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涯なき泥濘

第2358回
この人この歌
〜小野巡〜

昨日の雪はなんとかおさまって、ああ、涯なき泥濘は逃れたわけであります。

ただ、また東京は雪があるらしいので注意は必要だそうな。皆様もお気をつけくださいませ。

昨日、紙切りの正楽師匠が、紙切りのお客様の見方が変わったとおっしゃっていた。

いまは、作品が出来上がると凄い!となるそうで…。

「たけちゃん、どう思う?」と言われたので、それは紙切りではないのかな、と、思った。
「わたしは、寄席に通ってたとき、紙を切っていること自体に驚きましたけど…」

言ったら、激しく同意されてうれしかった笑

これは持論ですけど、いま、求めるものがなぜか高いんですよねー、お客様が。
寄席です、落語ですよ、笑

紙切りの出来上がったものを驚く前に、まず、人前でなんの下書きもなくリクエストされたものをその場で切っていることに驚いてください笑

と言うか、寄席の紙切りって、そこが真髄ですよ。
作品の出来上がり云々で感激する意味が正直わからなくて、、、。
私はその場でいきなり切っていることに寄席でびっくりしていました。むしろそこがピークですよ、寄席がホントに好きな方は。

だって、芸を売るのが寄席で、芸術を売るわけでない。

紙切りの出来上がった作品を見て感心する。
これ、寄席ですか?笑
美術館の芸術ですよ。

紙切りをいきなりやる。
つまり、瞬間芸、これが面白い。これだと芸術でなく、芸なわけです。

曲芸になにを求めます?
その場その場の瞬間芸。
落語になにを求めます?
その場その場の面白さ。

寄席は一期一会です。 
瞬間を都度楽しむものなんです。

いまは、紙切りの作品のクオリティーに驚いたりして、いささか、人というのは、その世界に詳しくなればなるほど悲しい。

つまり、その上のその世界に元来ないものを刺激が欲しく求めてしまう。
そしてご自身が欲したものが手に入らないと「つまらなかった」とか「もう聴かない」とか…こうなってしまう場合もあるみたいで…なんか大変ですよね。


考えてみたら、マニアックに一番なりやすい大衆芸能、それが落語です。

皆様、気をつけてくださいねー。笑。すぐなれちゃいますからー。笑。もう戻れなくなると、そう、本来の落語の、寄席の面白さでは、満足出来ない体、頭に無意識になっていたら…とっても悲しいです。
私は寄席が好きなんです。 だから、絶対戻れない体になりたくない。 だから同じ噺しかしないですよ。
 
その気持ち忘れた時、いやだなー。笑

いまは落語が好きなお客様専門のものは多いけど、大衆への落語の発信がまるでない。
それは大衆芸能としては、うーん、…おかしな話でして…。


いまこそ、落語を、寄席を、もっと初体験の方に分かりやすく発信してほしいです。
落語畑が出来ている方へのサービスばかり強いのがホント嫌ダナーって思っちゃう。
 新元号では、落語がまさに大衆的であること、これが理想でーす。
 さあ、泥濘は天候だけでないです。小野巡さんの歌声はやわらかくて大好きであります!

2019.02.10 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

雪と兵隊

第2357回
この人この歌
〜東海林太郎〜
  
積雪。都内。
何となく景色は澄んでいて良いもんだ!!
うん、家にいるならば!!笑

あー、寒い、今日これから2カ所。
でも子供のころって考えてみたらこの位の寒さってよくありましたよ。

だいたい、氷柱って都内でもよくみました。
 え?足立区梅田だけ?

