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夜のてのひら

第1954回・この人、この歌

〜岩崎宏美〜

先日は月丘夢路さんのことを掲載しました。

思えば、月丘さん世代って誰なんだろうか、考えてみると越路吹雪さんや、そう、乙羽信子さんなんかまさに同じでしょう。

そう考えると、コーちゃんも乙羽さんだって早く逝かれましたね…。

乙羽信子といえば晩年は、二時間サスペンス「浅見光彦シリーズ」の母親役のイメージが強い。
二時間サスペンスっていってもテレビ朝日の土曜ワイド劇場ではなく、日本テレビの火曜サスペンス劇場で放送していたシリーズの浅見光彦であります。

主演は水谷豊、母親に乙羽信子、光彦の兄が高橋悦史。
水谷さんって今や相棒のイメージよろしくでしょうが、わたしは熱中時代の先生であり、二時間サスペンスなら軽妙な感じと時にみせる素朴さ、等々のイメージがやはり好き。

火サスならやっぱり浅見光彦シリーズである。
いまはTBSの浅見光彦シリーズが有名だが、おっかさんに乙羽信子ってのがいい笑。

先日久しぶりに観た。
丁度バブルの頃かしら。
絵には箇所箇所、いまや羨望なるシーンが出てくる。
土曜ワイド劇場と火曜サスペンス劇場の違いってのはなんだろう。
スタイリッシュか大衆臭いか、この違いは大いにある。
やっぱり土曜ワイド劇場は、大衆臭い。
人間の持ち合わせているものを隠さず見せる本能の作品、大衆臭い。
火曜サスペンス劇場は、ちょっと憧れてしまう、錯覚があるのだ。出てくる職場や部屋も洒落ている笑

土曜ワイド劇場は泥臭く事件を解決していくが火曜サスペンス劇場はスマートな解決方法をとる。

両者をテレコに観ていると丁度いい。
どちらかに偏るとこりゃ危険であります笑


火曜サスペンス劇場でもっとも主題歌を歌われたのは岩崎宏美さんでしょう。
岩崎さんの歌声がまたエンディングと妙に合うのが不思議であります。

昭和の終わりの火サスは、この歌でした、確か。「夜のてのひら」歌唱・岩崎宏美であります。

では、コロムビアマンスリー歌謡ライブの司会へ。
本当に眠い!笑
2017.05.11 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

千代の唄

第1953回・この人、この歌

〜月丘夢路〜

宝塚スターで女優の月丘夢路さん死去。日活黄金時代を支えた大スター女優でありますね。

まずは大映「新雪」、主演が月丘夢路、水島道太郎だ。
いわゆる今でいうなんでしょうか、国民的美女、といふべきが月丘さんでありました。

松竹やなにかにも確か移籍したんじゃないかと思いますがやっぱり月丘夢路=日活、といふイメージがございます。

そのあと日活の傾向が変わるとともに確かフリーになったんじゃないかと思います。

月丘夢路になりたい女性続出!!!
国民的美女となるゆえん、大衆が認めていたわけですから。

ちなみに上方漫才の大御所、夢路いとし先生も月丘夢路さんから取った名前です。

映画は「君の名は」「長崎の鐘」「地獄の顔」そして「新雪」等々、我々流行歌好きな人間にもお馴染みですし、もちろん、数々の名作に月丘あり、「晩春」や「一本刀土俵入」等々の、一時代を築いたわけであります。
スター月丘夢路で好きな映画?
うーん、わたしはね、なんといっても日活の「美徳のよろめき」だ。
月丘さん主演の昭和30年代前半の封切りでしたっけ?
とにかく作品はご存知三島由紀夫。
「よろめき」って流行語が生まれたのがこの時代です。
いい映画ですよ。
内容?いわない笑

美徳のよろめき、どうですか?ちょいと気になりますでしょー。

まあ、それはともかく、キャスト挙げましょうか?やりましょう、おもいつくまま。
まずは主演の月丘夢路、そして葉山良二、あと誰だ?大好きな安部徹に昭和後期を重鎮で支えた三國連太郎、西村晃、渡辺美佐子にあー、そうだ、芦田伸介、北林谷栄、あ、南田洋子に高田敏江いいなあ。
そうか、二谷英明、あとは?宮城千賀子ね。笑。

おー、そうだ、そうだ、嬉しいのが信欣三に我らが千田是也、ずいぶん出たからこのへんで笑

いかがですか?豪華絢爛雨霰、そんな中の天下の月丘夢路さんが逝ったんです。
銀幕ファンはいま、悲しみだと思います。

ご冥福をお祈りします、あゝ、いきましょう、やはり映画「新雪」といえば、「千代の唄」歌唱・月丘夢路。

よく「絶世の美女」って、芝居や映画、落語にだって出てくる。「絶世の美女」って言葉を実際使えるシーンって生活の中、なかなか使えない。それがもし、月丘さんに会ったら、リアル「絶世の美女!」、言えちゃう、使えちゃうってんだから、その証言だけでも衝撃でございます。

