しあったとか、高座に身が入ってないとかなら大いに怒るべきですが、空約束とは失礼な、とかは、ちょっと…笑

で、我々も言葉知らずでわからないことがあるから、我々の場合は、いや、わたしの場合は、知らないことは言わない、です笑。
損ですから笑。

こっちが恥かくの嫌ですから、こっそりあとで勉強しちゃう。
それが得かな、と。

落語を聴いてマジになっちゃいかんです笑

それが全体論、落語観念ではないかしら。

あんまり噺に考えちゃ、入場料払ってむしろ損ではないでしょうか?と、私はのべつ寄席に通っていたから特にそう思うんです笑。

バカなことを聴く幸せってのは、人生とても贅沢なことで、噺には矛盾があるから落語でしてね…笑

全部をカチッと筋通したらこんなにつまらない芸能もないかな、と思います。

落語家は矛盾をなんらかの意図をもってやっていると、、、わたしは、そうしています笑。

「空約束」、わたしは好きな言葉です笑

だいたい、色気がある。

神楽坂浮子さんとお話したら、やっぱり「空約束が多いお客様は、花柳界のスターよ!若い子に浮子姐さん、○○さん、空約束つけてくれました!って遠くから明るい声で言ってきたときわたしも嬉しくなっちゃったわよ。」と言い切っておられたのを思い出します。
わたしにだって様々な思い出があるだけにやっぱり浮子姐さん、忘れられないです。

華やかなる、神楽坂より色気も嬉しくいきましょう、お久しぶり、神楽坂浮子歌唱「十九の春」お送りします〜。
2017.06.10 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

ディスコ天国

第1979回・この人、この歌

〜三橋美智也〜

熱海ってのは結局わたしの癒し処となり十年以上は経過した。

みんながあたたかく迎えてくれる。
めしがうまい。
時間にとらわれない。
いちいち細かくない。
落語の話をしない。

これを天国といわない咄家は居ないだろう。

別に上記に甘えているわけでない。
熱海の人はしっかりと素直な落語の笑いってのを取得されている。
ストレートな伝え方、それがまたストレートに伝わる。
途中にブレスや脇道はないのである。

わたしには熱海といふ地にたどり着いた物語があるわけだから、そうですね、ねずみ穴の兄貴の気持ちも少しだけわかる。
わかるところは、「人には言わせておけばいい」ってところとか、とにかく、自分で切り開こうとした場所への想いはあまりにも強すぎる。

またわたしは幸せだったのは未知なる土地で出会った人達がこんなにも私が嬉しくなる人々だったとは。

普通にね、ふるさとのディスコハウスに入るが如く、人々が老若男女、隔てなく楽しんでいる世界が広がるのが熱海ディスコハウスと言ったところでしょうか。
ディスコなんて五月蝿い感じもしますが、三橋美智也の歌声でディスコ歌謡を聴いてみるとそこの感覚は一気に変わる。

優しいんですよ、もちろん三橋さんの哀愁ある歌声が。
疲れたらどうだい?みんな町の人達、村の人々が待っている郷里ディスコハウスにいつでも帰っておいでよ。
そんな気持ちにさせるのがミッチーの「ディスコ天国」であります。

わたしは田舎ってのがないから、熱海に異常に郷里感を持ってしまうのだと思う。
いつでも帰っておいでよ。
そんな空気をたくさんいただける。
そして、熱海にくると、この歌じゃないが、俺らも浮かれてひとおどり〜

ってなもんですよ。

わたしのような仕事スタイルの人間がこういう帰りたくなる場所があるってのは、幸せなことなんだと思います〜。

さあ、ミッチーの三橋さん、昭和30年代の立役者大スターですが、また昭和50年代、若者に人気となります。
世はディスコブーム。
唄いました、三橋さん、「ディスコ天国」。

わたしね、第一次のディスコブームも二次のディスコブームも好きなんですよ。
なんだかんだで、「お富さん」とか「達者でナ」とか昔をリスペクトしてディスコ歌謡となり、若者が歌い、踊ったわけ。

やっぱり昔は若者だって魅力的ですよ、このあたりを面白いって思ってくれるわけです。
こういう感覚が人付き合いのとき、わたし、好きな姿なんですねー。

和製ディスコは「セクシーバスストップ」などを発端とし、メドレーものが流行り、ソウルなんちゃら、とか、ディスコなんちゃら、って名前の歌が次々発表され、新しいものはもちろんですが、「酋長の娘」や、あとは、民謡ものもディスコブームでアレンジされたりと、当時の若者も昔の歌がディスコで流れたわけでございます。
2017.06.09 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