よくわからないが、氷柱うちも垂れてましたよ。

バケツの水は凍ってましたし、それを綺麗に取り出してフリスビーみたいに遊んでたのが懐かしい。

それがですね…いまや、はい、何度も窓から外を確認し、降ってくれるな…と祈る悲しき41歳であります。笑

こんなときは懐かしの歌声を。
東海林太郎さん「雪と兵隊」でいってまいります!
2019.02.09 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

くそくらえ節

第2356回
この人この歌
〜岡林信康〜

懐かしいところで。
よく子供のころうちの近所のおじさんが歌ってた。
なんだろ、秩序も礼儀も重んじるのはよいけれど、そういう人ほど相手を傷つけるんだ、ってことに気付いていないのか、って歌でしょう、簡単にいえば。
好きですね。こういうの笑


その人が好きだからこういう話題を振ろう、とやってみるが、それは単なる自己陶酔で相手のことなーんにも考えてないで押し付ければ、それでスッキリする。
わたしは、おれは、あいつにこうしてあげたんだ。

そういうのが大嫌いなんです。
と、近所のおじさん言ってましたよ。笑
酒浴びながら。好きだなあー。
全く同意見で今なら握手したいくらいです笑 酒飲めないけど笑

綺麗事=立派な人

どうしてこうなってしまったのか、若い世代でないところに多いからちょっと驚いてしまうんです。

だから、全然違うスタンスだけど、また若い方々の中で一昔前のフォークソングが流行ったときと同じような空気があるようです。

その話をあるエンジニアの方から聞いたときに、思わずうなずいてしまった。

ほおー、世の中廻るといふが、ふむふむ、ホントぐるぐる廻るんだなーって。

自分が傷つくというのは、その前に相手を知らぬうちに傷つけている場合が多いと、ある関西のお医者さんがおっしゃってました。

人と人の付き合いってそりゃ難しい。
なんで難しいんでしょうか。
考えているふりを互いにしているからだそうな。
なんだか。不思議なのが、1960年代の後半の岡林信康さんや高田渡さんを聴いていると自然と世の中の道理ってのが、案外、今も昔も変わらないってことに気付くわけでして笑

時代の流れにちょっぴり安心したり、また立ち止まったり。

平成のあとはどんな元号なんでしょうか。
なにになろうが、多分、この人の根幹は変わらない、そこがまた宜しいのかなっておもいます。
さあ、岡林信康さんの歌声の登場でーす。
2019.02.08 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

走れコータロー

第2355回
この人この歌
〜ソルティーシュガー〜
 
今日は神奈川海老名にてFMカオン「たけ平の楽語の時間」の収録でした。
この番組で初めてのフォークソング特集。

そうなんですよ、もうね、そういう時代なんですよ。

いまの先輩方の青春時代はフォークソング!
やはり特集はしなければいけません。

もちろん、これからも昭和戦前からの名曲もガンガンやりますが、やはりそこは電波。
やらねばならない時がございます。

1960年前半からのGSブームを経て、後半には、私も大好きな岡林信康さんや、高田渡さんの登場とともに、フォークソングも幅をきかせていきます。

そして、1970年代になりますと、レコード会社がフォークソングの需要を大いに認識をしていく、つまり、レコードが売れることが分かってきた。
そこで、チョイとフォークソングのカテゴリーといふか、定義も変わってきたとでもいうのか、いよいよもって幅広くなっていくわけです。
場合によってはアイドル路線もまたフォークソングへ。
ともなっていく。
不思議な時代ですよね、フォークソングといふものが真逆のものと手を組んで、それがまた成功をしていくわけです。

この頃になりますと、世の中をハスに見ようとか、チョイとやさぐれてみよう、といった、いわゆる日本のフォークソングらしいものの色がチョイと薄れていくわけです。
それが恐らく昭和五十年代ではないでしょうか。

「走れコータロー」ね、この歌なんざ、昭和45年ですから、やっぱりハスに見てるんですよ、ちょっと皮肉名ところが残っていて、ああ、フォークソングだよな、って思うわけであります。
楽語の時間、引き続きどうぞよろしくお願いします。
2019.02.06 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

狙いうち

第2354回
この人この歌
〜山本リンダ〜

寄席で紙切りが面白い。
ご注文いただくと切るわけですけど、その注文いただいた内容の曲をお囃子さんが弾くんです。
一昨日、アイドルの嵐のご注文が出たときは、嵐の曲弾いてるんだから驚いた笑
 
寄席のお囃子さんってのは大変なものですよ!