宝塚の殿堂、月丘夢路は、芸界の殿堂でもあるんですよ。
2017.05.10 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

流転

第1952回・この人、この歌

〜上原敏〜


今日はある人と話をしていて、ふと、中学三年の自分を思い出したのだ。

お客さん?の前で最初に滑った日のことを笑。

それは中学三年の夏。
わたしはカラオケが未だにあまり好きではないが、まあ、そんなカラオケの日があった。

そのとき、なにが嫌だって歌う歌がないんですよ。
で、人間ってのは怖いもので、ないと慌てる、さあ、もうすぐ俺だ、どうする?どうする?どうする?
焦りが自分自身との戦いとなる。
で、こういうときに限って、まあ、中学三年が歌う歌じゃないが、「雪国」とか「北酒場」とか「人生いろいろ」とか、私ら世代の歌の候補すらパニックが邪魔して浮かばないの。
で、中学三年がわからなくても東海林太郎とか藤山一郎とかオカッパルとかも浮かばなかった。
これは焦りがそうさせるのでしょう。
そんなときよりによって出てくるのが小野巡、音丸、豆千代、樋口静雄、山中みゆき…
出てくるけど、浮かんだ途端に、絶対歌っちゃいけない…と、ここは分かり判断するのです。

で、なんだかわからないけど、最低ですね、上原敏の「流転」を歌いました…

人生で初めてのバカ滑り…
当たり前だが、そのときはもう必死で歌った。

なんで「流転」だったんだろう。
あまりにも判断ミスも酷すぎる。
流転は無いだろう…

同じように滑った人を今日知りまして、失礼ながら、非常にホッとした笑。

だったら、バタやんにしておけばよかったかな…いや、結果は同じだろう。

「流転」じゃなくて、「0点」だった…。

まあ、今で言えば、わたしが学校寄席で「ねずみ穴」をやるようなものか…いや、「ねずみ穴」よりも「鰍沢」までいくレベルかしら笑

まあ、とにかく、カラオケってのは「音痴」も相まって、なかなかに苦手であります。
しかし、音痴だろうがなんだろうが私が好きな歌世代が集まればこちとらなんてことはない。

むかし、ある県の「独演会シリーズ」といふのに呼ばれたことがある。
夜公演のため、なかなか日帰りが難しいとのことで、泊まりになった。

わたしが歌が好きだとリサーチされていたのか、ご丁寧にカラオケがある打ち上げ会場でした。
で、この県の独演会シリーズをやってくれているスタッフの方々がみんなお若いの…。

これが弱った。
カラオケをわざわざ支度してくれたわけで、こりゃ歌わなきゃ悪いし…

で、お若い方ばかりだと、こっちは味方につけられる人がいないから弱った弱った笑

話を聞いててもなんとかかんとか、ってバンドがいいとか…
「たけ平さんもやはり○○○ってバンド好きですか?」

あのね…その質問の前に、まずその○○バンドをわたしは知らない。

すごいですよね、知らないことに答える自分に寒々したなあ。
「ああ、あのバンドは最高ですよ」
「あ、やっぱりそう思いますか!我々世代やっぱり最高ですよね。どのへんが好きですか?」
「んー、まず、雰囲気ね…」
我ながら、「雰囲気」ってのは実にいい。
抽象的だが、傷つけない。素晴らしい。

「どういう雰囲気が?」

こういうね、知らないこと限って、しつこいのよ笑
「だから雰囲気ってほら、雰囲気だよ。髪の毛のあたりとかさ」
「あー、あのスキンヘッドなところですか!」

早く言えよ…髪の毛ないのかよ…まあ、でもなんだか会話は繋がったから良かった笑

ここがわたしのダメなところ。別に知ったかぶりはしないです。知らないものは知らないといふタチですが、なんですかね、この世代的に知ってて当たり前だろ、みたいなのを知らないってのは妙に恥ずかしくて。ついつい…強情になる。

「あのバンドなんですけど…」
もういいよ、やめてくれえ〜、そのバンドの話は。さっきっからバンド、バンドって…俺はバンドっていふと、バンド、バンドって言われる度に、オカッパルしかでてこないよ、わたしは笑 。おれは「バンド」は「赤いランタン夜霧に濡れてジャズがむせぶよ、バンドの風に〜」が俺のバンドだ、バカヤロー、と心で怒り、顔じゃあ、先に生まれるやかんの先生、別名ちはらふるの先生とでもいうか笑。