愛燦燦

第1978回・この人、この歌

〜美空ひばり〜

愛燦燦の歌詞を新幹線で読んでいた。
ちょっとこの歌についての感想を求められるインタビューがあるから。

全く落語家ってのは、様々な仕事がございます笑

この歌詞を素読みしていたら、至極最もと我が身の心に突き刺さった。

わずかばかりの運の悪さをうらんだりして…
それでも過去たちは優しく睫毛に憩う…

思い通りにならない夢をなくしたりして…
それでも未来たちは人待ち顔して微笑む…


なんとまあ、歌詞がこんなにも教えてくれるとは…

わたしは歌本来の楽しみを戦前〜昭和三十年代に喜びを見いだしている。

なぜならそこには、「夢」「希望」「憧れ」を歌うからだ。
悲しいこと、細かいこと、切ないこと、を、ダイレクトには伝えない洒落たものが多い。
「夢」「希望」「憧れ」の中に一瞬見え隠れする隙間にサッと哀愁を感じ、そこにちゃんと明るいメロディの中で悲しいことや切ないことを大衆に伝える、毎度わたしが言う日本人らしい「照れ」で表現し、また、このくらいのアピールで、当時の大衆はその隙間をキャッチしたのだ。

しかし、いつ頃か、悲しいは悲しいと、切ないは切ないと、ダイレクトに伝えないとちゃんと伝わらない文化が到来し、歌謡曲がそう変貌をしていくのだ。

そんな時代の中で、「愛燦燦」は矛盾承知で例えるならば、「新しい懐メロ」だ笑

現代的なのにメッセージの伝え方が実は古典なのだ。
もちろん旋律などは全く古典でなく、あゝ、新しいと思う。

そういう外見的なことではなく、「聴く者への伝え方」が、やや、古典的である、あくまで古典ではない、現代的なのに古典的手法で伝える現代的楽曲だ。

戦前の「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」の「男柳がなになくものか…」とか「泣いてくれるなホロホロ鳥よ…」とか…こういう伝え方の現代版が「愛燦燦」の伝え方なんだろう。

男ならわかるが、男柳が…?ん?
なんでホロホロ鳥の登場?ん?

しかし、遠回しにつまりそこに「哀愁」が流れる。

比べて「愛燦燦」はもっとダイレクトだから、やはり現代的ですが、現代的な流行りで遠回しに伝えたら…
「過去たち」?「未来たち」?
わかります、わかるけど「たち」?え?つける?過去や未来に?

優しく睫毛に憩う???

つまり全く世界観や観点もまるで違うが、削いで削いで徹底的に削いだら、伝え方、いや、伝わり方が正しいか、とにかく同じ位置にストンと来るのだ。

だから、「愛燦燦」をじっと歌詞を読んでしまった。
メロディを聴いたら私が合点いく旋律ではないかもしれないが伝え方が実は古典を現代的に伝えたら…
に繋がるんです。

だからわたしは「現代の懐メロ」と言う。

九州や山口は梅雨入りをしたそうな。確実に1日、1日、時代は過ぎ去っていきます。

雨潸潸と。
そんな季節になりました。お天気お気をつけくださいませー。
2017.06.08 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

スタコイ東京

第1977回・この人、この歌

〜菊地正夫(城卓矢)〜

好きなセンスってのがそれぞれでありませう。

先日、劇団新感線のお芝居を見に行った。
わたしが好きなベースでした。
つまりは世の中がどれだけ変わってもベタにかなわないんだ、といふ、日本人の良さがある。

よく質問されるのが「たけ平さんにとって、お洒落であるってどんなのですか?」

ベタである。スマートである。嫌味なき皮肉である。別も愛する。の、四点が欲しい。

中で、別も愛する、ってのは言葉不足か。

先代文楽師匠は、古典の名手。でも背広がかっこいいんだ。
古典の名手なのに。

サブちゃんの歌声をスーツ姿の舞台で聴きたい。

林伊佐緒のジャズ民謡か。
自分の本職テリトリーでない部分を心から愛して人々に表すことが洒落ている。
かっこつけるだけの浅いのは洒落てない。
心から愛している自分がそこにないと洒落てない。