先日先輩から聞いた噺。
紙切りのお客様からのご注文で「宇宙戦艦ヤマト」って注文があったそうな。
当時の寄席のお囃子さんは明治、大正生まれのお囃子さんばかりでしたから、よくわからない。
感覚でこんな感じかな?と、弾いたのが「軍艦マーチ」だったようで…
当時の前座さん、太鼓叩きながらひっくり返って笑ったらしい。

凄いのは軍艦マーチを弾ける凄さも感心しちゃう。
寄席は面白いです。
是非ともご来場くださいー。
そんな曲の狙いうちで囃子
が聞こえるんですから笑
2019.02.05 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

ラジオ体操の歌

第2353回
この人この歌
〜藤山一郎〜


節分。
季節を分ける。新たな季節のスタートです。 
おめでとうございます。
 
我々芸人は1月のお正月。そして、2月3日の節分。
そして、毎年おとずれる2月の初午。
これはとても気にします。

とはいえ、いまや、初午を気にする寄席芸人も根岸の林家だけになってしまったのが残念ではあります。

この節分といふのはあらたな年のスタートなわけでして、実に気合いが入るのであります。
そして、良い仕事をしていこう、と再び誓うのであります。

わたしは、よく、後輩の方が「どういうスタイルで仕事をしていけばよいか?」と問われた時に、特定のお客様にとらわれるような仕事をしないこと。
これだけを話します。
よくこの噺聴いたことある。
それはその人であり、殆どの方が然程聴いていないならそれでいいのです。

という気持ち。
これは、落語を聴いていただく人口を増やす意味ではとても大切なことなんです。
もう、落語が大好きな人ばかりを


今日は、赤坂豊川稲荷で豆まいて、池袋演芸場で豆まいて、夜は谷保天満宮で豆まきました。

そして、いま、家で豆まきました。
うん、これだけまけば今年は縁起が良いだろう〜笑

かなり指先が豆くさい笑

皆様にとりまして素晴らしい年になりますように。
おめでとうございます。

新しい朝が来た〜。
2019.02.04 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

噂の女

第2352回
この人この歌
〜内山田洋とクールファイブ〜

この歌は、元々森進一さん想定に生まれた作品であります。

まあ、それはともかく、落語の世界には「噂の女」はよく出てくる。

いま再考しているネタは二つ。口演するしないは別として再考している。

「つるつる」「品川心中」である。

先日、「品川心中」をやってまたこの歌ブログでも記載したが、なかなかの女である、あのお染といふ女は。

しかし、あそこまで「哀」といふものが背中に映る落語の女は知らない。
「お見立て」「三枚起請」「首ったけ」なんかにも噂の女はよく出てくるが、「品川心中」のお染は群を抜いて斜に構えている。

「つるつる」に出てくる小梅って芸者はどうだろうか。

わたしは好きな噺ではあるが、なかなか今のお客様の心を掴むには時代が難しく苦悶の高座となる。
何度か勉強会でやってもなかなか上手くいかない。

いまのようにスタイリッシュ落語ならなんなく出来てしまうと思う。
しかし、本来「つるつる」がスタイリッシュになるわけもなく、いわゆる大間や視点をごませばお客様はなんとなくこの噺も面白いとなると思う。
しかし、この噺は絶対それはやりたくない。
寅さんの台詞をかりれば、それをやっちゃおしまいよ、なんですけど…。