で、結局、このときも「流転」歌っちゃったのよ。

中学三年のときを偲んでね。
反省ってのはなかなか出来ないのが人間のサガですな笑
でもこのときの「流転」は、まあまあ受けた。
あゝ、俺も少しは腕を上げたのか。
流転が0点でなく、5点くらいかな。

今日は何が言いたいのか。,錣らないことは素直に聞く。
中学三年のときに「流転」は受けないから極力若い歌を歌うこと。

以上報告終わり、おやすみなさい〜
2017.05.09 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

お富さん

第1951回・この人、この歌

〜春日八郎〜


昨日は木更津選擇寺さんでの独演会でした。
このお寺には、与三郎が仲間のこうもり安とゆすりにいく、あの、仲間のこうもり安のお墓があって驚いた。

ご存知、歌舞伎の名演、「与話情浮名横櫛」、いわゆる切られ与三だ。

八代目の市川團十郎丈の与三郎が当たり役となり、この作品は成功への道を歩んだお馴染みの作品でありますね。

木更津に着けば、やっぱり春日八郎御大歌唱の「お富さん」が自然も自然、歌いたくなるのが人情である。
こうもり安といえば、与三郎とお富のところにゆすりに行くイメージが舞台ではあるが、そういうタイプでは実際は無かったらしい。
かなりの美声の持ち主、こうもり安。
あゝ、見習いたいところだ笑
ちなみに、こうもり安っていう異名をとったゆえんを案外知らない方も多い。
夜な夜なふらふらするから、こうもり安。
粋な異名だ。

歌謡曲だとお馴染み「お富さん」だ。
春日八郎が本当の意味でスターを決定つけた歌となりましょう。

老若男女、歌舞伎は知らなくても切られ与三は知っていた。当たり狂言であったことを裏付ける。

当たり狂言をマニアックにではなく、浅く取り入れた歌詞と軽快な調子良いメロディは大衆の心を即座に掴んだ。

いやさ、お富、久しぶりだなあ〜
と、木更津駅に着いた途端に言いたくなる笑

木更津って案外、行かない。
今回、この地で仕事させてもらうのは二回目だ。

木更津駅を出て、与三郎商店街っていふ細い道を行くと、選擇寺さん付近に着く。
だいたい与三郎商店街は、旧道だったようです。

木更津を舞台にした江戸からの話がある、そんな伝統的な地で古典演芸とは実に粋な計らい。

選擇寺さんでは、地域寄席を定期的にやっているようで、わたしの独演会が十三回目の選擇寺寄席だったようで、過去、数々の落語家が来ていました。

地が地だとありがたいのが自然、お客様の心に「舞台慣れ」があるのは、やはり、「お富与三郎」の歴史が体に染み込んでおられるからなのかもしれない。

滑稽噺も人情噺もどんな形でも喜んで受け入れてくださる体制が高座に上がり、お世辞でなく、五分で感じました。
舞台人の我々には最高のお膳立てが出来ていた。

だから落語ってのは、嫌味でなく、お客様の雰囲気よりけりで大きく左右する芸能だなあ、と思います。

オカッパルの予定だった「お富さん」が春日さんに廻ってきた。
これもまた縁のなにものでもない。

春日八郎だからこそ当たったかもしれない「お富さん」

だからこそ、求められてないと腐らずに、それを良い方向にしていくのもまた芸人の仕事だと思います。

だから自分が求められてないと考えちゃいけない。

わかっているんですがたまにふとそう思ってしまうのもまた人間の可愛いところかしら笑

与三郎の物語は、あまりに人間臭い。
男であり、野郎である前に人間の本能をもろに出した人生であります。

だからこそ憎めない、与話情浮名横櫛は、大衆に求められて当然の当たり狂言でございましょう。
2017.05.08 Monday | comments(0) | trackbacks(0)-

花の素顔

第1950回・この人、この歌

〜藤山一郎/安藤まり子〜

今日は西新宿ミュージックテイトの独演会、ご来場ありがとうございました。

地味な噺を3席申し上げました。
でも地味な噺ってわたし好きなんですよ。
「地味」ってのは根幹がしっかりした噺が多いから好きなんです。
地味、ジミー時田…まあ、いいか。

「竹取物語」→この噺は自作の地噺です。地噺って、派手派手なものが多いから、地味目の噺があまりない。で、地味な地噺が欲しくてこさえました。
あとは6月にやります、これは古典地噺の「鼓ヶ滝」。これも地味目の地噺です。
つまり、地噺ってのは箇所箇所を笑わすような体系に持っていくものだが、箇所箇所の笑いを減らすと果たしてどうなるんだろう、って考えてました。
こういう地味な地噺って案外役立つところで役立つのです。
例えばお客様が極度に少ないとき。
派手派手地噺だと、やっているわたしがつらい笑
だからこういう類いの噺が欲しくてこさえました。
ちなみに「小田原相撲」ってのは派手と地味の丁度中間といったところ。
適材適所の地噺をオールマイティーに持ちネタにしておくと、雰囲気により使えるんです。