戦前の流行歌全般が好きなゆえんかもしれない。

バタやんの「大利根月夜」を演歌で聴きたくない。
バタやんは演歌じゃないもの、なりやすい楽曲なのに。
だから洒落ている。

先代三平師匠の「枯葉」は、洒落ている骨頂でしょう。
志ん朝師匠が銀座よし田の蕎麦屋で一番コロッケ蕎麦がお好きでした。

もりそば、かけそばでなく、コロッケ蕎麦なんです笑
別も愛する素晴らしさ。

しかし別も愛するといふのは、難しい。
その人が本物でなければいけない。
つまり、基本が基盤がちゃんとあるか、あればこその「遊び」ができるか、が、勘違いするところ。
本流がしっかりしていたら、本物の人の「遊び」は実にかっこいいんだ。

城卓矢さんの前名、菊地正夫時代の歌唱作品「スタコイ東京」を聴いてください。
このセンスが好きなんです。
何かを感じてほしいんです。
センスってこういうものだと、わたしの好きな世界ってこういうことなんだ、と、歌の世界は私に教えてくれました。

いま、落語に、講談に、浪曲に、わたしの好きなセンスがあったらもっともっと嬉しいのに…笑
2017.06.07 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

満州想えば

第1976回・この人、この歌

〜音丸〜

クローズアップしたい流行歌手は数々あれど…

今日は音丸であります。

鶯芸者歌手ラインのお一人です。
あくまでライン。

音丸って人は、うちのじいさんも付き合いってわけじゃないが、よく知っている。
昔、履物商をうちのじいさんはやっていた。
うちのじいさんは北海道の室蘭で生まれる。
兄弟がたくさんいまして、中でうちのじいさんだけ履物商。
他の兄弟はみんな医者ってんだから、ことによったら、わたしの人生も変わっていたかしら笑

で、北海道から出てきて、都内で履物商をやっていた人が多かった。
なぜでしょうか?
現役時代、うちのじいさんは防寒草履なるものもこさえていて、あざらしの毛とかでこさえる草履。

だから北海道への需要は多かったのかもしれない。
よく我が家足立区から車で青森まで運転し、連絡船で函館に渡り、って仕事をうちのじいさん、行き来していたのを思い出す。

まあ、元気なわけですわ…笑
わたしも一度子供のころ、ついていったことがある。
あのとき初めて今は無き、連絡船に乗った記憶がある。
まあ、それはいいとして。
北海道から出てきて履物商をやっていた人達が必ず月一回、郷里の話をするためか、商売の話をするのか、団結を深めるためなのか、「北栄会」といふグループを作り、月一回、浅草の料理屋で会合していた。
なかなか昭和な粋な、それでまた善き時代だ。

うちのじいさんも足立区から車でよく浅草まで夜、出掛けて行ったのを覚えている(じいさん、酒飲めない)。
「今日は北栄会だから」と。

なんだろう、よく落語に出てくる履物問屋の旦那の如くだ。

その会の集まりは毎回、資金を会計係が集めたり、プールしたり、と、楽しんでいた。
その座敷の北栄会の余興で、花村菊江、音丸、美ち奴、こまどり姉妹、赤坂小梅、小唄勝太郎、市丸、神楽坂はん子、照菊、神楽坂浮子等々、鶯芸者歌手を呼んでヒット曲を歌ってもらってた、ってんだから、実に贅沢な北栄会、そして、時代が良かったんでしょう、儲かっていたんでしょうね、履物業界。

で、やっぱり下駄屋の娘が歌い手になった音丸の出演回数が多かったようで。

座敷で酒肴、そこで、本人が「船頭可愛いや」「下田夜曲」「博多夜船」等々やられた日にゃ、こりゃ、わたし、北海道生まれでなくても毎月出席しますよ笑

また北栄会に来る社長連はうちのじいさん世代だから大正初めから大正末期生まればかり。
音丸なんざ、もろ青春時代の歌声です。

そりゃヤンヤヤンヤは周知の事実でしょう。

音が出るレコードは丸いから音丸。

なんだか、落語家みたいな発想で出来上がったお名前のようだ笑

満州ものもまた音丸の味でございます。

「満州想えば」歌唱・音丸。

あの目が好きです笑
あと口の動きが好き。
2017.06.06 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