いまは出来ちゃうだろうなー笑

出来るわけもない、といふネガティブな心がまずこの噺には必要です。

だから先代文楽が十八番にしているのが凄いのであって。
といふのも、ただ単に吉原だ花柳界だ、を知ってる知らないだけでは出来ないからだ。

たいこもちと芸者が色恋を話題にするのが御法度の時代に色恋を話題にする。
これはですね、その店にいるだけでなく、その内部の御法度まで知り尽くしたものでないと、この情愛は生まれない。
だから先代文楽師匠はホントにそのあたりたけていたといふことに行き着くわけでして…。

この「つるつる」って噺に出てくる小梅っていふ噂の女は、基本的に我が現代人が想像出来ない女であるからして、難しい。

小梅とは何者なのか?それを考えれば考えるほど、ますますこの噺口演までに至らなくなってしまうのです。
噂の女の噂がないのである。
巷に。
手がかりが今の時代にはなさすぎる。
なるほど、口演する人が時代時代で減少を辿るといふのもわからないでない。

骨が折れるわりには、ワッーと来ない。といって感動も笑いも薄い。
あくまで内部事情の御法度をパニック化していくたいこもちの哀しみを描いていくといふのは、「鰻のたいこ」や「たいこ腹」とは訳が違う。
そして、その上、長講である。
こりゃ、どこをとらえても面倒な噺である。
説明を多くすれば野暮になり、といってしないわけにもいかないし、この噺の台詞にもある「粋もあれば不粋もある」といふが、それを私自身があらわす形になるわけだから困ったもんです笑

日記をつける。
日記だ。
日記といふのは、読み返すとその日なにをやったかが分かることが主で、とくに文面にドラマチックを求めていない。
この噺はまさに日記なんです。
たいこもちがこの日、告白をした。
そして、こうなった、ああなった、。
日記なんです。

日記を事務的に皆の前で発表してあまり盛り上がるイメージがない。
その落語版なわけだから…笑
そりゃね…笑

となる。

昔はこの粋な日記がまた喜ばれた時代があったんです。

いまはドラマチックと刺激の数々。
お客席にこの噺をぶつける勇気が生まれないんです。 
ただ、毎年気にしている噺ですよ。
やろうかな、いや、やっぱり… と、こんなに躊躇する噺も珍しい。

わたしはこの世界とてつもなく好きですが、なかなか、。
噂の女を高座だけでも生業とするってのはなかなか大変なものであります。
まして、小梅なるものは、全くもって難しい。
だから男はたまらなく魅力をもつんでしょう。

そこは今も昔も変わらないようです。
2019.02.03 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

矢切の渡し

第2351回
〜細川たかし〜

寄席三昧ってのは、体力とエネルギーの消耗にもなるので、気をつけながら出勤をせねばならない。

ただ、好きな高座をやりきるといふ高座ではないので、あくまでリレー、バトンでして、「渡す」ことの重要性、それだけでもある。

初席からバトンを渡していくといよいよ、息切れしてしまうところ、ああ、普通の寄席芸人だなって思います。笑

2月下席はお休みをいただき、また三月からの寄席出演はなんとなくゆるーく、休席したり、交互で出させていただけたりしたらなーと思っております。
 
息長い商売であることを今一度認識しないと、なかなか大変だな、と思います。

それは寄席が好きゆえの、改善点です、わたしの。

ただ、きりが無いからそこにちゃんと自分で調整しないといけないなーと思っています。

が、なかなか、寄席の調整ってのは難しい。
この芝居、池袋演芸場に出演させていただいていますが、8日は、末廣亭にも代演で行きます。

寄席の調整ってのはなかなか自分をもっていないと難しいものであります。

その持ち場持ち場の立場ってのが都度かわるからです。

寄席独特の空気が高座にはあります。
それは申し上げましたように「渡す」といふことのエネルギーです。

そこに頭を切り替えないといけないです。
だから、芸人ではなく、あえて寄席芸人と申しております。

寄席芸人独特の空気が流れている空間。
不思議で仕方ないです。
でも嫌いじゃないんです。

ぜひとも寄席にご来場ください。
嫌いじゃないから喜んで出演させていただいております。

むしろ好きなんです。

どうですか?この矛盾。

そう、この矛盾はもはや解決出来ないんですよ。

寄席ってところはホントに不思議なところで面白いんです。

この面白さは人気のある独演会でも醸し出せない物凄い威力があるんです。
2019.02.02 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