「羽織の遊び」→地味中の地味笑。やり手も減りました。
でも江戸っ子の馬鹿馬鹿しさが忠実であります。
だから、地味な噺ってのは根幹がしっかりしている。ただ、こんな地味な噺なら「酢豆腐」にいきたがる気持ちもなくはない。
馬鹿馬鹿しいことに命をかける江戸っ子の生活、わたしは「羽織の遊び」に感じます。
ちなみに「羽織の遊び」のとき、わたしは伊勢屋のキザな若旦那をあまり派手にやらない。
「酢豆腐」の若旦那と本来は全く同じであるから、もう少し、デホォルメして、わざらしくやると受けるんだろうが、果たして「酢豆腐」の若旦那と「羽織の遊び」の若旦那は同じだろうか?
これはあくまでわたしの持論です。落語に否定はございません。
落語家それぞれの解釈が皆違うから面白いのであります。
わたしの「羽織の遊び」のキザな若旦那は「酢豆腐」と同じではないのでは?
と思っています。

理由は、「羽織の遊び」の若旦那の方が絶対良い人だと思うんです。
だって吉原に遊びに皆を連れていくことを即受け入れてくれるんです。
「酢豆腐」のキザとは違う。
なんかもっとまともな?常識的なキザ、のような気がしてしまうのです。

「酢豆腐」の若旦那は、明らかに普段、町内の若い連中が一線を引いていて、いわば、浮いている存在。

しかし、「羽織の遊び」の若旦那は、キザで鼻にはつくが、普段、若い衆と付き合いはしている。
そこには若い衆が認めた善き部分がこの若旦那にある、と思うのです。

いくら金があろうと、若い衆に吉原をおごろうなんといふ即決はなかなか出来ない。
だから多少常識的な若旦那にしています。
しかし、「酢豆腐」のような徹底的なキザの方が明らかに受けはいいと思います。
しかし、噺のもつ根幹が私の解釈ではどうしても多少常識的な部分を若旦那に求めてしまうのであります。
サゲは本来、「そのうち誰か死ぬでしょう」でサゲるが、ここもなんとなく後味が悪いので、その先、サゲまでは私が勝手に作りました。
本来ならば、大家は羽織を着て外出するが、わたしが作ったサゲの兼ね合い上、着ないで外出しないといけないため、ご了承を。
まあ、それにしても見事に江戸っ子の生き残りで、ガッツリ江戸でもない。
子供が「学校」から帰るわけだから、明治のころに、完成しつつある噺とも言えます。
この噺の大切なところは、噺に入ったらすぐに羽織を脱いで口演すること。
落語は想像のため、着流し状態で噺の中で羽織を着たり脱いだりするわけですから、羽織を借りに行く前に、咄家が羽織を着たまま口演していたら、なんとなくお客様の想像がしにくい。まあ、労多くして…といふ典型的な噺であり、「ちりとてちん」や「酢豆腐」にいきたくなる気持ち、よーくわかります笑
でも本来は「羽織の遊び」のような、山場のない、なんだかわけのわからない他愛ない噺をただ落語家が喋っている程度が、本来の落語のような気もします、はい。
いまは劇的すぎて、芝居っぽいのはお客様には時代としては大変に受けがいいですが、それはお芝居でも出来てしまう。
その「もどかしさ」と「違和感」への反発がなんとなく「羽織の遊び」のような地味だけど落語らしいものを選ぶ自分がいるんだと思います。

「大山詣り」→地味のしんがりみたいな噺でしょうか笑
やっぱり山に登るなら派手な「愛宕山」がいい。
しかし、これもまた落語らしいのが「大山詣り」の醍醐味であります。
お客様が感心されるような派手な所作もないし、しかし、江戸っ子の気質がふんだんに体に染み込んだ噺ではないかなと思います。

地味な噺の鉄則はあくまでスマート、なるたけだらだらやらない。短く尺を意識することがいい。

だって地味なんだから…笑
地味な噺を長丁場はお客様に申し訳ないわけであります。

いま「大山詣り」も口演頻度が落語家全体だと減少傾向の噺です。

尺を短くしても言わなきゃいけない「無駄」なところがあります。
剃刀を何故すぐに貸してくれたか?理由を半公は「夜にもてたいために遊びに行くから」と。
別に言わなくても全体の意味は通るし、尺もさらに短くなりますが言わなきゃいけない根幹の一つ。
理由は2つ。
一つは江戸っ子らしい言い訳であること。
もう一つは、神奈川宿にはそういう遊べるところがあった、といふ時代考証。
落語家が大切にしなきゃいけない根幹です。
といふか、こういうところがわたしは落語が好きなところ。だって「夜お楽しみがあるからちょいと…」なんてセリフ言いたくなりますよ、そりゃね笑