女給の唄

第1975回・この人、この歌

〜羽衣歌子〜

先日は銀座バーキュウでした。
いやはや、モボ、モガに今の銀座を見てもらったら、腰を抜かす変貌ぶりだろう笑

だってこんな若僧ですら、都度銀座に来る度に店が変わり、いよいよ方向音痴泣かせであります。

銀座にまつわる唄は多い。
銀座は戦前より流行歌のかっこうの舞台と相成る。

「銀座尾張町」の東海林さん、「銀座セレナーデ」は藤山さんだ。「かりそめの恋」三条町子。「銀座の雀」の森繁先生、「銀座の蝶」は大津さん。「金座銀座」の二村定一。「なつかしの歌声」は藤山・二葉ご両人…きりがないからやめましょう笑

中で戦前の「女給の唄」(羽衣歌子)と戦後の「かりそめの恋」(三条町子)は、銀座で働く女性の妙に対をなしていて面白い。
「女給の唄」は女性としての哀しみと同時に銀座繁栄の楽しさも描く。
これが「かりそめの恋」となると、焼野原から日本が復興する、平和が戻り、また普通のくらしを、いや、普通でないから銀座の夜の女になるのか、そのあたりはわからないが微妙に「女給の唄」とはあたりが違う。
さあ、ここに、昭和30年代の「銀座の蝶」(大津美子)が入るとまた趣が変わり今度は純粋に?夜の銀座の女性を描く作品になり、それから昭和40年代のムード歌謡への流れ、が、見えるようである。

銀座の華やかさがまた妙に一人の女性の哀しみに重なりつらい。

「ネオンライトで浮かれておどり」と歌うがそのあとに「さめてさみしい涙花」と歌詞が続く。

まさに「明暗」が錯綜するところが非常に表現豊かである。

銀座ってところは、渋谷・新宿よりもいち早く、女性をドラマとして描ける、まさに繁華だったわけであります。

しかし、戦前の歌は洒落ている、演歌のように重々しくない。あくまで流行歌であり、旋律も実に気持ちよく、リズムがいい。

悲しいことはより明るく、まさに流行歌に欲しい理想の作品の一つであります。
「女給の唄」歌唱・羽衣歌子であります。

浅草オペラの羽衣歌子の歌唱動画映像を東京12チャンネル「なつかしの歌声」といふ番組ではちゃんと残してある。
つくづく素晴らしい番組でございます。
2017.06.05 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

誰か夢なき

第1974回・この人、この歌

〜竹山逸郎/藤原亮子〜

今日、FMカオン「楽語の時間」の6月分の収録をしました。
で、久しぶりに「誰か夢なき」を聴いたんだけど、あゝ、好きな唄だなあ、って知っているのに再感動いたしました。

確かにいろいろ流行歌をのべつ聴いている生活だが、「誰か夢なき」は、とんとご無沙汰だったから、新鮮に聴けました。

映画東宝の「誰か夢なき」。戦後すぐに近い唄なのに何故にこんなに美しいメロディが何故にこんなに美しい歌詞が作れるのか、全く意味がわからない。

戦争で文化もセンスも芸術もみんな封じられても、色褪せないのが本当に人の才能たるや偉大であります。
まず、「だれ」じゃなくて、「たれ」ってのが美しい。「誰か故郷を想わざる」も「たれ」ね。
美しい。

そして歌うのが竹山逸郎に藤原亮子、といふところがいい。
良い意味で、ギラギラ感がないから、歌に集中できるのだ、わたし。

あゝ、おもいっきり、歌漬けになりたいなあ。
もう最近、なんだかんだでやることが多く、ちょいとそっとなりたい…歌とともに笑

「誰か夢なき」は昭和50年代、小畑実さんがカバーして、話題になりました。
でも小畑さんだと「いかにも」、「似合いすぎ」です笑

でね、竹山さん、藤原さんご両人がたまらないんですよ。
竹山逸郎といふ歌い手は、なんといっても「異国の丘」で有名です。「泪の乾杯」「熱き泪を」「月よりの使者」、「月よりの使者」は、藤原さんとやっぱりデュエットです。等々、有名な曲があります。
藤原亮子といふ歌い手は、面白い。
男性歌手とデュエットしてヒットってのが多いから不思議。
「朝だ元気で」(柴田睦陸/藤原亮子)
「湯島の白梅」(小畑実/藤原亮子)
「勘太郎月夜唄」(小畑実/藤原亮子)
「月よりの使者」(竹山逸郎/藤原亮子)
「誰か夢なき」(竹山逸郎/藤原亮子)
等々、なんだか、みーんな、男性歌手のソロみたいなイメージになってて、とってもわたしは怒っております!(プンプン)。