翼をください

第2350回
この人この歌
〜赤い鳥〜

今日は熱海市民大学講座でした。今回は、石本美由起、山上路夫、山口洋子の世界としまして、作詞家の先生の特集講座でした。

いよいよ、石本さんの、「憧れのハワイ航路」や「薔薇を召しませ」、「長崎のザボン売り」あたりは良いけれど、「河内おとこ節」まで往きますと、ああ、昭和ってのは、長いなあ、それを通り越して平成の歌までいったわけで…。

さて、山口洋子さん。
なんとなく、女の悲しみであるとか、男女のもつれからの哀しみであるとか、そんな歌が多くて、また、改めて聴きますと、流石、歌謡曲、といった感じであります。

そして、山上路夫さんです。
こちらもまた数々のヒットが多く、とにかくお三人の特集はやるもんじゃない…笑

ヒット曲が多くて大変でした。

次回の「阿久悠/永六輔の世界」もなんか大変な予感、笑。
最終回ですので頑張ります。
 
「翼をください」赤い鳥の歌唱であります。

1970年代以降、教育機関でも歌われるようになりまして、老若男女、いまのお若い方々までこの歌をご存知の方が多い。
今日の、老老男女、失礼、皆様方もやはりこの歌は歌われておりました。

なるほど、昭和の歌を振り返りますと、わんさかわんさか収拾がつかなくなるくらい名曲の数々があります。
2019.02.01 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

潮来花嫁さん

第2349回
この人この歌 
〜花村菊江〜

帝銀事件や銀座のデパートの警備員の殺人事件など、そして、吉展ちゃん事件で一躍有名となった刑事、落としの八兵衛の異名をとったのが名刑事、平塚八兵衛である。
この平塚刑事の言葉が「刑事ってのは因果な商売で、百点か零点しかないんだ。ホシを捕まえれば百点。捕まえられなかったら零点。80点とか70点とかそういうのは無いんだ」

この言葉は芸人も心から染みる。
自分の中で、まあまあ、とかあっても、そのまあまあは零点です。
お客様が悪いなんてことは決してなくて、自分だけの問題になります。

わたしも日々零点が続いたりなんかする。
威張ることでもないけど、零点は零点。
その零点の中に良いとか悪いとか、そういうものは一切ないんです。

とても孤独な商売っていえばかなり孤独な商売であります。

あと、高座、やってみなきゃわからない、ミズモノでして、前もって防げない難しさがあります。

その零点であったことの心の処理をうまく出来るか否か、ここが、落語家として長くやっていけるコツなんです。

って話を歌手の花村菊江さんとご自宅で対談のとき生前申し上げたら、激しく賛同得られていたのを思い出す。

花村菊江さんといえば「潮来花嫁さん」。
他にも代表曲はあるが、やっぱり「潮来花嫁さん」をお客様は求めておられる。

この歌を歌うと、百点か零点しか特に無いんだ。
とおっしゃっていました。

舞台は戦場なり、という先代三平師匠の言葉も結局、ここに繋がるわけであります。

落語といふ芸能に競争はない。いらない。
でも共存はある。必要である。
と、同時に自分との格闘も常にあるのが、舞台ってもんだと思います。

特に落語のような、お間抜けなものを題材としたネタをやる場合、ふと、その哀れさに陥るのもやっぱり落語家のサガであります。

でもやめられないのは、失礼ながら、百点もたまにあるからなんですよねー。

なんとも憎い芸能であります。
百点を取るときって、絶対にお客様に助けられていることがあります。

だから、落語って、お客様あっての商売なんだと思います。
2019.01.31 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

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