でも地味な噺をやるならば、普段派手な噺をちゃんと持っていなきゃダメだと思います。

だからまた地味な噺の「良さ」が際立ちます。

ジミー時田、もういいか…笑

嫌いじゃないもので、ついつい好きな洒落は押してしまうといふ…売れない典型ですな笑

わたしの裏の顔、それは、落語は実は地味な噺の方が好きかも…といふこと笑 それが素顔といふものか。
「花の素顔」歌唱・藤山一郎/安藤まり子お馴染みのナンバーでまいります。

さて、これから木更津の独演会です。
勿論、ド派手にまいりますよ笑
営業で地味はいかんです。
今日、初めて聴くお客様の為に派手にまいりましょう。
これは地味な噺を継承芸としての使命があるのとおなじくらい、初めてのお客様にわかりやすく面白かったと思っていただけるようつとめる高座の使命、おなじくらいにいや、後者は絶対やらなきゃいかんです。

派手も地味も関係ない、落語はどっちも馬鹿馬鹿しい。それだけです笑。
ってこれじゃもともこもないか。
まあ、元々だいたい何も無いから…笑

さあ、今日も元気にいきましょー。
2017.05.07 Sunday | comments(0) | trackbacks(0)-

なつかしの歌声

第1949回・この人、この歌

〜藤山一郎/二葉あき子〜

FMカオン「流行歌大行進」本日、三時間生放送無事終わりました。

さて、今日聴き忘れた方、、今一度お聴きになりたい方、明日、再放送が午前10時から三時間ございますー。
可聴方法詳しくはFMカオンホームページを御覧下さい。

今回はオールリクエストでお送りしました。
もちろん、時間の都合上、お答え出来なかった歌もありましたが、出来る限り一曲でも多く放送いたしました。

いやはや、相変わらず、スタジオ内は戦場でした笑

スタッフの方、お疲れ様でした〜わたしが今度はこれ、これを後に回して、先にこれ、それはカットして、これを二曲ここに入れるとか…
わたしのワガママで毎度振り回しております…しかしながら、生放送、尺の問題がありまして…
この曲をここでやると入らないとか、あとは私が全く台本なしの司会進行(これがご迷惑かかる…)ため、わたしの話の流れで、関連あるから、次これいっちゃおう、とか、差し替え差し替え、戦々恐々の三時間でございます笑

つまりまともに私が聴けないのがちとつらい笑

リクエスト、リスナーの皆さんが私にお気遣いしてくださっているのか、はたまたこの番組の主旨を私以上にご理解してくださっているのか、わたしには手中内のリクエストが多く、ありがたい限りです。

さて、今回のリクエスト、放送リストは以下

・ズンドコ節(小林旭)
・金金節(小沢昭一)
・ブンガチャ節(北島三郎)
・スーダラ節(植木等)
・ヤットン節(久保幸江)
・こんな私じゃなかったに(神楽坂はん子)
・三味線ブギウギ(市丸)
・あゝそれなのに(美ち奴)
・大江戸出世小唄(高田浩吉)
・街のサンドイッチマン(鶴田浩二)
・異国の丘(竹山逸郎/中村耕造)
・いとしあの星(渡辺はま子)
・国境の町(東海林太郎)
・満州娘(服部富子)
・南の花嫁さん(高峰三枝子)
・東京の花売娘(岡晴夫)
・東京ブギウギ(笠置シズ子)
・東京アンナ(大津美子)
・玄海ブルース(田端義夫)
・星屑の町(三橋美智也)
・弁天小僧(三浦洸一)
・山男の歌(ダークダックス)
・野球小僧(灰田勝彦)
・百万円(二村定一)
・蛇の目のかげで(日本橋きみ栄)
・狙いうち(山本リンダ)
・ウソツキ鴎(小林幸子)
・好きになった人(都はるみ)
・悲しき子守唄(ミスコロムビア)
・VITA!アイフル(小川真由美)
・銭形平次(舟木一夫)
・雨の中の二人(橋幸夫)
・ふるさとのはなしをしよう(北原謙二)
・長崎の街角で(小畑実)
・いやんばか〜ん(林家木久扇)
・流れの旅路(津村謙)
・僕は流しの運転手(青木光一)
・丘を越えて(藤山一郎)
・或る雨の午后(ディックミネ)
・高原の旅愁(伊藤久男)
・チャンチキおけさ(三波春夫)
・お祭りマンボ(美空ひばり)
・恋のカクテル(水原弘)
・二人の銀座(和泉雅子/山内賢)
・クスリルンバ(アントニオ古賀)
・三百六十五歩のマーチ(水前寺清子)
・一杯のコーヒーから(霧島昇/ミスコロムビア)
・青い山脈(藤山一郎/奈良光枝)