藤原亮子といふ歌い手、ちゃんとアピールしていきたいところであります。

よし、夏だか、秋だかにやろう、FMカオンで「藤原亮子の世界」。

わたし、藤原亮子って歌い手さん大好きなんですよ。向こうはどう想うか知りませんが…。

まず、良い塩梅に相手歌手をたてる、この謙虚さに見えるところ。
そしてギラギラしていないところ。
なんとなく哀愁をたまに感じるところ。

って、ここまで書いていて、今、ここまで藤原亮子をクローズアップしている人が日本全国にどのくらいいるだろうか?とか考えてしまった…笑

だからね、クローズアップしたいんです。

そうです、まずは、皆さん、「月よりの使者」と「誰か夢なき」の二曲、必ず聴いていただきたい。だって本当に素晴らしきいい唄ですって。

流行歌が好きなたけ平がなんとなく…あ、だから好きなのかな〜とかお分かりいただけるかもしれません、って別にどーでもよい方は、大丈夫です笑。

押し付け嫌いだけど、いい唄だと想うんですよ、二曲とも。

当時流行りました、「誰か夢なき」歌唱・竹山逸郎/藤原亮子でありますー。

映画の方も大河内伝次郎とか黒川弥太郎なんてスターが出ているのがやはり時代ですね。
敗戦後、時代劇が上映できないご時世ですね、いわゆる規制です。だからこういう時代劇スターが出ている、これがまた歴史を感じます。
2017.06.03 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

FMカオン「たけ平の楽語の時間」番組表

FMカオン「たけ平の楽語の時間」
FM84、2メガヘルツ
可聴エリア外の方は、サイマル放送のためパソコンで全国可聴。
詳しくはFMカオンホームページをご覧ください。

司会・林家たけ平
毎週水曜夜7時〜
再放送毎週土曜朝9時〜

◎6月の番組放送表

○6月7日放送
[漫才]
・上方柳次・柳太「板前修業」
・フラワーショウ「お笑い女性の職業」
※男性コンビ、女性グループの懐かしい漫才をお楽しみください。
[唄]
〜世代交替の歌声〜
・ミネソタの卵売り(暁テル子)
・ひばりの花売娘(美空ひばり)
・高原の駅よさようなら(小畑実)
・ヤットン節(久保幸江)
・東京の椿姫(津村謙)
・娘十九はまだ純情よ(初代コロムビアローズ)
・ゲイシャワルツ(神楽坂はん子)
※ちょうど歌い手さんが世代交替を迎える頃の歌声特集です。


○6月14日放送
[落語]
〜本寸法で聴く噺〜
・古今亭右朝「片棒」
・古今亭右朝「持参金」
・二代/桂枝太郎「磯の鮑」
※「片棒」はほどよく崩すが本寸法、「持参金」は真っ向勝負が本寸法、「磯の鮑」は随談調語りが本寸法。その真髄をお楽しみください。


○6月21日放送
[漫才]
・暁伸・ミスハワイ「お笑い婦系図」
・東五九童・松葉蝶子「私はジャズシンガー」
※上方漫才の男女コンビの掛け合いをお楽しみください。
[唄]
〜焼野原に響く歌声〜
・リンゴの唄(並木路子/霧島昇)
・東京の花売娘(岡晴夫)
・かえり船(田端義夫)
・三日月娘(藤山一郎)
・港が見える丘(平野愛子)・胸の振子(霧島昇)
・誰か夢なき(竹山逸郎/藤原亮子)
※戦後すぐの歌声の特集です。


○6月28日放送
[落語]
〜よみがえる!枝太郎・正蔵ふたり会〜
・二代/桂枝太郎「子故の春」「旅行会」
・八代/林家正蔵「累草紙」
※同年代の名人。タイプが全く違うから落語は面白い。そんなところをお楽しみください。

★これからもFMカオン「たけ平の楽語の時間」、お楽しみください。
2017.06.02 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

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