ありがとうございました!
懐かしい数々の名曲、色褪せることはないでしょう。
「なつかしの歌声」歌唱・藤山一郎/二葉あき子

高揚する傑作、うーん、今回はリクエストなしか…笑
いやいや、これだけあれば大丈夫です。
ありがとうございました!
2017.05.06 Saturday | comments(0) | trackbacks(0)-

リンゴの唄

第1948回・この人、この歌

〜並木路子/霧島昇〜

わたしは一生懸命に高座をつとめなければいけないと思っている。

これは受けるとか受けないとかはその時のお客様のいろいろもございますから、そういう意味ではない。

わたし自身がどんな状態でも高座時間を全うしなければいけないと思うのであります。

戦時中、様々な芸能が愚しき戦争がために規制を無駄に受けた。
規制から制限といふ、大衆芸能においてこれほど無意味なことはない。

いよいよ戦火激しく昭和19年ともなると日本の敗戦は決定的なものとなる。

それでもおかみは戦意高揚とまことに愚かな日々を国民に押し付けたわけだ。
映画だって文化映画にニュース映画の規制を受ける。
そんな中、先輩に聞いたのは、終戦間際まで寄席は開場していた。

落語っていふのは「人間そのものを描く」のみです。
明日の命もわからぬ人々は「自分は人間である」その確認に人間らしい寄席を好んだ。

よく言う話だが、空襲警報が鳴っても客が一人残っていたのでその咄家は語り続けたといふ。

意地もあったろうし、愚しき戦への反逆精神が一人の客席と一人の高座を一体化させた。

それは寄席といふ人間同士のぶつかりだからこそ成立したものであります。

敗戦後、早々と開場した芸能、それもまた寄席です。何のセットも不要な寄席演芸はすぐに人々の前に華やかなる精神で復活したのである。

よく落語家は洒落で「咄家なんてものはあってもなくてもいい商売、いや、なくてもなくてもいい商売」といふ。

わたしは落語のこの精神が大好きで落語なんてそんなものだと思う。

これからもずっとそう思う。
それが戦時中激化と終戦後の焼け野原、この洒落が言えないくらい寄席を求めた人々が多かった、といふのは、やはり異常なことなんです。

たいした仕事でないから、落語なわけでして。

これからの将来も落語が異常下に置かれたくない。
それは落語を、そして、寄席を崩壊させるからだ。

だから、我々落語家はたいした仕事ではないが、一生懸命はやらなきゃいけない。
一生懸命といふのは、決して力演をさすわけでなく、落語家はそれぞれだから、フワフワやったり、小声だったり、軽くても、それはその落語家のパーソナリティーだから、それも一生懸命やっていますから、勘違いならないでくださいませ笑

ただ、どんな芸風でもとにかく一生懸命はやらなきゃいけない商売です。

なぜなら根底に、落語はたかが落語だから、その精神を守りたいだけであります。
矛盾しているようで、していません。

ただ、取り方により、矛盾と思いがちなだけでして笑
つまり、我々落語家、いや、寄席芸人は「一生懸命やっちゃいけないことを一生懸命やっているようにみせる、でも頑張っちゃいけない、頑張らないことを一生懸命やる」
です笑

だからバカな噺なんですもの、落語って笑。

ゆえに芸術でなく、大衆芸能であります。

終戦後に流れた「リンゴの唄」はいかばかりの威力のあったことか…

唄は人の心に宿ります。噺は人の心に宿らない、それでよくて。

だから寄席芸人みんなのナイショの願いはお客様が寄席を出たあと「いやあ〜!面白かったね。でも誰がどんなネタやったっけ???」
って忘れちゃうけど楽しかった、が、理想です。

うん、でも、唄と似たような、働きは寄席も多少あるのかな。
浅草に来るとそういう気持ちになりますよ。

「リンゴの唄」歌唱・並木路子/霧島昇のご両人であります。
2017.05.05 Friday | comments(0) | trackbacks(0)-

ある少尉の遺言

第1947回・この人、この歌

〜東海林太郎〜

5月6日にFMカオンで「特別番組/流行歌大行進」の生放送がまた午前10時から三時間、ございます。

今回のテーマはゴールデンウィーク中ですのでワクワク明るく「戦前〜昭和40年代前半までの心高ぶるメロディの数々」をお送りします。

既にいただいたリクエストは〆切となっておりますのでご了承くださいませ。

あとは選曲とかいろいろございまして、またまたてんやわんやとなります。

生放送の前は改めていろいろなヒット曲やら珍しい歌を聴きますが、まあ、改めて懐かしのメロディを聴きますと実にいいなあ、と思うのです。

そして有難いことに、この番組を楽しみにしてくださっている方々が本当に多く、まだまだ開拓の余地は多分にございます。

大先輩から懐かしの歌声の数々のリクエストがあったり、お若い方でも知らない歌を聴く新鮮さにハマってしまった、とか、嬉しいお便りをいただいてます。

毎日やれ!なんて歌声の決死隊みたいな方々がおいでになったり…笑

わたしは構いませんが放送局がそうはいかない笑

ってわたしも毎日じゃくたびれちゃうわけで…笑

申し訳ないのは毎回不定期の生放送なため、年に二回〜四回のペースで放送しております。

いただいたリクエストを全て放送できないのが実に毎度申し訳ないなあ、と思います。

また今回は「心高ぶるメロディ」を主といたしますと、今回の放送では申し訳ない…といふ名曲もございますが皆様よりいただいた有難いリクエスト、放送しなかったものに関しては、レギュラー放送「たけ平の楽語の時間」のほうで少しずつ入れていけたらいいなあ、と思っております。

今回の「流行歌大行進」はオールリクエストの予定です。

主な放送歌手の皆様は、東海林太郎、藤山一郎、渡辺はま子、市丸、三橋美智也、都はるみ、美空ひばり、北島三郎ほか…
続々と登場いたします!!
FMカオン「流行歌大行進」は、5月6日…午前10時から三時間生放送!!

可聴方法詳細はFMカオンホームページをご覧くださいませ。

ちなみに私は東海林太郎さんの「ある少尉の遺言」を聴きたいけど、リクエストに残念ながらございませんので、今回は東海林さんでリクエストが一番多かった「○○○」を放送予定。

だから、このブログにはせめて?笑、さあ、久しぶりの顔合わせ、作詞・藤田まさと、作曲・米山正夫、「ある少尉の遺言」歌唱・東海林太郎をお送りしましょう〜笑

おやすみなさい。
2017.05.04 Thursday | comments(0) | trackbacks(0)-

想い出は雲に似て

第1946回・この人、この歌

〜近江俊郎〜

好きなものが似るってのは仕方ない。

いま浅草演芸ホール出演中ですが、奇しくも?私の次が会長の市馬師匠ですから、楽屋は大変な騒ぎであります笑

さあて、流行歌の話でもしているかと思えば実は今回、共に流行歌の話は全く出ない…

まずは、相撲で、新しく豊山の誕生である。
それから行司さんの話、そして昔の良き四股名の列挙となった。

話は川崎の柳好、出札口の右女助師匠、そして、落語を離れ、懐かしい寄席色物の先生方の話に花が咲く。
わたしは、上野鈴本演芸場に初めて寄席をみた子供の頃、とにかく未だに記憶がある高座は三組。

まずはトリの先代小勝師匠、のちにこの小勝師匠は、浅草演芸ホールで客席から何度も聴くことになる。
鈴本トリの「紙屑屋」も子供心に覚えているわけだから楽しかったんだと思うが、わたしが子供の頃、先代小勝師匠といえば、漫談が楽しかった。

そして、吉池演芸場にもずいぶん子供のころ通いました。
千代若・千代菊師匠に頭をなでられたり、女楽師匠の曲独楽を座敷の寄席でしたから、もう本当に近くで観られた。
なんせ吉池演芸場は芸術協会の小屋でしたから、Wけんじ先生をあの座敷のスペースから聴けた贅沢。

確かに嬉しいことに、わたし世代でも昔の演芸や落語にわたし以上に詳しい方、沢山いますよ、そういう方と話をしていても楽しい。
でもそういうわたしと同じ年代の方とも、こういう私がリアルタイムに、寄席で生で観ている話は出来ない。
テレビで観てました…と言われても笑、なんせ吉池演芸場だと宮城けんじ先生の咳払いまで拾うんだから笑
で、考えると生で観た、聴いたというはなしが本当にできるのは、わたし凄く上の世代になってしまう…悲しさがあります笑

もちろん、先輩方のように志ん生師匠や先代三平師匠だって観てないわたし。

でも子供のころの生の記憶は、正直、テレビのレベルじゃない笑。

それは先輩方は周知の事実でありましょう笑

だってテレビラジオだとなかなかお出にならなかった寄席名人を観たり聴くことは出来なかった。

やっぱりわたしは遅いけどそれでも昭和の終わり、平成の初め、まだまだ生で名人の高座にのべつ生で触れたことは今になって財産であるとともに、今、生で聴いた世代がなかなかおいでにならない、寂しさもございます。

談志師匠とお話したときに、「お前は曲芸は海老一が好きか?」と言われたときに「好きです、子供のころの記憶ですが…ただ、キャンデーボーイズが一番好きでした」
「なんでだ?「洋装で一言も喋らないでスマートにやるところか?」
「それも好きでしたが、最後、投げ輪を三人でやり、最後に三人がぴったり合わせて輪を揃えるとき、三人が同時に輪をカチッと足の脇に叩くときの音がたまらなくて未だに耳に残ってます…」
「お前、本当によく観てたんだな…」

そうなんです笑
あの音は幾らテレビで観ていても絶対に伝わらないんです。
寄席であの音を聴いてごらんなさい、子供心にあゝ、かっこいいなあ〜と思いましたもの。

昨日楽屋である先輩に「あにさん、納豆屋やってくださいよ」
と言ったらそばにいた会長が笑ってました笑。

いま「納豆屋」なんて新作、なかなか出てきませんからね笑。

吉池に通ってたじぶんは、芸術協会さんがよくやってました。

寄席に出ているとどうしてもあの頃の思い出が過るんです。

浅草演芸ホールで先代の助六師匠がよく「仕立ておろし」ってネタやってました。
酒のマクラから入ってあれよあれよといつの間にか「仕立ておろし」に入って、いつの間にかオチ。
必ずあのネタのときは、オチを言った後に軽く扇子で高座を叩き、扇子を懐にしまい、スッとさがる、あのスマートさを、未だに忘れられません。
わたしが唯一よく生で聴いていた明治生まれの落語家です。

あの扇子を高座に叩く音、生の骨頂なんです。

尽きません、わたしの宝、「想い出は雲に似て」歌唱・近江俊郎であります。
2017.05.03 Wednesday | comments(0) | trackbacks(0)-

五月雨傘

第1945回・この人、この歌

〜日本橋きみ栄〜

五月雨、読めない方も今はおいでなのかなー。

五月雨。
もちろん、この時期ではありません。
今だと6月あたりですかね。
田植えの時期になりますから。
「五月雨」、「さみだれ」の「さ」は昔の言葉で「田植え」の意味ですね。

「たれ」は「垂れ」、つまり「雨」。

日本語ってのは本当によくできています。
だから筋が通らない噺がどうもわたしはもどかしい。
それは日本語といふものは意味が他の言語よりもより意味が通るように出来ているからであります。

話がそれますが、「早乙女」、「さおとめ」。「さ」が田植えですから、「田植えをする少女」、「さおとめ」、「早乙女」なわけであります。

ちなみに「桜」、「さくら」も、この「さ」の説からといふ、こちらはあくまで一説なため、断定できませんが。
「さ」、田植えが転じて、つまり農作物の神様、その「さ」の神様が、降りてくる木だから「さくら」。

「くら」ってのは、厳密には異なりますが、まあ仮に「蔵」とすると、「ところ」なわけです。

農作物の神様が降りてくる「ところ」。
で、「さくら」。

ある先生に昔聞きましたが、笑ってました、確証はわからない、と。

でも農作物の神様が降りてくる木だからそこにいろいろ人々は供物しますね。酒やら食べ物やなんか、で、その木の下で神様に舞踊やなにかを奉納します。

これは間違いなく、いまの「花見」の原点でしょう。桜の木の下でいろいろなものを食べたり、酒のんだり。で盛り上がれば、余興の一つも飛び出す。

ここに「日本」の原点があります。
いまなお、花見として日本人に愛されている。

季節外れプラス話外れになりすみません。
話の流れでご勘弁ください。
「長屋の花見」「花見の仇討」「花見酒」「あたま山」等々、古典落語にも賑やかな噺があります。
古い噺であることがわかりますね。

なんだか、季節外れ、まあ、考えてみりゃ、五月雨だって季節外れですみません。
しかし、今日の風雨は5月1日、おや、五月雨かいな?五月雨にしちゃあ、味気ない乱暴な天気でした。

「五月雨傘」って歌、日本橋きみ栄歌唱のこの歌をあるところで聴いたのを思い出します。

わたしの出囃子がきみ栄姐さんの「蛇の目のかげで」です。確かこの歌のあとくらいに出たようなことを、何かの資料で見たのも思い出しました。

全体、あやふやで間違っていたらすみません〜。

晴れやかなゴールデンウィークになりますように。
2017.05.02 Tuesday | comments(0) | trackbacks(0)-

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